第9話 オーッホッホッホ! 天は私の味方でしてよ!

 足を痛めて動けなくなってしまった颯太はどこか遠くを見つめているエレオノーラに目を向けた。

 彼女は凛とした佇まいで周囲を警戒するように辺りを見つめている。


 彼女がいてくれて本当に助かった。

 もし自分だけであったら、とっくのとうに野垂れ死んでいただろう。

 本当に感謝しかないと颯太は心の内で頭を下げた。


『……足音が複数聞こえますわ』


 周囲を警戒していたエレオノーラの発言を聞いて颯太は立ち上がるも足の痛みで顔が歪んでしまう。

 それでも逃げなければならない状況であるため、奥歯を噛み締めながら立ち上がった。


「(どこに逃げればいい?)」

『…………』


 颯太が無理に立ち上がっているのは分かる。

 しかし、その足ではそう遠くへは逃げられない事も分かっていた。

 エレオノーラはゆっくりと瞬きをして首を横に振った。

 それが示す意味は諦めるということ。

 颯太はその意味を知り、目を大きく開いた。


「なッ……!」

『その怪我では遠くに逃げる事も出来ませんわ。ここは大人しく天命に任せましょう』

「(で、でも魔法が!)」


 奥の手ともいえる魔法がある。

 それを使えば暴漢に襲われていたときのように相手を追い返すことは容易。

 どうして、魔法を使わないのかと颯太はエレオノーラに詰め寄った。


『魔法があれば追っ手を振り切ることは容易でしょうが、暴漢に襲われていた時とは違って貴方は魔法を理解してしまった。私の身体に無意識下で刻まれた魔法を発動することが出来まして?』


 そう言われてしまうと何も言えない颯太は開いていた口を固く閉ざしてしまう。

 彼女言っている事は理解できる。

 暴漢に襲われていた時は咄嗟の出来事であり、エレオノーラの言う事に従って魔法を発動したがあれは間違いなく自分の意思ではなく彼女の身体に刻まれていた防衛本能のようなもの。


 基礎中の基礎を学んでしまった颯太が出来るかと言われれば不可能とは言わないがとてつもなく困難であろう。


「(じゃあ、このまま捕まればいいのか……)」

『そうは言ってないでしょう。先程も言いましたが天命に任せると申したでしょう。まだ追っ手と決まったわけではありませんわ』

「(でも、ここの住民だったら通報くらいするだろ?)」

『そうですわね。それが一番面倒なのですが……なるようになるしかありません』

「(くそ……!)」


 不甲斐無い自分に颯太は腹を立てる。

 ここで都合よく魔法が使うことが出来れば話は変わってくるのだろうが、使えるのは基礎である灯火と水生成だけ。

 足の怪我も報告を怠った自分のせい。

 今の現状を作ったのは全て自分のせいであると颯太は憤慨していた。


『何を勘違いしているかは分かりませんが、これは全て私が招いてしまったこと。貴方は気にしなくて結構ですわ。それに捕まったとしてもまだ完全に終わったわけではありませんから』

「(ど、どういうことだ?)」

『言葉通りです。死んでさえいなければ私ならどうとでもなります。それだけの才が自分にはあると確信していますので』


 嘘やハッタリではない。

 彼女には美貌、才能、その両方がかね備わっているのだ。

 たとえ、どん底に落ちようとも死んでいなければやり直せるほどの力がある。

 そして、何よりも彼女には復讐という最大の原動力があるのだ。

 地べたを這いずり、泥水を啜ってでも彼女は復讐を成し遂げる気概があった。


「(…………お、俺は)」

『無理をしなくて結構です。貴方は最悪の場合、殻に閉じこもっていれば大丈夫ですわ』


 エレオノーラほど肝が据わってない颯太は俯く事しか出来なかった。


『そろそろ来ますわね……』


 やがて、足音の主がやってくることをエレオノーラは告げた。

 複数と言っていたの二人か三人、もしくはそれ以上に人間がここにやってくるだろう。

 出来る事はないとエレオノーラは颯太にシーツを深く被り、その場にしゃがみ込んでいるように命じた。


 そして、その時はやってきた。

 颯太のいる場所に二人の子供が姿を見せたのだ。

 一人はやんちゃそうな男の子、もう一人は気弱そうな女の子。

 組み合わせ自体はさして珍しくはないが、このような場所に子供二人というのは妙である。


 とはいえ、こちらにも事情があるように向こうにも何らかの事情がある。

 颯太は顔を上げずに子供たちが去っていくのを待ち続けた。


 しかし、シーツ一枚に真っ裸の女性を子供達が無視できるはずもなく、颯太のほうへ近付いてきた。

 足音が近づいてくるのが聞こえた颯太はビクリと肩を震わせるがどうすることも出来ずにただ顔を見られないようにシーツを強く掴んでいた。


「おい! お前!」


 出来るだけ顔を下に向けていたのに声を掛けられてしまい、颯太は大きく反応してしまった。


「ヨ、ヨハン。やめようよ。この人、怯えてるよ」

「ハンナは黙ってろ!」


 男の方がヨハン、女の方がハンナという名前であることは分かった。

 そして、力関係も。

 どうやら、やんちゃな見た目どおりヨハンが主導権を握っているようだ。

 とはいえ、ハンナも自分の意見を持っているようで颯太が怯えている事を知り、ヨハンを宥めようとしてくれている。


『フ、天は私達に味方をしてくれたようですわね! この子達を言いくるめて味方にしましょう!』


 ヨハンは素直に言う事を聞いてくれるかは分からないが少なくともハンナは話が通じるであろう事を見抜いたエレオノーラ。

 運はまだ味方をしてくれていることに感謝をしつつ、彼女はヨハンとハンナをどうしてくれようかと画策するのであった。

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