第6話 逞しいお嬢様だ……
朝日が昇った頃に颯太はなんとか火属性の初級と言われる魔法、
「(お、おお!)」
『おめでとうございます。これで、感覚は掴めたと思いますから、次は幻影魔法を発動してみましょうか』
「(もっと喜びの余韻に浸らせてほしいんだけど……)」
『そうこうしている間に朝日が昇ってしまったのご存じではなくて?』
「(うぐ……。頑張ります)」
彼女の言うとおり、今は朝日が眩しい時間である。
恐らく、このままだと不味い。
何が不味いって自分の格好もそうなのだが、それよりも逃げ出してきたことが問題だ。
追手がいてもおかしくはない。
幸いな事にまだ見つかってはいないが、このままでは時間の問題であろう。
折角、逃げ出せて自由の身になれたのに、捕まってしまえば何もかも失ってしまう。
悲しい事に彼女もとい今の自分は犯罪者の烙印を押された哀れな少女に過ぎない。
しかも、冤罪とかではなく、正真正銘の悪役令嬢だ。
異世界転生にしては、あまりにもハードルが高すぎる。
せめて、事が起こる前に転生したかったと颯太は嘆くのであった。
しかし、嘆いている場合ではない。
朝日が昇ってしまい、多くの住民が目を覚まし、動き出すことだろう。
そうなれば不審者でしかない自分は通報され牢獄行きは待ったなし。
それだけは何としてでも阻止しなければならないと颯太は奮起する。
早速、エレオノーラの指導の下、幻影魔法を試みようとした時、唐突な尿意を感じる。
シーツ一枚で外をうろついてたせいだろうか。
激しい尿意を感じてしまい、身震いする颯太はエレオノーラに助けを求めた。
「(あ、あの……お花を摘みに行きたいのですが)」
『その辺で手短にお願いします。時間は限られていますからね』
「(い、いや~、その~……)」
颯太は自身の体が男であったのなら遠慮なく言われた通りに、その辺で立ちションをするだろうが今はエレオノーラという美少女の体だ。
流石に抵抗がある颯太は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
『童貞でもないのですから、さっさと済ませなさい』
「(いや、それとこれとは別だろ!)」
『女々しい男ですわね……』
「(し、仕方ないだろ。女になった経験なんてないんだから。ていうか、恥ずかしくないのかよ?)」
『恥ずかしいも何も全裸を見られたのですから、今更排泄行為を見られようともどうということはありませんわ。そもそも、生理現象なのですから何を恥じる必要があるのです?』
「(逞しいお嬢様でございます……)」
口で敵わないことを再認識した颯太だが、やはりどうしても排泄行為は羞恥心が勝り、出来ないと判断した。
「(ううぅ……)」
『このまま漏らしてもらっても困ります。さっさと済ましてくださいな!』
「(で、でも、やっぱり俺には無理だ~!)」
颯太が叫んだ瞬間、エレオノーラの体が光り輝き、眩い光を放った。
突然のことに驚いたエレオノーラだったが、光が収まり、目をあけると自身の身体に戻っていた。
一体どういうことだろうかと確かめていると、先ほどまでエレオノーラが浮かんでいた場所に見覚えのある男性が幽霊のように浮かんでいた。
『あ、あれ? 元に戻ってる!?』
「(これは……いえ、今は考えている暇はありませんわ。すぐに用を足さないと)」
羞恥心など皆無といったエレオノーラは物陰に移動して、さっさと用を済ませた。
彼女から離れる事のできない幽霊状態の颯太は目を隠して配慮していたがバッチリと音は聞こえていたので顔を赤くしている。
「(全く、この程度で動じないで欲しいものですわ。先が思いやられますわね……)」
『そ、そうは言ってもな……』
「(大体、先程も言いましたが童貞ではないのですから、これくらい慣れてもらわないと困りますわ)」
『は、はい。申し訳ありません……』
年下の女性に言いくるめられてしまった颯太は縮こまるようにシュンと頭を下げていた。
その時、先程と似た現象が起こる。
今度は颯太が光り輝き、エレオノーラと入れ替わったのだ。
「(あ、あれ? また戻った?)」
『……なるほど。どうやら、貴方が本当にダメなことであれば、私と入れ替わるようになっているのでしょう。恐らくは今後も同じようなことが起こるでしょうね』
「(えっと、つまり、俺が本気で嫌がれば入れ替わるってこと?)」
『そうですわ。ですが、条件としてはかなり厳しいかと』
「(え? なんで? 俺が嫌だって思えばいいだけだろ?)」
『それでしたら、貴方が魔法の習得や女性の体にいる時点で入れ替わりは起きていますわ。でも、そうはなっていないという事は……』
「(あ……)」
言われてみれば、すぐに分かる簡単な話であった。
颯太は女性の体が嫌ということはないし、魔法の習得も文句はあるが嫌いではない。
しかし、排泄行為は人前ということもあるし、何よりも自身の身体ではなくうら若き乙女の身体である。
しかも、その持ち主が見ている前でなどできようはずもなく、颯太はそれが心の底からダメだったのだ。
別に汚いからとかではなく、単純に恥ずかしいといった感情の問題である。
エレオノーラの裸をバッチリ見ておいて、今更だと言われても仕方がないことであった。
「(えっと、じゃあ、もしかして幻影魔法は……)」
『頑張ってくださいな。私の為にも、そして貴方自身の為にも』
ニッコリと美しい笑顔を浮かべるエレオノーラに颯太は渇いた笑みしか出来ず、ひんひん泣き言を上げながら幻影魔法の習得を急ぐのであった。
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