第203話 そこに在ったこと、生きていたこと

 雪が降る日、久し振りに某銀行本店まで歩きました。

 すると、二つの建物が失くなっていました。


 ひとつは、クリーニング屋さん。

 と言っても、五年以上前に廃業されていました。

 高齢の御夫婦が営んでいて、母は常連客でした。


 ある日、入り口に閉店告知の紙が貼られ、それ以降は通りを歩く御夫婦の姿を、たまに母が見ていました。


 しかし、それも見なくなり――

 先日、クリーニング屋さんの建物が失くなり、ブルーシートが貼られていて『マンション建設中』の看板が立っていました。


 一階が店舗で、御夫婦は二階に住んでいらした筈です。

 御夫婦には息子さんがいらっしゃったので、そちらの家に引っ越したのかも知れません。

 

 母に話すと、気落ちした様子でした。

 決して上手な仕上がりではなかったそうですが、チェーン店には無い何かがあったのでしょう。



 そして、その先に在った五階建てのビルも失くなり、雪が積もった空き地になっていました。

 一階に入っていたコンビニには、何度かお世話になりました。


 

 見慣れたもの、そこに在ったものが消えていくのは、とても寂しいです。

 けれど、新しいものを受け入れて、私たちは生きていかなければなりません。


 でも、忘れたくないことはあります。

 職場近くに居た黒い野良猫を最後に見たのは二年前です。

 私の生活圏では、もう野良猫を見ません。


 エッセイを書くこと・読むことは、大切な思い出の共有なのだと気付いた冬の夜でした。

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