UFOの怪

 河川敷の土手を、一騎人は一生懸命ママさん自転車で疾走していた。

 立ちこぎしながら土手下を見ると、野球やサッカーをする人々でにぎわっている。たまの休日なのに、どうして一銭にもならぬことをそんなに楽しそうにしているのだろうと、蔑むような目で見ていた。

 銀色のUFOが一機、ずっと先の橋の上で滞空していた。UFOは円盤の形からひょうたんみたいになり、今度は葉巻型へと、何度も変形を繰り返していた。

 河川敷にいる人たちは誰一人気づいていていない。異星人の出現という一大事なのに、だらだらとスポーツを続けている。あんなに目立つ場所にあるのに、誰も騒ぎださないのが不思議だった。

 UFOは超能力をもった人間にしか見えないと、テレビの解説者がいっていたことを一騎人は思い出した。地球人の脳波を走査して思考調整ビームを照射し、気づかれないようにしているのだ。だから特殊な能力でバリアを張らないと、宇宙人の存在を知ることができない。

 一騎人は、以前から超能力者としての自覚があった。何らかの特殊な能力が、生まれながらに備わっていると思っていた。ただ、それがどういう類のものかはわからなかったが、UFOに関する能力だとわかって、うれしくなった。

 UFOは円盤形に戻っていた。橋の上に浮かびながら、一騎人が近づくごとに徐々に後退していた。快晴だった空はいつの間にか曇りになって、少し黒みがかった灰色の雲が低く垂れこめ始めた。空飛ぶ円盤は神々しい銀色を発しながら、冴えない色の背景から目立つように浮き出ていた。

 一騎人はようやく橋にたどり着いた。交差点では衝突事故が起きていて、ひどい騒ぎになっていた。

 くの字に折れ曲がったトレーラーが暴走し、十数台の乗用車を弾きとばしながら欄干を突き破っていた。橋のいたるところに積荷の鱈が散乱している。一騎人は注意して自転車をこいでいたが、ぐにゃりとしたものに後ろタイヤがとられて、少しばかり滑ってしまった。そこいら中に散らばった鱈を踏んでしまったと思ったが、警官が怒っているので、踏み潰したものはどうやら人間の身体の一部のようだ。

 UFOは高度を低くとっていた。振り子のような運動をしながら、住宅地の上空を飛んでいる。家の屋根に接触しそうなほどの極端な低空だった。

 UFOを追いかけているうちに、その狙いは自分の家であると一騎人は直感した。超能力のなせる技なのか、UFOは予期した通りに馬場家の真上にピタリと滞空した。

 玄関先に自転車を乗り捨てて、一騎人は家の中へ急いだ。UFOから家の二階に向かって光線が照射され始めた。聞いたことのないような甲高い音と共に、黄色い光がまっすぐに伸びていた。

 家の二階には一騎人の姉が暮らしていた。父親はすでに死んでいたので、現在の馬場家は、息子と姉と母の三人家族だ。

 一騎人が階段を上ると、すでに姉の婚約者と母がいた。姉はUFOからの光線を受けて倒れていた。すでに妊娠しており、よほど苦しいのか額に玉のような汗が噴き出している。傍らで看病する母は動転してしまったのか、化粧を拭きとった汚いガーゼで姉の汗を拭っていた。婚約者は壁に背をつけたまま、ぼう然とその様子を見ているだけだった。

 光線の照射は続いている。ここにいたら宇宙人の策略にやられてしまうだけだ。

なにもしないでただ立っているだけの婚約者を押しのけて、一騎人は姉の身体を抱き上げた。急いで二階の部屋を出て階段を下りた。そして、玄関わきに駐車してある白い軽自動車の後部座席に身重の姉をのせてエンジンをかけた。

 母も見送るために下りてきた。我が子を見つめる彼女の悲しげな目に、娘の行く末が暗示されている。

 一騎人は大きく頷くとアクセルを踏み込んだ。母は言葉をかけたり手を振ったりはしなかった。下腹の辺りにガーゼを握った両手を組んで、去っていく軽自動車を見つめるだけだった。

 UFOの追跡を恐れながらも、一騎人と姉は逃避行を続けた。道の続くかぎり突き進み、月夜の荒野を走破し、燃料の尽きた軽自動車を放棄して山の中をさ迷った。寒さに震える夜は、一騎人が姉を抱いて暖めた。

 姉のお腹は徐々にふくらんできた。その中で何かが育っていることは確かだった。それが婚約者との間の子供なのか、UFOの光線を浴びた結果なのかはわからなかった。

 長い逃亡の果てに、姉はカウボーイと結婚した。彼は父親と一緒に牧場を経営していた。一騎人と姉は、ようやく落ち着ける場所を得ることができた。

 牧場で暮らすようになってから、どれほどの月日が経過しただろうか。姉は臨月を迎えた。出産の準備をしなければならなかったが、彼女は追われる身である。病院は人目につくので行けなかったし、その費用もなかった。

 一騎人は、夫であるカウボーイに姉が子供を産みそうだと告げた。彼は陽の光もあたらぬ暗いキッチンで、父親と二人で食事をとっていた。羊の肋骨でダシをとったうすい汁と、茹でジャガイモだけの夕食だった。

 カウボーイは面倒くさそうに手を振った。一騎人が必死になって助けを求めるが、相手にしてくれなかった。だが、彼の父親は姉の容態を若干気にかけているようだった。出産は人目につかぬよう、軒下でしたほうがいいといってくれた。

 キッチンの床に小さな扉があった。一騎人がそれをめくり上げると、狭くて急な階段があった。姉を抱えてその狭い階段を下りると、軒下の広い空間に出た。

 地面はきめ細やかな砂地であり、ところどころに生えた雑草は枯れていた。一騎人は天井である家の床に頭をぶつけないように、中腰で慎重に歩いた。砂地面のあちらこちらに、握りこぶし大の穴が開いていた。そこからガスが噴き出し、さらに引火して青い炎が煌々と燃えている。

 姉は基礎柱の一本によりかかりながら、ぐったりとしていた。疲れ果てすっかり弱っている。やがて意識がなくなり、ほとんど息をしなくなった。

 姉は死んでしまうだろうと一騎人は思った。せめてお腹の子供だけでも救いたかったが、自然分娩は無理であろう。覚悟を決めなければならない。

 一騎人は傍らに捨ててあった木片を叩き割った。ナイフのように鋭くなったそれを姉の身体に突き刺して、喉元から下腹部までの肉を縦に裂いた。姉のお腹の中にいた胎児は、あきらかに人ではなかった。枯れ木から落ちた枯れ枝のような、あるいは昆虫のナナフシのような異形の物体が三体、折り重なり合いながら死んでいた。

 一騎人は三つの胎児をとり出した。悲しくて仕方なかったが、すぐに処分しなければならない。木の枝を折るように、胎児をポキポキとバラバラにしてから、地下からガスが噴き出している穴の一つに置いた。青かった炎は、胎児という燃料を得て赤色に変わりながら激しく燃え始めた。

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