第12話 誕生日の贈り物
離れの庭の様子をこっそり見に来ていた栖榮の侍女は、急いで母屋へ戻ると栖榮に報告した。
「お嬢様、大変でございます。若様まで離れの庭の屑拾いを手伝っています。それに兼悟に多量の竹炭を求めに行かせ何やら始めるようです。」
侍女の話を聞き栖榮の顔は青ざめうろたえた。
「まぁ、どうしましょう。こんなはずではなかったのに。若様の手を汚させてしまったわ。どうしましょう・・・」
「大丈夫です。誰が屑をまいたかなど分かりませんし、いつもお優しいお嬢様を疑う者などおりません。そうだ、蓮香に何か、お誕生日の贈り物を届けてはいかがです?」
「私が蓮香に? 嫌よ。何で私が蓮香の誕生日を祝うの?」
「心遣いと優しさを示しておけば損はないですし、庭に屑をまくほどに嫌っている者が、誕生日に贈り物などして祝ったりしないと思うでしょう。」
「あぁ、それもそうね。仕方ない。何かすぐに用意出来る物を贈りましょう。そうだわ。今朝、緑光薬舗さんが届けてくれた龍蜜があったはず。あれをすぐに届けてちょうだい。」
「はい。お嬢様。すぐに届けて参ります。」
「えぇ、お願い。お祝いの言葉も添えてちょうだいね。」
侍女は、まだ箱に入ったままの龍蜜を手に取ると離れへと向かった。
離れの庭は屑がなくなり、若葉の緑と静かな池がある元の美しい姿に戻っていた。しかし、屑の臭いがまだ残っている。
「あぁ、久しぶりに働いた気がする。よかった。きれいになったぞ。」
春鸞が背筋を伸ばしながら笑った。
「若様にまで手伝って頂き、申し訳ありません。蓮香に云われ朝の光景を見た時は、本当に愕然と致しました。」
「本当に・・・ 静さんと二人、どうしようかと思いました。まさか若様が、あんなに早くいらっしゃるとは・・・」
やっと少し笑みの戻った静と蓮香の様子に
「はははっ。朝一番に、君に届けたい物があったからね。」
春鸞はにやりと笑った。
「若様。だいぶ細かく砕きましたが、このくらいでいかがでしょう?」
「うん。上出来だ。ありがとう。では兼悟、皆で手分けしてこの竹炭を庭にまこう。土の浄化にもなるし臭いも吸い取ってくれる。」
春鸞は炭を手に取り庭にまき始めた。
「なるほど、若様。炭なら庭に害もない。よい方法ですね。さぁ、皆でまきましょう。」
兼悟が鉢に炭を分け皆で手分けして庭にまくと、あっという間に終わった。
「さぁ、これでひと安心だ。蓮香、お誕生日おめでとう。朝一番に言いたかったのに、こんなに遅くなってしまった。さぁ、着替えて街へ行こう。先ずは手を洗って。」
四人は八角堂の裏手にある井戸へ行き、手を洗うと中へ入った。
「若様、この大きな箱は?」
すぐにお茶を淹れてくれた静が、卓の端に茶盆を置きながら聞く。卓の上には大きな箱が一つ先に置かれていた。
「これは、蓮香に持って来た物だ。蓮香、開けてみなさい。」
春鸞に促され蓮香が箱を開けると、中には白く美しい衣が入っていた。
「まぁ、美しい。出してみてもいいですか?」
「もちろんだ。それに着替えて出かけよう。」
春鸞は、嬉しそうな蓮香の顔を見て言う。
「よいのですか? こんなに美しい衣を私に? 若様、よいのですか?」
蓮香は戸惑っている。
「あぁ、もちろん。君へのお誕生日の贈り物だ。着替えて見せておくれ。」
「はい。若様。」
蓮香は衣を持って自分の部屋へ入って行った。
するとそこへ、栖榮の侍女が来た。
「すみません。失礼致します。奥様から、蓮香さんへ贈り物を届けに参りました。」
「離れへは立ち入るなと言ってあるはずだが?」
「はい、若様。承知しております。いつもはこちらへ参る事もございませんが、今日は蓮香さんの誕生日だからと奥様がこれを。おめでとうと仰って。」
侍女は、緑光薬舗の木箱を差し出した。
春鸞は先程覚えた怒りが、腹の中で再燃するのを感じながら木箱を受け取ると
「ならば私が代わりに受け取っておく。もう、戻りなさい。」
とすぐに侍女を帰した。
木箱を開けてみると、中には新品の龍蜜が入っていた。
「まぁ、龍蜜。あの娘の好きな物だわ。奥様は知っていたのかしら? それにしても、奥様から贈り物なんて初めてだわ。どうして突然?」
静が不審に思っていると、春鸞が帯の間からさっき拾った香袋を取り出した。
「実はさっき、庭の屑を拾っている時これを見つけたんだ。」
「あっ、それは確か、奥様が・・・」
「あぁ、兼悟も知っていたか。そう、これは栖榮がさっきの侍女に贈った物だ。」
「何ですって。じゃぁ、今朝の屑はもしや・・・」
「あぁ、まだ断定はできないが栖榮が関わっている可能性が高い。これからは、母屋から私を通さずに届いた物は警戒して欲しい。特に食べ物や飲み物は。」
「若様、まさか。そこまでは、さすがに奥様だって・・・」
「いや、静さん。若様が言うように、警戒しておくに越したことはないよ。」
「分かりました。何かありましたら、すぐにお二人にお知らせ致します。」
「うん。幸いこの龍蜜は封も切られていない新品だ。不審な点もない。蓮香が好きなら、このまま渡してあげなさい。黙っていて礼がないのも後々、面倒な事になるだろう。」
そう三人が厨房で話していると、奥から着替えの終わった蓮香が出て来た。
「みんな見て。着てみたら更に美しいのよ。白一色ではなくて黄と緑の模様が・・・」
蓮香の声がして急に厨房が華やいだ。
「まぁ、まぁ。本当。美しい衣だわ。まるで梔子の花のような色合いね。」
「えぇ、静さん。誠に美しい衣だ。蓮香が別人のようです。」
静も兼悟も、衣を着替えた蓮香の愛らしさに驚いている。
「とてもよく似合っているよ、蓮香。どこから見ても名家の令嬢のようだ。そういう衣を・・・」
「分かっているわ。若様。そういう衣を着た時は、振る舞いに気を配るのでしょう?」
「そうだ。その通りだ。今日は振る舞いに気を配って過ごすのだよ。」
笑みがこぼれ落ちている春鸞は、蓮香に近寄り頭を撫でた。その様子に静と兼悟は、顔を見合わせてにんまりした。
「さぁ、皆で出かけよう。さぁ、早く。きっと帰って来る頃には、庭の臭いも薄らいでいるだろう。」
四人はしっかり戸締りをして、通用門から出かけて行った。
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