第65話 自転車
高齢ドライバーが起こした事故のニュースを聞く度に、夫に何度も免許返納を願ってきた。何十年と運転してきている夫からすれば、年若いペーパードライバーの息子より、何倍も運転能力はあるのだから、高齢を理由に返納を迫られたくはなかっただろう。しかし事故を起こしたばかりに、晩節を汚してしまってはあまりにも切なすぎると、そんな人の例を持ち出して責められて、とうとう夫は免許を返納させられた。
車の運転は日常生活の一部だった彼は、流石にガンの手術後の暫くの間だけは運転も休んでいたが、少し元気を取り戻すと又運転は再開された。免許返納して欲しい為に、年齢と病気と廃業との三つの理由を突きつけた所に、更に人生の最期を汚しては大変だという大きな理由が、ダメを押した形となった。そうやって大好きな運転を取り上げられて、彼は家に籠りがちの人に成ってしまった。
夫の免許返納から暫く経って、今度は私が自転車の使用をやめる決心をした。脚力と反射神経の低下の自覚がそうさせたのである。それまでは私の行動に大いに助けとなっているものだったから、乗るのを止めるのは大きな決断であった。日々の買い物は当然のことながら、振り返ってみると自分の通院から、夫の入院した病院への行き来などには、なくてはならないものだった。義父が入院した病院へは、四十分ほど漕いで行っていたが、今の私の脚力だったら恐らく、一時間かけても辿り着かないだろうな、と懐かしく思い出される。
やや過保護気味の母親だった私は、長女と長男には小学生時代に自転車は買ってやらなかった。仕方なく友達の自転車の後を、走って追いかけていた長男は、転んで膝をすりむいたりしながらも我慢していた。けれど二人が中学生になると、小学生の次男にも自転車を買い与えたので、二人には大いに不満であった。
その次男が自転車を飛ばし過ぎて、走ってきた車にぶつかってしまったことがあった。幸いにもぶつかったはずみで転んで、こぶが出来ただけで済んだ。二人の子供には次男の特別扱いに文句を言われ続けていたが、やはり次男にも同じように自転車は買ってやるのではなかったかなと思ったりした。
軽症で済んだから言えるのかも知れないが、私は運転していた相手が気の毒でならなかった。事故が新年のめでたい日だったからとか、もしこれが夫だったらばと考えてしまうからだった。私が自転車使用を止めたのも、一つにはそんなところからもきている。自分の不確かな自転車操縦で、車を事故に引き込んでしまってはいけないと、乗りながら思うようになったからである。
現在は自転車にも交通規則は厳しくなっているが、昔は相当に緩くて、平気で二人乗りをしていたものだった。バイトに出かける娘を後ろに載せて、自分で走った方が早いと笑われながら、駅へ送って行くのが楽しみでもあった。「駅まで送ってもらった」の言葉に、ステキ母親を想像したか知らないが、車でなく自転車でだと聞かされると、仲間がちょっと白けた、と笑い話になったりした。
歩いて通っていた中学校も、教育実習で通う時には自転車で行った。登校する生徒達が朝の挨拶をしてくれるのを、一人前の女性教師になった気分で、挨拶を返していたのも思い出にある。最近知ったのだが「散走」と言う言葉があるそうだ。ぶらぶらと散歩するように、ゆっくりと気の向くままに走りながら散策すること。それをずっと楽しんでいた私だが、これからは自前の足で歩くしかないと思うと、ちょっと憂鬱ではあるが仕方ない。
自転車の盗難がよくニュースになっているが、それらの自転車は高級なものばかりだ。でも四十年ほど前に盗まれた我が家の自転車は、ごく普通のママチャリであった。警察から盗難自転車発見との連絡がきて、見つかった所が北区の赤羽だったので、東京の南の外れに近い大田区の我が家から、どうやって東京の北の外れまで走って行ったのだろうかとビックリした。
その後十年ほどした頃、また自転車がなくなったことがあった。いつぞや自転車で病院に行った時に、あまりに疲れたせいかバスで帰って来てしまって、置き忘れたことに気づかずにいたことがあったのを思い出した。が、今回は確かに自転車はきちんとしまった覚えがあるので不思議だった。色々と記憶を辿っていると、長男が急に家から飛び出して行ったかと思うと、暫くして自転車に乗って戻って来た。
前の晩に隣のマンションでは、若者達が飲んで騒いで賑やかだった。朝になって慌てた誰かが駐車場に入り込んで自転車を持ち出し、急いで駅まで乗って行ったのだろう。彼がそう推理して駅まで行くと思った通り、乗り捨てられた自転車がそこにあった。カギは前かごに投げ入れられてあったので、乗って帰れたからまあヨシ、許そうとなったが不愉快ではあった。
自転車そのものが盗まれたのは二度だったが、自転車のベルは何度かあった。そしてサドルが盗まれた時は、本当に可笑しかった。建売の小さな家に住んでいた頃、自転車を置いておく場所が無くて、玄関そばの通りに置いていた。ある日、自転車に乗ろうとして、いつものように座ろうとしたその瞬間、アッと思って半分座りかけた腰をサッと浮かして助かった。見ればサドルがなくなって、棒だけが突き出た状態になっていたのである。棒はシートポストという名だそうだが、まさかサドルがないなんて思ってもいなかったから、咄嗟に気が付いて本当に良かったと思う。
この話を町内の落語研究会仲間にすると、シートポストがお尻を貫通した私の姿を想像したEさんが大喜びした。大笑いした彼のバカバカしい笑顔と、呆れた私のマヌケ加減に、そこにいた仲間達は大いに笑ってくれたので、これもまたヨシ、ということであった。
信号待ちして助手席から何気なく歩道を見ていて、走っている自転車が急にゴロンと前回転して倒れたのを目撃したことがあった。恐らく自転車の紐か何かが絡んで、急ブレーキがかかった状態になったのだろうか、車が走り出したので彼がどうなったかは分からないが、今でも忘れられないでいる。
昔、こんな夢をみた。五十四才で亡くなった私の次兄が、自転車に乗ってやって来た。ニコニコ笑いながら「乗って行くか」と言う。私は後ろの荷台にまたがって座ろうとした瞬間に「いや、まだ行っとられん」と言うと、「そうかぁ」と兄の寂しそうな後ろ姿は、次第に遠くなって行った・・
そこで目が覚めたが、何だか妙な気持ちになって、慌てて子供が成人するまでは死ねないんだからと、あれこれ一生懸命に言い訳を考えていた。あれからもう三十年も経った。いつか誰かが迎えに来たら「せっせとエッセー書いてて忙しいから、せっかくだけど行っとられん」とでも言おうかと思っている。これぞ正に「ローバの口実」と洒落てみたがどうだろう。えへへ(^_-)-☆。
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