第27話  ラジオ番組の思い出

 今から50年以上も前に大学生だった私の部屋にはTVがなかったので,

ラジオが情報や娯楽を得る為の大切なものでありました。上京する時にチッキで下宿まで一緒に旅をして来た、私の大事な相棒でもありました。何でも人任せの甘っちょろい私が、初めて親元を離れて一人で生活する心配から、家を出る支度にはあれやこれやと大掛かりな荷物が出来上がりました。


 当時はチッキといって、切符を買うと自分の持ち物は手荷物扱いで、一緒の乗り物で運んでもらえるサービスがありました。何しろ全てを父親がやってくれていたので、ぼんやりとしか覚えていませんが、リンゴ箱(昔は大きな木箱でした)のような頑丈な箱にしっかりと紐かけをし、宛先の書かれた荷札のくくりつけられた荷物は、はるばる東京へと運ばれて行きました。


新しく住む所は都会での一人暮らしを心配する親が、伝手を頼ってお願いしたお宅のひと間でした。狭い部屋にはあれもこれもと多すぎる荷物は、いくらか整理しましたがラジオは絶対に除けません。ご厚意で貸してもらった机の上が、取りあえず相棒の置き場所となり、後に買った本棚の上が定位置になると、そこからいつも音楽が流れ、コーヒーを飲みながら憧れの都会暮らしが始まりました。


 東京では田舎で放送されていなかった番組も沢山あって、楽しみが何倍にもなりました。中学生の頃から8才年上の姉と一緒にこっそり聴いていた「S盤アワー」も、ここでは早く寝ろとか色々うるさく言われることなく聴くことができます。オープニングのペレスプラード楽団の「エル・マンボ」は、今でも誰かが「ウ~・ウッ」なんて声を出したら、調子に乗ってマンボのメロディーを口ずさんでしまうかも知れません。毎日ラジオから流れるヒット曲をしっかり聞き、学校の仲間たちと皆で歌うことは、高校の時とはまた違った楽しみにもなりました。


 ラジオでは音楽だけではなく、落語を聞くのも楽しみに加わりました。落語は田舎で家族団らんの時、茶の間のラジオで皆が楽しんでいた時にちょっと聞く程度でしたが、大学で落研に入ったのをきっかけに、聞き逃さないようチェックして夢中になって聴きました。


 大好きな番組には音楽とポエムで構成された東京放送(現TBSラジオ)の「夜のバラード」がありました。夜の10時になると初めに操車場の機関車の汽笛や連結機の音、次第に遠ざかって行く列車の車輪の音、そしてナレーションとテーマ曲のトランペットのメロディーが流れるのです。そのメロディーのもの悲しいことといったら、何も悲しいことなどなかったノー天気な私でも、つい涙ぐんでしまうこともしばしばでした。


 石坂浩二さんや他の朗読の方々の声と詩は、静かな夜にはぴったりで魅力的でありました。この「夜のバラード」のオープニングにはトランペットの曲に加えて、スキャットの曲も流れました。♪ ル~ルルルル~ ル~ルルルル~  由紀さおりさんのスキャットにはそのうち歌詞がついて、これが大ヒットとなりました。 スキャットと番組提供会社のチョコレートのCMは、今でも時々口ずさんでしまうこともあります。


 この番組での朗読される詩は本当にステキで、栃木に住んでいた姉の家に遊びに行く時だって、必ずレコーダーを持参して録音していました。毎度の録音は今のように簡単ではなく、当時のテープレコーダーはオープンリール式で、左右のリールの片方にテープを巻き付けてセットし、マイクをラジオに向けて準備万端整えて、息を殺して放送が始まるのを待ちます。スイッチオンでうっとりといいところまで来た時に、ノックの音がして「お姉さん、お紅茶一緒に如何ですか~」と、ここのお宅の奥さんのご親切な声がして・・・何度かの残念無念がありました。


 でもそれが落語放送の録音では、聞きながら自分の笑い声が入ったりしても、それは全くOKで楽でした。そうそう、落語の番組といえばTBSの「回り舞台」というのがありました。公開録音されるのでせっせと応募し、当たると実際に見に行きました。その公開録音で志ん朝師匠の「唐なす屋政談」を聞いた時、余りの感動で眠れませんでした。感想を聞いて欲しい衝動に駆られ、一生懸命に感想の手紙を書きました。早起きの?セミの声で朝になってしまってたことに、やっと気が付いたほどでした。


 手紙は番組担当の方からプロデューサーに渡り、返事の手紙と一緒に公開録音の招待状が同封されてありました。そのプロデューサーが8代目林家正蔵(後の彦六)師匠との打ち合わせに、楽屋に同行させて下さいました。そんな嬉しい体験もできましたが、勉強そっちのけで落語にのめり込んでいたツケは大きいものでありました。


 落ち着いて音楽番組を楽しむことが少なかった子育て期間が過ぎると、大好きだったクラシック音楽をゆったりと聴くことが増えました。日曜の朝、8時を少し過ぎるとNHKの「音楽の泉」がシューベルトの「楽興の時第3番」のテーマ曲にのって始まります。皆川達夫さんの解説は楽しみのひとつでもありました。


 深夜にはTOKYO FMの「JET STREAM」を聴きながら、静かに眠りにつく楽しみもありました。機長に見立てられたパーソナリティーの城達也さんの声と、心地良い音楽でほぼ毎夜の深夜飛行を楽しみました。


 今日こうやって思い出を辿っていると、ラジオがいかに身近なもので、私の気持ちに豊かさを与えてくれるものだったと思えるのに、今では殆ど聴くことがなくなってしまいました。たまに若者に人気の深夜放送を聞くと、「Bittersweet Samba」の曲に、夜通し聞いていた学生時代が蘇ります。やはり音楽は人生の良き伴奏者であり伴走者のようだなとしみじみ思ったローバの1日でありました。 

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