第23話   我が「ぼ校」

 先月「箱根駅伝2023予選会」が行われた。興味津々で見た。今年10位以内だった学校はシード校となるが、それ以外はこの予選大会で10位に入らねば来年1月の本戦に出られないから、テレビに映る選手達の顔はみな真剣だ。私は箱根駅伝をもう40年近くも楽しんでいるし、30回位も直に応援に出かけている。


 私の住んでいる所は駅伝選手が走る国道第1京浜に近い。いつも京急蒲田の踏切で、電車の通過待ちをするのがテレビ中継されたお馴染みの所。テレビに映るその踏切を避けて、少し離れた場所で応援をするのが、私の年初めの行事であった。


 踏切の大渋滞問題解決の為、電車が地下を通るようになってからは、選手が列車通過の為にタイムロスすることもなくなった。なので応援する方にもその心配はなくなったり、そのお蔭で、ああ、踏切が~、という選手への同情とちょっとしたストレスは解消された。


 良かった良かったと喜ぶ私に、お前が何で?とお節介をよく笑われたものだが、しかしそれはそうでしょうと思う。走る人も真剣ならば応援する人だって、母校の為に一生懸命なのだから。酷い雨や風の悪天候でもなければ、チラチラ降る雪の中だって、カイロをいっぱい貼って出かけて行くのが私なりの思いやり。


 箱根駅伝は毎年1月2日と3日に、東京箱根間を往復する関東地方の大学駅伝大会である。読売新聞本社前からタートし、ゴールの芦ノ湖までの往復計10区間を走るのだけれど、私の所はその第1区(復路では10区)。一斉にスタートしてすぐの所だから、選手達は殆ど塊のようになって通過する。スタートをテレビで見てから、家を出るのがモタモタして遅れたりすれば、あっという間に見逃してしまう。そのスピードたるや、早いなんて簡単な表現では済まないほどの速さだ。


 熱心なファンが多くいて、毎年早いうちから場所取りが行われ、いい場所に当たらないと人混みの中に、ただ立っているだけでしかない悲惨(オーバーかな)さだ。うまく前列に並べたとしても、両脇の人達が選手の姿を見ようと体を前にのり出すから、それが壁のようになってしまって、目の前の僅かな空間を通過する選手の姿を、一瞬見るだけで終わってしまう。


 第1区は参加校20に関東学連の計21名が、次々にあっという間に走り抜けて行くので、余りのあっけなさにちょっとつまらないな、とも思う。本当に速過ぎるので応援もワアワア騒いでホナさいなら、っていう感じだ。でもここで差がついては、次は花の2区と呼ばれて、速い選手が起用されるから、この1区で差をつけられたらもう大変だ。


 そんな真剣さがもろに伝わって来て、沿道の応援にも相当に熱が入る。この時はみんな夢中になって大声で叫ぶから、私なんかがちょっとばかり張り切って応援しても、それほど恥ずかしくはない。それをいいことに、毎年私は大声で応援をする。新聞社から配られた旗がちぎれそうなくらい振って、大学の名前を叫んでいる。関係のある大学が全部出ていれば、声を張り上げるのは5校だが、お目当てが1校もないという年はほぼないので、毎年新年早々から馬鹿さ加減を発揮している。


 応援するその5校は、私の家族や親戚などの出身校であるが、中でも「ぼ校」の応援には特別気合が入る。若い頃はやや黄色い声まで出して叫んでいたけれど、だんだん無理になったのでその分「〇〇~」「頑張れ~」「しっかり~」の台詞を早口で数多く言う。それもなかなか大変なことで、まあ疲れる。


 1月2日の往路第1区はそんな具合で、あっという間に沿道応援を終えて帰るが、3日の復路は第10区で最終区となるので、応援は更に加熱する。第1区と違ってタイムの差が開いているから、選手達は三々五々という感じで走って来る。のんびりと待っているうちに、少し先の方に選手が見えだすと、応援の人の群れが騒がしくなりだし、やがて目前に先導車やテレビの中継車が近づいて来て、また両隣にのり出した人の壁が出来る。 


 この壁と壁の僅かに空いた目の前の空間に、ヒタヒタという足音と共に選手が近づいて来て、それからズッズッというような靴音と、ハッハッという激しい息を一瞬残してさっと駆け抜けていく。もうあと僅かばかりでゴールだから、厳しい追い込みをかけているのだろう。その迫力が直に伝わってくるから、私はいつも胸がジーンとなってしまう。


 そんな楽しみだった沿道での応援も、3年前からテレビ観戦に代わってしまった。心臓に少しばかりの不安があったり、自転車に乗ることも止めたからだ。あの迫力はテレビでは得られないから、叫ぶこともなく心臓にも優しく、静かに落ち着いての応援だ。


 来年は娘や義弟や甥の母校が出場する。甥の母校は娘が惜しくも入れなかった大学でもある。そして更には私の「ぼ校」でもある。私が声を大にして応援し、ぼ校とよんでは笑われる我が「ぼ校」である。義父が聞いたら「なんだ、判じ物みたいじゃないか」と言うであろう呼び名だ。その正確な字は、慕い続けている「慕」で慕校なり。


 箱根駅伝の名門と言われた時代もあった、本物の我が母校はここ数年は出場もなかなか難しい。残りの人生あと何回応援して楽しめることだろう。そうしているうち「ぼ校」を「我が母校」と信じる呆けローバに変身するかも知れない。「ぼ」には墓もあり、暮・姥・牡・菩・撫・・沢山あるとスマホ先生に教えられた。でも呆けローバになっても「墓恋う」とは書きたくないな、なんてふざけて遊んでいるローバなのであります。

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