第22話   ティアラ

 わたくしローバは、とうとう後期高齢者となりました。恐れ多くも畏くも、いや有りがたくも悲しくも、いやいや何と申したら宜しいでしょうか。語彙の少ない私は、この後期という名を頂くという記念すべき日を、どう表現して迎えたものかと迷っておりました。高齢者という呼び名の頭に、特別に後期という文字が乗っかるのですから、この日は特別な誕生日と言えましょう。


 老婆をローバと洒落たつもりで、高齢者と呼ばれるのもそんなに悪くはないかと、半ば言い聞かせていた私でした。でも流石にいざ後期高齢者となってしまうと、少しはジタバタしないでもありません。チョー年寄り~、って囃す孫の顔も浮かびます。


 そこで往生際の悪いローバは、いつもの如くスマホ先生にお尋ね致しました。すると国連では60才以上を高齢者、80才以上を後期高齢者と定義していて、またWHOでは65才以上が高齢者で80才以上を後期高齢者としているそうです。


 だから何なんだ?と言われると、ちょっと答えに窮するところでありますが、潔くないローバは可能ならば、あと5年延ばして頂ければ80才となりますから、喜んで頭に後期をつけたいと思うのですが・・ 

そんなどうでもよいことを考える私は、やはりお馬鹿な老婆に違いありませんね。


 さて、どうしようもないことを一生懸命に考えるのは止めにして、後期をつけると良いことがあるやも知れませんから、それを考えてみることに致しましょう。そうとなるとまず一番に、特典があることに気が付きました。先ずは医療費が2割から1割に変わります。こんな大事なことを忘れておりました。ボンビーな私には何よりのことで、すぐに「後期?いいじゃない!」となりました。


 すっかり気を良くした単細胞の私は、ならば頭に後期がつくとババくさいなどと考えず、頭に載せる冠はティアラと考えることに致しましょう。だって後期は後期と書かずに光輝としたらば、おお何と光り輝く高齢者となるではありませんか。大昔だったら♪高砂や~♪の謡いが聞こえてきそうな、あの翁と媼を想い起しましょうが、ティアラを頭上に頂けば、どんなに皺くちゃなローバだって、少々立派に見えるというものです。

 

 そう言えば、辛い更年期を「光年期」と言っていた友人がいたのを思い出しました。幾つもの病気を抱えているにもかかわらず、明るく元気いっぱいの人でした。字が表すように彼女の活動的な姿は、本当に光り輝いておりました。大きな声で笑い何事も前向きに考えて、たった一文字を魔法の言葉に代えていた彼女。心の持ち方次第で解決策となれることを、さりげなく教えられたようでありました。


 さて「光年期」を生き生きと過ごしていた友人に倣って、私もティアラを頂いた「光輝高齢者」として過ごそうと思いましたが、ティアラという言葉がどうも似合いそうにないローバです。いやはやお恥ずかしいわが身なのであります。


 義母と同居して数年が過ぎた頃、息子に留守を頼んで美容院へ行った時のことでした。認知症の義母はいつも静かにテレビを見て過ごしていましたから、安心していたのですがSOSの連絡が入りました。肩に散った髪の毛もよく取り除けてなくてもよいからと、作業を中断してもらい大急ぎで家に帰りました。


 義母は入浴中の息子に一生懸命に何かを言っているというのです。町内の人達がみんな待っている、見送りに来てくれているのに、早く行かなくていいのかとしきりに訴えるのだそうです。義母は近所の人達に見送られて戦地に行った、兄弟達のことを思い出していたのかも知れません。


 娘だったら上手く対処できたことでも、息子には無理だったようで、パーマや染毛の途中でなくて良かったとほっとしました。そんなことがあってから、髪はさっと済ませる1000円カットに限るとなりました。もともとお洒落にあまり関心のない私でした。短髪にするとまるでお爺さんみたいに思えなくもありません。でも洗髪や乾燥も短時間で楽なので、義母が施設でお世話になり時間に余裕ができたにも関わらず、それ以来ずっと「お爺さんもどきのお婆さん」で過ごしてきたローバでした。


 更に今年は猛暑の中を散髪に出かけるのが億劫で、髪が伸びてもおかまいなし。明日明日と言っているうちに秋を迎えると、伸びた髪は肩に届くほどになりました。

そうなるともう「ロン毛のお爺さん」になっちゃいます。これではいけない!

流石の色気、洒落っ気には縁遠いローバでも「どがんきゃせんといかんばい」と崖っぷちに立たされたような気分になりました。


 一大決心で研究開始となり、まずは伸びっぱなしの髪を両耳の横で束ねてみると「ジョウモンジンみたいだ」と孫は大喜びです。ならばそれをぐっと上に持っていけば「初音ミクにはほど遠いぞ」と笑われ、ではいっそのこと赤茶色にして頭の両方に持っていけば、「ポップソング」のMVみたいになれるかも・・・なんて皆で遊んでみたりしました。


 そんなこんなで最終的には、伸びた白髪でカッパのお皿のような頭頂部を、ティアラを頂くに相応しくきちんと染めましょう。そして肩のあたりでちょいと可愛く??(ハイ、無理は承知でっす)内側にカールしてみましょう。

で、如何でしょうか、少しは・・? いやいやまだまだ、やっと普通のお婆さん止まりでしかありません。あ~あ、どうやってもティアラは似合いません。でもいいじゃありませんか、お嫁に行きたい訳じゃァないんだから。


 あれこれやった挙句に冷静に考えてみると、やはり恐れ多くも畏くもで、エリザベス女王や高貴な方々の真似はできません。ティアラなどなくとも皺くちゃローバは「光輝高齢者」の言葉をしかと胸に秘め、♪ボロは着てても心は錦~♪ で暮らしていこうと決めたのであります。

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