第16話  誉め過ぎなんじゃない?

亡き義母を紹介するには明るく朗らかで、大らかで呑気で…とポジティブな形容詞を沢山用意しなければなりません。大きな声で笑い、嫌だと思うことはみんなスルーして、フィルターに残った楽しいことを都合よく取り入れて、幸福なことにしてしまう、そんな特技の持ち主でありました。


 「あたしって幸せ」って言うのが口癖で、誰かれ構わずこの台詞を聞かせます。楽しそうに暮らしている様子から、心からそう思えているのが頷けるのです。その義母の「あたしって幸せ」の後には「お嫁さんがよくしてくれるから」が続きます。


 「なに言ってるのお義母さん、それは私の言う台詞よ~」と、くすぐったいながらも嬉しい気持ちで、私はいつものお返しの言葉で繋ぎます。私が特別な振る舞いをしている訳でもないのに、当たり前のようにこんなことを言えるのは、義母の性格からくるものなのでしょう。


 夫や兄弟達に本当によくしてもらった、との台詞も又義母の口癖でありました。茶目っ気がたっぷりでユーモアがあり、私と義母は話をする度にばか笑いをしたもので、お互いはまるで気の合う漫才の相方のようでありました。


認知症が進んでいっても、その口癖が途絶えることはなく、近所の人との立話でも、例の「あたしって幸せ」は忘れません。するとその言葉に、「良かったね、いいお嫁さんで」と言って貰うと、辺りに響き渡る高笑いで締めとなるのです。恥ずかしいやら嬉しいやらの散歩です。


 義母の誉め上手な血なのでしょうか、私の2男の誉め技にも私はちょいと騙されて、弱いところがあるのです。彼は本好きの兄姉と違い、全く本には興味がありませんから、小学生の頃から国語が大の苦手でした。言葉だって言い間違いが沢山ありましたが、人懐っこい性格のせいか、それが妙な愛嬌となることもしばしばでした。


 昔、♪ウイスキーが お好きでしょ もう少~し 喋りましょ  というCMがありましたが、言い間違いの息子は平気で ♪ウイスキーは お酒でしょ と歌うのです。これでは相方の私だって、ウイスキーはお酒だけど、だからそれがどうだって言うんかい、ってつっこまなくてはなりません。


 こんな調子でしたから、高校受験も心配になり、親子で国語の勉強をすることにしました。書き取りはまあ何とかなりますが、文章を読み取る力が全くありません。そこで小学4年生のドリルで特訓を初めてはみたものの、効果がありません。それならばと、本に親しむことからと考え、選んだ本をまず読ませて私が聞き役です。


 読み進めるうち「~が、おこるおこる谷底を覗いてみると・・・」 えっ、何かおかしいな、おこるおこるって? よく見てみればおそるおそる、ではありませんか。仕方ない、ならば違うものでと私が読み手となって、次郎物語を読み聞かせますと興味がないから辛そうです。次郎の気持ちになって内容をしっかり想像するのよ・・と厳しく注意をして読んでいるうちに、涙が滲んできて「ほら次郎がね・・」と言いながら彼を見ると、睡眠学習中です。


 そんなレベルの低い子ですから、ことわざや四字熟語はとても苦手なものでした。そこでカルタのようなカードを作り、私が読み手となって遊びながら覚えさせました。そんな努力のお蔭か、後に職場などで若い人が、ことわざや言葉の意味を知らなかったり、使い方が不適切だったリすると、心の中で得意になっているようです。

  

そんな日は帰宅するなり「あたしって幸せ」の言葉と同じように、「ほんと、母さんのお蔭だよ」の言葉で、私をくすぐってくれるのです。自慢できることの少ない息子にとっての、小さな自信のようなもの。私は「よほど君に間違いなんじゃないかと思われる人って、日本語を母国語としない人だからじゃない?」とつっこみたいのをぐっと堪えなければなりません。

誉め上手の彼の技は年々上達して、今では単純な母親はくすぐられっぱなしです。


 この誉め上手の2人に、更にのせ上手なのが娘で、PCに向かっている私に、印税が入るようなのを書いてと煽てます。恐れ多くも山村美紗をも引き合いに出します。「自分の亡き後、娘が困らないように、自分の作品に必ず出演させてやって」と言い残して、沢山の作品を書いたのだそうですが、私にも残して喜ばれるように・・と乗せることといったら、それはもう大変なものです。


 そうやって、娘達はカクヨムで楽しそうに過ごしている私を見て、煽てたり励ましたりして喜ばせてくれています。そんな中、調子に乗り過ぎた私はある失敗をして、自責の念からカクヨムを退会しようと決心しました。まだ半年足らずの間に知り会えたお仲間と、さよならしなければなりません。


 余りにも去りがたく、せめて数人の方だけでもと、お礼を込めて別れを伝えますと、その方達は温かい応援の言葉で引き止めて下さいました。ほんの短いお付き合いにも関わらず何と有り難いことを・・そう思うとムクムク湧いた涙はポロポロと流れました。その後、コメント欄でこのことを知った何人もの方達も、一緒になって引き止めて下さいました。


 翌日、翌々日と、コメントのやり取りをしたことのない方達までもが心配して下さるのです。これでは増々、私に非があるのにと申し訳ない気持ちが高まりました。涙にくれる母親の姿は、よほど哀れなものと映ったのでしょう。心配した娘は3日続けて深夜まで話を聞いてくれました。結論として、ご厚意に甘えさせてもらうことにして、自分への罰を決め10日間のカクヨム禁止となりました。


 朝から夜遅くまでPCにへばりつき、その影響で温泉饅頭のように浮腫んだ足の甲も気にせず、義母の口癖のように「カクヨムがあって、あたしって幸せ」と言いながら暮らしていた私にとって、退会はそんな幸せな毎日から、以前の療養中の夫の身の心配をするだけの日々へと戻されてしまうことになります。


 折角出来た生き甲斐をなくす切なさで、萎れていたお婆さんは、親切なお仲間の皆さんの温かな応援に救われました。思えばこの何日かは、まるで川で溺れかけてアップアップもがいていたようなものでした。その川はもしかして、三途の川に繋がる危うい川だったかも知れません。

 「命はあるとしても、お母さんは死んだも同然の人になったかもよ」と娘は言います。

 

 川から引きずりあげて助けだされた、薄汚れたヨレヨレのお婆さんとその娘は、救出に尽力して下さった皆様に、心からお礼を述べたいと思います。あなた方のお蔭です。命の恩人です。またカクヨムライフを楽しんで、生き生きと余生が送れるお婆さんに戻して下さって有難うございます。そして、くどいお婆さんですから、手を合わせながら、まだまだ続くことでしょう。


 このお礼の姿に皆さまはきっと「それは誉め過ぎなんじゃない?」と言われることでしょう。でもそんなことはありません。謹慎明けにこれを投稿しようと張り切る、いつものお婆さんに蘇ったのですから。

「ローバの充日」、タイトルの通り充たされた日々を過ごせます。

「あたしって幸せ」そして「ありがとう」って、思いっきり叫びたいローバなのであります。

  

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