第10話   可愛いお子さん、なんですね~ ふふふ

 正ちゃん帽って、ご存知でしょうか?

毛糸で編まれた帽子で、頭のてっぺんに丸い毛糸の玉がついている帽子のことです。大正時代に人気のあった「正チャンの冒険」の主人公が被っていたそうです。私達雪国の子供達は、頭に可愛いポンポンのついた帽子と毛糸の手袋をして、吹雪く雪の中でも元気に遊びまわったものです。


 そんな寒い中、赤ちゃんを連れての外出に、欠かせなかったのが「ねんねこ」です。お若い方は、おそらくねんねこなんてご存じないかも知れませんね。このねんねこ、ネーミングがとても可愛いでしょう。♪ねんねんころりよ~ なんて子守唄が聞こえてきそうじゃありませんか。


 そのねんねこ(「ねんねこ半纏(ねんねこばんてん)」)を、ちょっとご紹介させて頂きますと・・・

 それは乳幼児をおんぶする時に、背中の子供を寒さから守る為に、おんぶした上から羽織るものなんです。


 子供をおんぶしても着られる程の,ゆったりした広さの羽織に綿を入れ,袖口も脱ぎ着や動きを良くする為に幅広になっています。因みに「亀のこ」というのもあって、こちらは背中の子供だけに羽織るので、家事で両袖の部分が邪魔な時はこちらを使ったりもします。


 ねんねこも亀のこも、おんぶする方される方、どちらにとっても温かくて、防寒着としてとても良いものでした。そんなねんねこでしたが、いつしか洋装に似合うママコートに代わられてしまって、着られることも少なくなっていきました。



 そんなねんねこを着た子守姿のお爺さんのことを、40年以上たった今でも時折思い出すことがあります。いつの季節だったかお天気の良い暖かな日。散歩を兼ねて少し遠いスーパーまで買い物に行った時のことでした。


 ベビーカーに子供を乗せて歩いていると、遠くの方から犬を連れた人が歩いて来ました。飼い主がいてリードに繋がれているにもかかわらず、ベビーカーからサッと子供を抱き上げて、さりげなく通り過ぎるのを待ちました。犬が苦手な私でしたから、ワンちゃんが挨拶代わりにちょっと吠えてくれたりしても、心臓がバクバクしてしまうのです。


 子供をベビーカーに乗せ直してまた歩き始めると、ずっと先の方にねんねこ姿の人が見えました。田舎では珍しくもありませんでしたが、東京に住んでからは初めて見るねんねこ姿でありました。どんな人が着てるのでしょう。お年寄りなんでしょうね。田舎から来た人なのかしら。そんなことを考えながら進んでいくと、それは嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いているお爺さんでありました。


 おんぶされてるのはどんな赤ちゃんでしょう。男の子かなそれとも女の子かな。そう思いながらぐっと側まで近づいた時、背中の赤ちゃんの何とも変わった声がしたような・・ あれっ、と思ってしばらくすると、また少し大きく変な声が聞こえて・・・

するとその後、大きな声で「ワン」と一声。


 私はびっくりして心臓がドキンとしだしました。お爺さんの背中の赤ちゃんは、正ちゃん帽をかぶった人間もどき?のワンちゃんだったのです。お爺さんは赤ちゃんをあやすように、身体を揺すり一生懸命何か言っています。私は懐かしいねんねこと、もしかしたらお友達になれるやもと思ったお子さんに惹かれていましたのに・・



 そんなことがあってから、私は散歩中のワンちゃんとワンちゃんを連れている人をウォッチングするようになりました。姿が見えると遠回りして避けていたのも忘れて、近くでよおく見ていると、誰もがみんなワンちゃんが犬とは思っていないのだな、と分かりました。子供のように話しかけ、相棒のように語りかけ、芸の相方のようにふざけあっています。


 そして道行くワンちゃん連れの人々の会話では、まるで共通言語のように、「うちの子は~」って嬉しそうに話の花を咲かせます。散歩に飽きたのか歩きたがらないワンちゃんをだっこする姿は、まるでぐずって歩きたがらない子供を「しょうがないわね~」と言って抱き上げる私達と同じなのです。


 時折ベビーカーや自転車の前かごに乗せられての散歩もありますし、自転車で伴走されて元気に走るワンちゃんもいます。バスタオルにくるまれて大事そうに抱かれて散歩する老犬も見かけました。みんな本当に大切な家族の一員なんですね。


 犬は苦手と言っていた私にも、犬が可愛くて仕方のない長兄の気持ちが少しは理解できるようになりました。何といっても兄のジロー(犬の名です)の可愛がりったらありません。

犬を猫っ可愛がりする兄を冷ややかに見ていた私でしたが、少しは考えを改めましょう。犬を犬と呼んで怒られないように、ちゃんと「ジローちゃん」と言いましょう。餌という言い方も止めてお食事と言いましょう。たまには震えながらでも可愛いい可愛いと、褒め言葉を添えてだっこしてみましょう。そう決心しました。



 恐る恐るジローを初めて抱いてみた時、その温もりと伝わって来る心臓の響き、そしてずっしりした重さ、それらの手ごたえが何とも言えない感動を与えてくれました。その喜びを姉に伝えた時のことです。


 恐くてたまらなかったけど・・という最初の一言に、たまたま遊びに行って電話を一緒に聞いていた兄がかみついたのです。「お前、うちのジローが恐いってか?どこが恐いんだ言ってみろ。」「いいか、よく聞けよ。おまえ俺がお前の子供をたったの一度だって恐いって言ったことがあるか、ないだろう。なのに何でお前はうちのジローが恐いなんて言うんだよ・・」


 子供の喧嘩に親が出て行って相手に捲し立てる、それに似た状況に私は何も言い返せませんでした。だけど後になって考えてみれば、全くもってあほらしい。兄は私が一番可愛いいんじゃなかったの・・いやそんなことではない。兄が飼い犬と私の三人の子供達とを同等に思っていることが、恐ろしい程ばかばかしい。


ばかげたこととは思いながらも、そんな兄を喜ばせてやろうと考えて、子供達に年賀状を書かせました。宛先には「いとこのジローちゃんへ」 としっかり大きく。 嬉しさいっぱいの返信には、庭一面の雪の中を喜んで走り回るジローの様子が、細かく長々と書かれてありました。犬がいとこだなんて、と不満な子供達でしたが、子供代わりのジローですから仕方なく我慢です。兄もまた親ばかの一人なんですね。


 愛犬家がそろって「うちの子」と言うのは当たり前のようでもう慣れましたが、ちょっとまだうん? って思うのが「うちの子」ちゃんへの話しかけ言葉です。「~なんでしゅかぁ」「そうでちゅよねぇぇ」なんて、結構イカツイ男性が言ってる時、私は内心おやおやって思ってしまいます。でもそれって・・・



 兄が特養ホームの園長をしてしていた時のことです。入所者さんの所に借金の取り立ての電話があってひと騒ぎがありました。本人を出すように、さもなくば乗り込んで行くぞ、としつこく迫る電話の男は迫力満点。元どこかの親分だったという面影の欠片もなくやつれ果てた本人の代わりに電話に出た兄。

「出られないんだから来て見ればいいさ。金だってないものはないんだ、逆さに振るったところで一銭もないし、鼻血すら出ないんだから払える訳がないだろう。待っててやるからいつでも来い!」 そう啖呵をきった兄でした。


 そんな兄なのに・・「ジーや。だっこか?そうかそうか」と迷惑顔の子供にメロメロなんですからこりゃぁどうも、ねえ? でも啖呵をきった兄もひょっとして、誰もいない時に豹変して「ジーや、だっこでちゅか、そ~でちゅか」なんて・・いやいやいや、ないないない、おお怖っ!


 ねんねこ姿のお爺さんとジローのお父さん。そう言えば私の父も仲間に入りそうな事がありました。一度だけ孫をおんぶして自転車を飛ばしている姿がありましたっけ。留守中、置いて行けない急用があって背負って乗ったのでしょう。頭の禿げたお爺さんが濃いピンクのママコートを着て颯爽と走る姿は・・・ いただけない!だけども仕方ない。



 みんな可愛いお子さん! だから、なんですね~  ベランダからペットと楽しそうにお散歩をする姿を眺めながら、思い出に耽った「ローバの充日」、そんな一日でありました。

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