第88話 さあ肝試しだ!

 オリヴィアとシャーロットは、リビングで二人で海を眺めていた。


「こういう時間っていいわね」


「そうだな」


「海の音ってなんだか心が落ち着くわ」


「後ろは騒がしいがな」


 リビングでは、アランたちが騒いでいた。


「それも含めて、落ち着くわ」


「わからんこともないがな……」


 オリヴィアはちらっと後ろを見る。


 アランがなにやらジャンをからかっていた。


 だいたい騒がしいところにはアランがいる。


 輪の中心にいるというべきか、単純に騒々しいやつというべきか。


 オリヴィアは後者だと考えている。


「ところで話ってのはなんだ?」


「今からの肝試し。オリヴィアたちは家の中で待機しててね」


「ん? まあそのつもりだが……」


「何かあっても絶対に部屋から出ないで。もしくは空間転移魔法で逃げて頂戴」


 シャーロットが胸の首飾りを触りながら言う。


「……何があるんだ?」


「それは決まってるでしょう」


 シャーロットが真剣な顔をする。


 オリヴィアもつられて表情を引き締める。


「亡霊が出るの」


 オリヴィアは考える。


――最近のシャーロットは疲れてるのか? 以前にも増して、おかしい気がする。


「なにか失礼なことを考えるわね」


「いいや、なんでもない。ところで……なにが出るって?」


「だから亡霊よ。過去に縛らえた悲しき人間の成れ果てね」


「ふむ」


「だから、絶対に建物から出ないでね。亡霊に襲われたら、オリヴィアだって勝てないから」


「……ああ、わかった」


 オリヴィアは納得していないが、とりあえず頷いておいた。


 そもそも、そんなに危険なやつがいるなら、最初から逃げるべきだろう。


 シャーロットのいつもの冗談だ、と受け取る。


「絶対に絶対よ」


「それならお前たちはどうなんだ? 亡霊に殺される危険があるのは、そっちのほうだろ?」


「大丈夫よ。私が死ぬことはないわ」


「まあ、お前の心配などしていない」


「冷たいわね」


「じゃあ白馬にでも跨って、助けにかけつければいいのか?」


「あら。それは名案だわ」


「迷案だと思うがな」


「ふふっ。こういう会話ができるのも、あと少しね」


「そうだな。卒業すれば、会うの機会も減るだろうしな」


「……そうね」


 二人はしばらく黙って海を眺めた。


 シャーロットは目を細める。


 すると、


「シャーロット様ー! 準備できましたー!」


 アランがシャーロットのもとに駆けつけてきた。


 シャーロットは最後にオリヴィアを見る。


「それでは行ってくるわ」


「ああ。気をつけて行って来い」


◇ ◇ ◇


 洞窟に向かって、しばらく歩く。


 洞窟までは意外と距離があり、かれこれもう20分近くも歩いている。


 身体強化使えば、一瞬で行ける距離なんだけどな。


 まあそれだと面白くない。


 俺はシャーロットと並んで歩く。


 その後ろをミーアとテトラが歩いている。


 ミーアは俺の後ろにピッタリとくっついている。


 食料が三日分もいると言ったわりに、シャーロットはだいぶ身軽だ。


「結局、食料持ってこなかったんですね」


 まあ三日分なんて冗談だと思ってたけど。


「あるわよ」


「え?」


「この中に収納されているわ」


 シャーロットがポケットから小さな袋を取り出す。


「まさかそれ……収納空間アイテムボックスですか!?」


「そうよ」


 マジか……。


 そんな貴重なアイテムをシャーロットは持っていたのか。


収納空間アイテムボックスとはなんでしょう?」


 テトラがシャーロットに尋ねる。


「空間を拡張し、様々なモノを収納できるようにしたアイテムよ」


「……それはすごいですね。さすがヒュター家です」


 テトラが感心する。


 空間魔法は、ヒュター家の十八番だ。


 魔法の名門であるフォード家も、空間魔法ではヒュター家に劣る。


収納空間アイテムボックスってどんな原理なんですか?」


 俺が聞くと、シャーロットは頷いて答える。


「固有結界の応用ね。たとえばこれ……袋そのものを術式としていて、袋の中に別空間が広がっているの」


「へぇ……すごいですね」


 よくみると、袋には複雑な紋様が刻まれている。


「でも、それだと魔力切れとか起こしそうですね。固有結界は魔力を消費しやすいって聞きますし」


「心配無用よ。袋は別空間と繋いでいるだけだから、結界を維持する必要はないわ」


「えっと……どういうことですか?」


「必要なときに空間を繋げればいいってこと。つまり、袋を開くときだけ魔力を使う感じね」


「あ~、なるほど。それなら常時魔力を消費する必要はなさそうですね」


 空間収納というより、空間接合って感じだ。


 まあそういう言葉はないんだけど。


「ただし、欠点もあって、事前に登録した人しかアイテムを使えないわ」


「鍵がかかってるってことですか?」


「そうよ」


「むしろメリットのように聞こえますけど」


 誰でも開けられる状態のほうが危ないし。


収納空間アイテムボックスを奪われたとしても、中身までは奪えないですし」


「そうね」


 つまり、セキュリティ面もしっかりしているってことだよな。


 収納空間アイテムボックス、マジで便利すぎん?


「それ売ってないんですか?」


「ごめんなさい」


「まあ、そうですよね……」


 収納空間アイテムボックス欲しかったけど、仕方ない。


 我慢しよう。


 冒険するわけじゃないから、どうせあっても使わないだろうし。


 でも、収納空間アイテムボックスって意外と量産できる気がするんだけどな。


 予め複数の収納空間を作っといて、そこに繋げばいいだけだし。


 技術的な問題をクリアしてるなら、量産化は容易いと思う。


 収納空間のセキュリティとか、鍵をどうするかとか、色々と問題はあるんだろうけど、もきっとなんとかなる気がする。


 まあ俺が考えることでもないか。


 ていうか、さっきからミーアがずっと無言なんだけど……。


 そんなに肝試しが怖いのか?


 後ろを向くと、ミーアが青い顔をしていた。


 怖がっているミーアがちょっと可愛かった。

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