第59話 お前はドMなのか?

 対抗戦二日目になった。


 今日は午後から新人戦がある。


 ちなみに個人戦の二回戦も午後からある。


 そのせいで、ミーアとオリヴィアは観に来られない。


 ミーアが「試合を棄権してでも観に行きます」と言ってくれたけど、さすがに断っといた。


 そこまでする必要はないと思う。


 それに、俺の出番は後半だから、ミーアもオリヴィアも試合が早めに終われば観に来られる。


 オリヴィアに見られるのは緊張するが、ミーアに見てもらったらやる気が出そうだ。


 それはそうとして、俺はいま朝食会場にいる。


 出場選手には特別に、ビュッフェ形式の朝食が用意されているのだ。


 特別待遇、最高だろ。


「……なあアラン。俺をぶってくれ」


 隣にいるジャンが真面目な顔で言ってきた。


 ジャン……お前はもしかしてMなのか?


 ぶってくれって、どういうことだよ。


 親父にもぶたれたことないのに!


 ジャンが冗談を言っている様子はなかった。


 真面目な顔で変態発言すんなよ。


 こわいわ!


「えっと……どうした?」


「さっきから体が震えてるんだ。このままだと試合に集中できない」


 あ、そういうことね。


 いや、それでも「打ってくれ」はおかしくない?


「どうか、お願いだ! 俺を打ってくれ」


 やべぇよ。


 こいつ、やべぇやつだよ。


 俺、友達選ぶの間違えたわ。


 周りから変な目で見られてるよ。


 今からでも遅くないから距離置こうかな。


 ソーシャルディスタンスってやつだ。


「わかった。ジャンがそこまで言うなら俺も一肌脱ごう」


「お前の肌なんて見たくないが……」


 いや、そういうことじゃないからね?


 まあいいや。


「ちょっと待ってな。右手に魔力込めるわ」


「いや全力でやれとは言ってない」


「大丈夫。死なない程度に加減するから。まあ気を失うかもしれんけど」


「それじゃあ試合に出られなくなるだろ!」


「文句が多いなぁ。このドM変態野郎め」


「ドMじゃないっ。緊張してるだけだ」


 まあ、緊張してるってのは見てわかるけど。


 ジャンのスプーンを持つ手、さっきからプルプル震えてるし。


 朝食もまったく減っていない。


「飯も食えないのか? だったら俺が食べさせてあげようか?」


「それは勘弁してくれ」


「じゃあクラリスは?」


「……」


 はは~ん。


 お前クラリスに食べさせてもらいたいのか?


 なんだよ、こいつ。


 むっつりスケベどM変態野郎だったのかよ。


「おーい! クラリスー!」


 ちょうど近くにいたクラリスがいたから呼んでみた。


「おい、アラン! なんで呼びやがるっ!?」


「ここは恋のキューピットである、アラン様に任せとけ」


「きゅーぴっと? ってなんだ?」


「マジか。伝わらんのか」


 この世界、何が伝わるのかわからんわ。


 ジャンが知らんだけの可能性もあるけど。


「なにー?」


 クラリスがタッタッタッと近くに寄ってきた。


「チームメンバー同士、交流を深めようかと思ったんだ」


「なるほどねー。てかアラン、余裕そうだね?」


「そうみえる?」


「うん。いつもどおり過ぎてびっくりする」


「こうみえても俺だって緊張してる。ほら、さっきから手が震えて試合に集中できない」


 スプーンがプルプル震えてるし。


「おい、アラン。いい加減にしろよ!」


「なんだよ、ジャン。なにを怒ってるんだ?」


 思春期かよ。


「俺を馬鹿にしてるだろ。真似すんなっ」


 馬鹿にしてはいない。


 これはリスペクトだ。


「そういうの良くないと思う」


 クラリスにも非難されてるじゃないか。


 怒るのは良くないってことだぞ、ジャン。


「どんまい」


「……どんまい?」


 ジャンが首を傾げる。


 そっか。


 ドンマイも伝わらんのか。


「アラン。緊張してる人を馬鹿にするのは良くないよ」


 え、俺が非難されたの?


 マジか……自重しよう。


 てか、ミーアもそうだけど、みんな相当緊張してるんだな。


 俺が緊張してないだけか?


 クラリスも緊張してるようだし。


 ジャンの緊張を解いてあげたいけど……さすがにここで変顔スペシャルを披露するわけにはいかんよな。


「ジャンよ。君にいい言葉を送ってあげよう」


「なんだ?」


「人はそんな簡単に変わるもんじねぇよ」


「は?」


 ジャンがマヌケな顔をする。


 なんだよ、その顔。


「人はそんな簡単に変わるもんじねぇよ」


「二度もいうな。聞こえてるから。で、なにが言いたい?」


「昔、ジャンが俺に言った言葉だ。覚えてないのか?」


「いや覚えてるけど。……つまり、何も変わってない俺ではダンには勝てないと?」


「なんでそうなる?」


 試合前に友達を罵倒したりしねーよ。


 俺はそんな鬼畜じゃねぇし。


「簡単に変わるもんじゃないから、変わるってことはスゴイんだろ?」


 ジャンはたしかに変わった。


 特にここ最近の変化は劇的だった。


「……」


「昔とは違うんだってこと、見せつけてやれよ」


 そうすればきっとクラリスも惚れてくれるぞ?


 ちらっとクラリスを見ると、彼女も俺の言葉に同意するように頷いていた。


 ほら、クラリスだってお前に惚れるって言ってるし。


「そうだな。アランの言うとおりだ。緊張する必要なんてなかったな」


 ジャンがキリッとした顔になった。


 ふむふむ。


 その調子だ。


 ところでジャンよ。


 手のプルプルは治ってるようだけど……足が子鹿みたいに震えてるぞ?


 普通に緊張してるじゃねーか!


 こいつが大将で心配になってきた。


◇ ◇ ◇


 朝食を食べ終えた俺は、すぐに二人と別れた。


 あとはお二人でどうぞってやつだ。


 俺みたいに気が利く友達がいて良かったな。


 どっかのオリヴィアが俺を朴念仁と言ってたが、認識が甘いと思う。


 まさに「認識が甘いぞ、英雄王!」って感じだ。


 俺ほど恋愛に敏感なやつはいない。


 恋愛マスターとは、この俺のことだ!


 サーヴァントを従えて、聖杯戦争にも参加できそうだ。


 俺にかかれば恋愛なんてちょろいもんだぜ。


 はっはっは!


 ところで、俺の春はいる来るんだろ?


 俺のことが超好きな美少女とかいないのかな?


 ……いないだろうな。

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