第46話 下手に引き受けると後悔する

 ミーアと別れ、俺はジャンと一緒に公園に向かった。


 横並びでベンチに座っている。


「それでどうしたんだ?」


 普段、ジャンとはまったく話さない。


 まあ俺、嫌われてるしな。


「……」


 ジャンが思い詰めたように黙っている。


 いやなんだ、これ。


 気まずいんだけど。


 マジでどうしたんだ?


 嫌味でも言いに来たのか、こいつ。


 だったら相手してやろうじゃねーか!


 俺の嫌味ボキャブラリーなめんなよ。


 死ねとアホとバカしかねーからな。


 バカって言ったやつがバカなんですー!


 って小学生のときに言ってたな。


 懐かしい。


 てか、ホントに何のようなの?


「その……なんだ……」


 ジャンがようやく口を開いた。


 でも、すぐに口を閉ざす。


「ん? なに?」


「……」


 ほんとにどうしただよ、お前。


 全然話が進まないんだけど。


 いつものジャンはどこ行ったんだ?


 罵倒するなら早く罵倒してくれ!


 別に俺はMじゃないけどな!


「……いまのお前は悪くない」


 ん?


 どういうこと?


 なにが悪くないの?


 顔か?


 ダイエットして痩せたからな。


 前よりもイケメンになってると思う。


 ジャンが続けて言う。


「俺はずっとお前を疑っていた。なにか仕出かすんじゃないかと」


「あ、うん」


 なるほど。


 俺は疑われていたのか。


 まあ疑われて当然だよな。


 いきなり態度変わったんだから、そりゃあ怪しいと思うだろうね。


「風紀委員に入ってきたときも追い出してやろうと思っていた」


 うん、わかるよ。


 まあ結局ジャンが追い出されたんだけど。


 ……これだと俺が追い出したみたいになるな。


 勝手にジャンが出ていっただけだ。


「一ヶ月間ずっとお前の行動を見てきた」


 え、なにそれ怖い。


 もしかしてジャンってストーカーだった?


「それでわかった。お前は悪くない」


 ふむふむ。


 なるほどな。


 俺をストーカーした結果、俺が悪くないことがわかった、と。


「え、どういうこと?」


 なんだよ、お前は悪くないって。


 何が悪くないんだよ。


 抽象的過ぎて、全然伝わってこんぞ。


 報連相は具体的にしろって、会社で教わらんかったのか?


 いや会社は行ってないか……。


 それとジャン、お前は相変わらず上から目線だな。


「お前は風紀委員でしっかりと働いている」


 働かされてるの間違いじゃない?


 あと、なんでさっきから上から目線なんだ?


 いや別に気にしてないけどさ。


 お前が辞めたせいで、こっちは大変だったんだからな?


 ぜんぜん気にしてないけど!


「俺はアランを誤解していたかもしれない。傲慢で自分勝手なやつだと」


 ……うん。


 それは誤解ではないと思うよ?


 実際、昔のアランは傲慢なやつだったし。


「アラン、これだけは言わせてくれ」


 ジャンが改まって俺を見てきた。


 なんだ、なんだ?


 そんな神妙な顔されると緊張するじゃねーか。


 わざわざ公園まで呼び出しといて……さてはお前告白だな?


「今まで本当にすまなかった」


 ジャンが頭を下げてきた。


 いや待て。


 こいつは何をしている?


 なぜ頭を下げているんだ?


 俺につむじを見せようってのか?


「えっと、どうした? 頭でも打った? 病院行く?」


 ジャンが顔をあげる。


「頭は打っていない。病院も行かない。お前のことを馬鹿にして悪かった」


 いやほんと、どうしたんだよ。


 お前はジャンなのか?


 人なんてそんな簡単に変わるもんじゃねぇ、とか俺に言ってなかった?


 は!?


 もしかしてこいつ、俺と同じか?


「一つ聞いてもいいか?」


「なんだ?」


「転生とかしてない?」


「は? なに言ってるんだ?」


 あれ?


 転生じゃない?


 じゃあ、なんなんだ?


「お前……もしかしてジャンなのか?」


「もしかしても何も……他の奴に見えるか?」


 え、まじか。


 転生じゃないのか。


 つまり本物のジャンってこと?


 だったら、こいつすげぇな。


 嫌っていた相手に頭を下げるなんて、なかなかできることじゃない。


 なんか急にジャンが良いやつに見えてきた。


 お前は悪くないぞ。


 悪いのは昔のアランだ。


 つまり、俺もお前も悪くない。


 ウィンウィンってやつだ!


 ちょっと使い方間違ってるけどな!


「俺のほうこそ、ごめん。ジャンに嫌われるのも当然だった思う」


 まあ過去の俺が悪いのであって、俺は悪くないんだけどな。


 だけど俺が代わりに謝っといてやるよ。


 にしても俺って単純かもな……。


 ちょっと謝られただけで、すぐにジャンをいいヤツだなんて思ってしまう。


 てか、仲直りできたんだし、こいつ風紀委員戻ってくるんじゃ……。


「風紀委員に戻ってくるつもりはないのか?」


「それはダメだ。一度自分で決めたことだ。魔法使いに二言はない」


 それ言うなら、男に二言はない、だろ。


 お前は侍かよ。


 いや魔法使いか。


 微妙に言葉変えてくるの辞めて欲しい。


 真面目な話してるのに、笑っちまうだろうが。


「そっか……。ジャンが戻ってきてくれれば、だいぶ楽になるんだけどな」


 まあテトラが風紀委員に入ってくれたおかげで、少しは楽になったんだけど。


 あの子、意外と風紀委員に向いてる。


 テトラが一睨みするだけで、大抵の生徒は萎縮する。


 本人いわく、睨んでるんじゃなくて見ているだけらしいが。


 無表情でじーっと見られるのは、怖いんだよ。


「迷惑をかけていることはわかっている。しかし……」


「まあ大丈夫。気が向いたら戻ってくればいいよ」


 だから早めに気が向いてね?


 なんなら今すぐに気が変わって、戻ってきてもいいから。


「恩に着る。それとアラン。こんなことを頼むのは申し訳ないんだが……」


 申し訳ないなら頼まなくてもいいよ。


「俺を鍛えてくれないか?」


「は?」


 いやどういうこと?


「なんで俺が?」


「俺はアランに完敗した。その上、お前とサイモン先生との模擬戦を見て、自分の力不足を痛感した」


 模擬戦かぁ。


 あのときはみんな驚いてたよなー。


 そういえばサイモンはまだ見つかっていないらしい。


 生徒たちには「サイモン先生は諸事情により退職した」と伝えられている。


 事件のことが知られると、混乱を招きかねないからだ。


 ただでさえミーアの事件で不安が広がっており、これ以上不安にさせたくない、というのが学園の考えらしい。


 だが、おそらくそれは建前だ。


 実際はサイモンの問題が発覚すると、それを雇った学園側の責任にもなってしまうからだろう。


 つまり問題の隠蔽だ。


 どこの国でもやることは一緒だな。


 と、それはさておき。


 なんで俺がジャンを鍛えるの?


 やっぱり意味がわからない。


「他の人はいないのか?」


「アラン以上の実力者なんてそうそういない」


「オリヴィアさんは?」


「合わせる顔がない」


 なるほど。


 オリヴィアに啖呵を切ってたもんな。


 まあオリヴィアはそんなこと気にしないんだろうけど。


「それにアランは火属性の魔法が得意だろ?」


発火イグニッションのことか? でも俺のはちょっと特殊だぞ?」


「大丈夫だ」


 何が大丈夫なのかわからんけど……まあいいや。


「対抗戦のためなんだよな?」


「ああ。俺も新人戦の候補者に挙げられている。対抗戦で結果を残して、自分の価値を証明したい」


 価値を証明したいか……。


 ジャンにはジャンなりの悩みがあるんだろうな。


 そういえば、クラリスも新人戦に選ばれたって言ってたな。


 もしかしてこいつ、クラリスのために頑張ろうってことか?


 ふふ~ん、な~るほどね~。


 そりゃあもう応援するしかないだろ。


「何をニヤニヤしてる?」


「いやなんでもない。ジャンのために一肌脱いであげよう」


「本当か?」


「ああ。まあ俺がやれることなんてたかが知れてるが、それでも大丈夫か?」


「問題ない。ありがとう」


「じゃあ対抗戦まで二週間ちょいだけどよろしくな」


「よろしく頼む」


 ジャンが右手を出してきた。


 うむ、くるしゅうない。


 俺はジャンの手を握り返す。


 てか、ノリで引き受けたけど大丈夫かな?


 俺、人に教えるの苦手なんだよね。


 それに自分が誰かに教えられるレベルだとは思っていない。


 ミーアにでも丸投げしようかな?


 いや、さすがにそれはダメか。


 ジャンは魔族のこと毛嫌いしてるし。


 まあ引き受けたからには、ちゃんとやろう。

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