第38話 実験体

 真っ白な部屋――床も壁も、そこにいる人さえも真っ白な空間だ。


 白い服を着た10歳くらいの少女が無表情で立っている。


 白衣を着た二人組が少女の前にやってきた。


 メガネをかけた男が少女に話しかける。


「こんにちは」


「……」


 少女は何もいわず、じっと男を見つめる。


「ダメそうですね」


 もうひとりの男が冷たい目を少女に向ける。


「おかしいね。定着率は極めて高く、90%を超えているというのに」


「今回も失敗ですかね?」


「そう判断するのも早計だと思うよ」


「しかし処分するなら早いほうが良いです。再利用できなくなりますので」


 少女は二人組の話を黙って聞いている。


 処分という言葉を聞いても、表情一つ動かさない。


「わかった。でも、もう少しだけ待って欲しい」


「わかりました」


 メガネの男は少女に尋ねる。


「君の名前は?」


 少女はじっと男を見つめる。


 沈黙が落ちる。


 メガネのかけてないほうの男が、しびれを切らし、口を開きかける。


 しかし、それよりも先に少女が呟いた。


「……テトラ」


◇ ◇ ◇


 テトラはゆっくりと目を開けた。


 体の節々が痛い。


「ここは……」


「起きたようだな」


 テトラの目の前には、黒ローブを着た男が立っていた。


「誰ですか?」


「答えると思うか?」


「いえ聞いてみただけです」


 テトラの返答に、男は少しだけ眉をひそめる。


「さすがは人形姫だ。こんなときも無表情だとはな」


「……」


 テトラには、驚きも恐怖もなかった。


 そもそも恐怖という感情を彼女は知らない。


 そのおかげで泣き叫ぶこともなく、冷静に状況を分析できた。


 体を縛られている。


 手足を動かすと、カチャカチャと手錠が音を立てた。


 手錠には特殊な紋様が描かれている。


「魔力封じですか……」


 それは囚人用に使われる手錠で、魔法の使用を封じる効果がある。


「いまさら私を連れ戻すつもりですか?」


「なんのことだ?」


「知らないのですか?」


「俺は指示を受けただけだからな」


 なるほど、と少女は頷く。


――研究室の人間ではないようですね。そもそも、こんな手錠おもちゃで私を拘束しようとするあたり、彼らとは思えませんが。


 魔力封じの手錠。


 その手錠をはめられた人間は、魔力を操作できなくなる。


 まれに膨大な魔力を持つ者や、魔力操作に優れた者に効かないことがあるが、大抵の者は魔法が使えなくなる。


 ただし、テトラは普通ではなかった。


――研究室の者たちなら、こんな手錠を使ってくるはずがありません。


 テトラに薬でも投与し、動けないようにしてくるはずだ。


 そもそも、誘拐と言う、まわりくどい真似などしてこない。


 テトラは黒ローブの男を見る。


 認識阻害で顔が見えないようになっている。


 立ち振舞から、武術を嗜んでいる者ということはわかった。


――一撃で仕留めるが良さそうですね。


 彼女は瞬時に魔力を操作する。


 そして詠唱を唱えた。


水の刃ウォーター・カッター


 次の瞬間、水の刃が男へと飛来していく。


 一切の手加減をせず、最悪殺しても良いと考えて、魔法を放った。


 しかし――シュパッ。


 水の刃は男に届かなかった。


 男はローブに隠してあった剣を使い、水魔法を一刀両断した。


「――――」


 次の瞬間、男がテトラの目の前まで迫っていた。


 テトラは喉を鷲掴みにされる。


「あぅ……あっ」


「お前魔力封じが効かないようだな」


「……っ」


「安心しろ。生きたまま連れてこいという命令だ。殺しはしない」


 テトラにとっては、まったく安心できる状況ではなかった。


 殺さないと言われたからといって、身の安全が保証されているわけではない。


 そも誘拐された時点で、かなり危険な状況だ。


 彼女は魔力操作に集中し、再び魔法を放とうとする。


 だが――。


「ぐっ……!」


 男によって腹を蹴られた。


 息ができなくなる。


 加えて、首を力強く締め付けられる。


「うぐぐ……」


 テトラは霞む視界の中、男の顔を見た。


 至近距離では認識阻害が発動しにくい。


――あなたは……。


 男の顔を彼女は知っている。


 なぜなら、その男は学園の教師であったからだ。


 男が低い声を出す。


「下手な真似はするなよ? 間違って殺してしまうといかんからな」


 男がテトラを威嚇するように笑った。


 しかし、次の瞬間――


「――グアアァァあっァァ!?」


 男の体が突然、発火した。

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