第11幕 集会
それは何の前触れもなく起きた。
『黒き世に栄光を!』
誰かがコロシアムのスピーカーを通して言った。ここからでも耳が痛くなるほどよく聞こえる。
『我こそはテイラー! この会の主催者であり、今年で千八十歳を迎える。』
千八十歳? 私は頭がクラッとした。
「嘘に決まってる。菜緒、奴はどこに居る? ティラーって奴……」
香澄さんの方は俄然やる気が出てきたようだ。
「手前、あの高台の上、紅も邪魔してないよ。」
私は肉眼で見たが、香澄さんは私から双眼鏡を受け取って見た。
コロシアムの中にそびえ立つ、たった一つの高台は見たところ上るための階段やはしごがない。
しかし奴はそこに居る。
テイラーは、右腕全部分が長細い紅の糸の輪に隠れている。
どの国の人だ? 髪は白髪のような白さだけど、背は日本人にしては高い。日本語は流暢だが、千年も生きていたらどの国の言語も喋ることはできるだろう。
奴一人だけでどれだけの愛が奪われてきたか考えると心が痛み、私は強い殺気を抱いた。
「しかしよく考えたもんだ。ここにはさだめ糸にかかわった奴らしか居ない。今頃、警察や、やじ馬は全員、東京タワーに居るってわけだ。菜緒? ここは私に任せてはみないかい?」
香澄さんが力強く言った。その間も、『我々は皆、秘密を守るため、自由とは程遠い世の中を生き抜いてきた……』とスピーチは続いていた。
「このままほっとくとテイラーは生きた屍だらけの世界を作り出してしまう。」
香澄さんは初めて悲しそうな顔をして言った。
生きた屍の世界……全人類を同じ立場にさせる。そうすればもし世間にさだめ糸が知れ渡っても問題ない。
どの国の政府も、愛より命を取るだろう。愛は狩られ、失い、狩られた分だけ命は無理矢理引き伸ばされる。最悪な世界だ。
「香澄さんを信じる。でも、どうするの?」
私はかすれた声で香澄にきいた。
「まずはあのスピーカーをジャックする。」
香澄さんはそう言うとリュックとキャリーバックを全部開いた。
そして、無線機のような物をセッティングし出した。
三田がこれを見たら、興奮して気絶するだろうなぁ。
「笑ってないで。これ、等間隔にドーム向けて置いてって。」
私は香澄さんから折りたたみ式のアンテナを四本渡された。
「これでいい?」
私は香澄さんにきいた。
香澄さんは頷いて四角い機械をいじり出した。
『今こそ……何だ?』
スピーカーが狂いだしてテイラーの演説は中断された。
「菜緒、静かにね。」
香澄さんは優しく言った。私は頷いた。
「聞け! 皆の者!」
香澄さんが小さなマイクに向かって言うとその直後、『聞け!皆の者!』とコロシアムのスピーカーが繰り返した。
私は双眼鏡を取って、うつぶせになりながらテイラーを見た。テイラーも左手のマイクに向かって口を動かしているがスピーカーから流れることはなかった。
『あたしは香澄。そこに居るテイラーは形あるモノ中で最も邪悪な存在だ。千年も生きているならなおさら。よく考えてみるんだ! 自分がなぜ『死にぞこない』になったのか? 愛を奪わなければ命を繋ぐことができない者になったのか? 全ては黒渦が仕組んだこと。そして、その主はテイラー! お前だ!』
香澄さんの言葉でテイラーはマイクを床にたたき付けて怒った。口が違うと言ってる。顔はアジアと白人系をちょうど足して二で割った、ハーフのような顔だった。
香澄さんが荒くなった息を整え、またマイクに向かって顔を近づけた。
『神はなぜ人だけに、さだめ糸を与えたのか。それは人間がこの世の生き物で一番、大きな愛を持っているからだ! そして同時に死を一番知っている生き物でもある。皆もよく知っているだろう? たしかに死ぬのは、何より怖い、悲しい。しかし、死は我ら人間に無を与えるためではなく、限りを与えるためにあるのだ! 限りある命が我らに愛の深さを教え、与えてくれる。そうは思わないか? みんなは愛する者たちが死んでいく中で、『死にぞこない』になってまでもまだ生きたいのか! 自分の赤い糸で繋がれた人を自分の運命から、人生から消し去ってまでも、それでも生きたいと言うのか!』
香澄さんの考えは私の一番言いたかったことだ。私は香澄さんを見た。香澄さんは気にしてないようだけど大粒の涙を流していた。
『テイラーに惑わされるな! 黒渦のメンバーに入っている奴らもだ! 千年も無駄に生きながらえた者に他人の命を救う能があると思うな! さぁ今こそ、千年の時をこえ、テイラーを滅ぼそうではないか。愛する者を守り、愛を未来へと繋ごうではないか! そう。それは……革命だ!』
香澄さんが言い終わると、コロシアムからすさまじい歓声が上がり、地面が震えた。そして、その歓声は止むことを知らず、その後鳴り出した銃声や、爆破物の音を掻き消すほどだった。
「革命……」
私はつぶやいた。
コロシアムでの戦いはいつまで続くか。悠斗は平気だろうか。
「あたしのすべきことは終わったよ。この後どうする?」
香澄さんが言った。
「マイク、いい?」
「どうぞ。」
私はマイクを受け取ると「アー」とテストしながら何を言うか考えた。
「悠斗! 生き延びて! 愛してるから!」
よし満足。
「アンテナこのままにしとくか。菜緒、テイラーはどうなった?」
「手榴弾か何かを下に投げまくってる。」
テイラーは醜い姿をしていた。自分に向かってくる銃弾を避けながら、何かを地面目掛けて落としている。
一つまた一つと紅の糸は空へと上がり、数が激減していった。
「警察はまだ当分は来ないはずだ。あっ、ヘリの音がするな。」
香澄さんは耳に手を置いて首を回した。
「菜緒、念のため、木の下に隠れるぞ。」
私たちは左側にあった木々の間に潜り込んだ。
ヘリコプターは無印だ。警察ではない。
「菜緒、ヘリからも紅が出てる。黒渦のに間違いない。」
ヘリコプターはコロシアム上空をできるだけ低く飛んでいた。
下から銃で打ち落とすのは無理そうだ。
はしごがヘリコプターから下りていく。
「テイラー、逃げるか臆病者め!」
「香澄さん、あのヘリ、追いかけることとかできる?」
テイラーは、はしごにぶら下がり北に向かって飛んでいった。私たちが来た方向だ。
「どこかでヘリを乗り捨てて、車で逃げると思うが。行けるとこまで行くか?」
香澄さんは決断を私にゆだねている。
「行く。テイラーを殺す!」
私は自分の決断に重い責任を感じた。
私たちがバイクで下山してから5分後に、ヘリコプターはその場で一度ホバリングをした。
「あれはテイラーを乗せるためだ!」
香澄の言う通り、テイラーが中に乗り込むとヘリコプターはまた進み始めた。しかし、どこかふらついている。私たちは山を下りてから、差をつけられることなく走り続け、何人もの親子が歩いている不思議な道を進んでいた。
コロシアムへ向かうパトカーに見られたが追ってはこないようだ。
交通事故だけはやめてくれと私は願った。叶いそうにないけれど。
約20分後の市街地にまで来た時、ヘリコプターは下り始め、学校のグラウンドに着地した。
香澄さんはバイクのままグラウンドに突っ込んだ。
五百メートル向こうでヘリコプターのすぐ横に黒い車が止まっていて、今まさにテイラーが乗り込むところだ。香澄さんはバイクをどんどん加速させた。
しかし黒い車も走り始めた。グラウンドには塀がなく、四方八方どこからだって外に出れる。
香澄さんはとにかく、黒い車にぶつかりたいらしい。一直線に走った。
「誰か居る……」
私はヘルメットの中でささやいた。バイクの行く先に誰か居る。もうダメだ……
香澄さんが横に切らない限りぶつかる。
まぁ、いいか。私は前に居るのが誰かわかってそう思った。ジマだ。黒いスーツ姿のジマがこっちを向いて、指で何かを回している。
そしてぶつかるまであと十メートルくらいの時だ。
ジマはその何かを回すのをやめてしっかりと持ち直し……
バンッ! 銃声が聞こえ、ジマはぶつかる寸前で左に跳んだ。
バッっと音がして、香澄の方は後ろに跳んでいった。違う、バイクから落ちた。
ジマに撃たれたのだ。バイクはそれでも止まろうとしない。
私は前のめりになって腕を伸ばし、ブレーキを握った。その時にはバイク自体が方向を失い、今にもひっくり返ってしまいそうだった。
……停まった。何とか転倒は防げた。
しかし喜んでる暇も悲しんでる暇も私にはなかった。私はヘルメットを脱ぎ捨て、今できた砂煙の中へと入っていった。後ろで何発も銃声が聞こえる。
次は当たる……次は当たる……
私はどうすることもできない恐怖を感じていた。
学校から出て、街をさ迷い始めた。
「助けて! 誰か! 中に入れて……」
どの店もシャッターが下りている。家にも人気がない。人一人も居ない。
ここはどこ?
1時間ほど、近くに居る紅の糸から逃げ回り、さっきも通った商店街に戻ってきていた。
私はもうこれ以上逃げれない気がしてスタンガンを取り出し、また走り出した。
「誰か、わっ!」
地面から出っ張ったブロックに足をかけて私は勢いよく地面に倒れた。スタンガンはどこかに飛んでいってしまった。
立ち上がれない。
「誰か……」
後ろから足音が聞こえてきて黒い革靴が私の目の前に現れた。私が見上げると、ジマが満足そうな顔をして見下ろしていた。
「本当の世界を見たいだろ?」
「変態野郎!」
私が馬鹿にした。ジマが怒って、私の顔を踏み付ける。私は痛みに声を上げた。
「お前に黒き世を見せてやろう。」
私の負けだ。
ジマの笑い声が聞こえてくる。私は恐怖で動けなくなっていた。
「私はどちらでもよかったのだ。今日の集会がうまくいこうが、失敗しようが。そもそもテイラーの下に置かれるのが気にくわなかった。だからあいつ焦った顔が見られただけでも今日は来てよかった。それにしても、まさか女だとはなぁ、野口をやったのは。」
ジマはこの前、学校で聞いた声とは別人のようだ。
「女だからって甘く見たから、あんたは失敗するんだ。」
私は何とか声を出して自分に喝を入れようとした。
「いや、計算通りだ。私はあの学校の立て篭もりもしくじるとわかっていた。だから被害者のふりをしたのだ。」
「負け惜しみ!」
「負けたのはお前だ。」
私はふとあることに気づいた。紅の糸が近づいてる。
「私をどうするの?」
「紅にして、銃を持たせる。自分でカタをつけるんだな。」
「私が自殺するわけないじゃん。馬鹿野郎。」
言い過ぎた。ジマは私のお腹を本気で蹴った。
「図に乗るのもいい加減にしろ……お前は、誰?」
「何に見える?」
鬼顔が立っていた。でも、私が気付いたのは鬼顔の糸じゃない。
「鬼!」
私は立ち上がりながら言った。
「お前は黙ってろ。おい鬼とやら、黒き世に?」
黒渦の暗号だろうか。
「復讐。」
鬼顔がさらに怖い顔をして言った。
「お前の顔、間違いない。ジマ、名前はジマだったんだな。何でもいい。お前を殺し、体を十三に切りわけて食ってやる。あぁ、お前が憎い。嫁を殺したお前が。」
鬼顔は表情を変えず、一滴だけ涙を流した。
「すまんがいちいち殺した奴のことなど覚えてはおらん。」
「俺が覚えてる。ぐあぁー!」
鬼顔はあの時のようにその場で吠えた。
バンッ! ジマが銃で鬼顔の身体を撃った。鬼顔の腹部から血が吹き出す。
「やめて!」
私は何をしているのだろう? 気づいたら膝をついた鬼顔の前に立ち、あろうことか鬼顔をかばっていた。
「待て、お前を撃つつもりはない。私は一度言ったことは守る。お前には自殺してもらわねば。」
ジマは半笑いで銃をくるくると回した。
「臓器に損傷はない。全治二週間だな。あぁ、お前なんぞに助けてもらう必要などない。どけ……」
鬼顔も笑っていた。
「前、殺さずにいてくれた。」
私は適当に思ったことを言った。
「今、殺しても構わないんだぞ。」
鬼顔が言い返した。
「あなたは愛を知っているんだからジマに殺されるよりはマシ。」
口に出した後で自分でも納得した。
「そいつは歯がゆいなぁ。だが俺もある契約をしてしまった。お前は死ななければいけない。許してくれなくても構わない。だが、お前のことは覚えておこう。あぁ、そういえば、お前の男もさっき見た。生きていた。あいつはあの地獄の中を生き残った……」
鬼顔はそう言って、また叫び声を上げて立ち上がった。
出血が止まっている。
「終わりだな。」
ジマはそう言って、鬼顔の頭に銃口を向けた。私の背丈じゃ鬼顔の頭まで防げない。鬼顔は眼を見開いた。全てを見切ったような目だった。
「誰のだ?」
鬼顔がきいた。
バチンッ! ジマが私のスタンガンで電流を流された。ジマはへなへなっとふらつき地面に倒れて、気を失った。
「ヒィヒィヒィッ……聞いてないぞジマ。こんな地獄。こんなの望んでいなかった! 復讐だ!」
状況はよくなったのか悪くなったのか……
いつかの貧弱な小太り旦那の死者男だ。
「あいつを知っているだろう? 俺が助けた。男二人ほど巻き添えにしたのも俺だ。そして契約した。俺は一人じゃジマを倒せないと考え、奴に手伝ってもらった。条件はお前を捕らえて、お前の命を差し出すこと……」
鬼顔はこんな死者男と手を組んだのだ。死者男はジマの下敷きになった銃を取り出そうと躍起になってる。こんな奴に殺されるほど、私は人生を無駄にはできない。
「じゃあ私は……」
「待て、おっと。」
逃げようとした私を鬼顔は捕まえて首をつかんで中に浮かせた。
「放すなよ。」
死者男は言った。
放さないと窒息死しちゃう……
「鬼っ!」
私は上を向いて喉を開け、言った。
「鬼だとも……」
鬼顔が勝ち誇ったように言った。
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