第5幕 前兆

 田宮は椅子に座って話し始めた。

「父はいつも仕事ばかりだった。何が起きてもほぼ欠勤なんかしない。今思えば働いて嫌な現実から気を紛らわせてたのかもしれない。母はいつも家に一人ぼっち。オレはのんきに学校へ通っていた。でも三人そろえば、なかなか幸せな家庭だったんだ。金にモノを言わせるタイプの親たちだったけど、本当にオレを愛してくれいた。全てはオレが小学五年の時に崩れ始めた。母が白血病になり、珍しい血液のせいで、ちゃんとした治療ができなかった。いくら金があったっても無駄だった。父は海外のでかい病院に行こうと言ったが、母は日本から出たくないと言いきった。まるでもう自分は助からないと知っていたかのように。多分、母はその時すでに自分の黒い糸を見ていたんだ。母は余命を宣告され家に帰ってきた頃にはオレが六年生になって半年ほど過ぎていた。辛い時期だった。父は何一つ学校の行事に来てくれなかったけど、母は元気な時はオレが嫌がっても一ヶ月に数回は学校に来ていたのに。六年生の最後の運動会はその前の年に来てくれた、じいちゃん、ばあちゃんも居なくて、父は仕事、母は病院に缶詰だったから、オレは本当の孤独を味わった。先生から渡された冷たいコンビニ弁当をブランコに座って食べた。想像してたのとまったく違う。一人になることは、生きる目標を失うことと同じだった。リレーの時、オレはアンカーでみんな抜いて、一位になった。それでオレは気付いたら泣いていた。みんな嬉し泣きだと思っていたけど違う。オレは何のために走ったのか、何のために勝利が欲しかったかのさえわからなくなっていたんだ。その時、周りの人に褒められたってオレは嬉しくなかった。最下位でいいから、父や母に見てほしかった。誰にもこの気持ちが言えなかったことも辛くてたまらなかった。母が戻ってきてからオレは母の看病をしたりで、忙しくなったが、その分、小さな一時的な幸せを感じることができた。その時の母の寝言を今でも覚えている。『卒業式、ごめんなさい。』母はこう言っていた。オレには最初、意味がわからなかった。オレは父と母に頼み込んで母の余命がどのくらいか聞いていた。それはオレが中学入学の後だった。でも実際は、医者の予想より早かったんだ。母がいつ病院に戻ってもおかしくないくらいの状況の時、聞き覚えのない人から電話が入るようになった。『我々は死者であり、死にぞこない。死に神であり、救世主である。父親に替われ。』必ず毎日一回こう言いにかかってきた。オレは仕事が長引いているとだけ言った。オレ自身も父とずっと話してなかった。でもある日そいつに『母親を助けてやる。そのためには父親に替れ』って言われて、おれはそれを本気にして。父の会社まで行って、電話のことを説明し、家に居てもらうようにしたんだ。そんなことしなければよかった。父は電話の内容を聞かれないようにオレを追い出していた。でも今のオレなら予想がつく。死にぞこないは母を助ける情報を大金で売ると言った。父は始めは信じなかったが、死にぞこないに赤い糸を見る方法を教えられて、試した。父は赤い糸の存在を認めた時、母を助けられる情報が本当にあることも認めなくてはならなかった。オレが玄関の前で待っていると父が出てきて『出かけてくる。』と言っていた。銀行に行ったんだと思う。父は情報を買ったんだ。その日の夜、父はずっと母に寄り添って、何かつぶやいていた。オレは気付かれないように近づいて耳をすました。『明日、全てが変わり元通りになる。昼には電話が来る。助ける方法を教えてもらえる。』母に意識はなかった。でも父は一晩中言い続けていたと思う。オレは次の日、学校を昼休みの途中に抜け出した。母の部屋のクローゼットに隠れてその時を待った。父が携帯で何か話しながら部屋に入ってきた。父は携帯を開いたまま机に置いた。ハンズフリーにして。何を話しているのか全部聞こえるようになった。父は死にぞこないにまず黒い糸を見る方法を言われ、ゆっくりと手を動かし始めた。オレもクローゼットのすき間からそれを見て同じことをしてしまった。黒い糸が見えた瞬間、叫んでしまいそうなのをなんとか抑え、オレは母を見ながら死にぞこないの説明を聞いていた。しかし、死にぞこないは黒い糸を触ると寿命が縮まることは言わなかった。死にぞこないは紅の糸の作り方を言って、勝手に電話を切った。その時のオレには母が残りわずかな命だということしかわからなかった。その時のオレには赤い糸についての部分がまったく理解できなかったんだ。『こっちに来てくれ』父はオレに言った。最初から父はオレの存在に気付いていたようだった。父はオレに赤い糸のことを話してくれた。いつも仕事ばかりで、めったに会ってくれない、何も話してくれない父が最後にオレに教えてくれたことだった。オレは赤い糸が見えるようになって次のことを頼まれた。『一緒に赤い糸を引っ張ってくれ』父は短すぎる自分たちの赤い糸を伸ばし始めた。オレも手伝った。『この赤い糸の長さが母さんの寿命になる』父は言った。本当は他人の糸だって使いたかった。でもそんなこと母が許さない。オレも父もそう思っていた。なぜもっと助けを呼ばなかったのか。オレには今でもわからない。こんな方法で命を引き延ばすことが、本当にあっていいのかと、他の人に知られていいのかと、父はそう思っていたのかもしれない。次の日、母は何の変哲もなく死んだ。父は郵送で届いていた輪サミで赤い糸を切って、先を黒い糸の終わりに結び付けた。赤い糸は母の右手小指の周りで輪を作り、死んだはずの母の命を引き戻した。でもその何秒後だったか、代わりに父が死んだ。父の黒い糸が一気にほどけて。父がよみがえった母と話すことはなかった。黒い糸が父の死の運命を強く変えてしまったんだ。オレは救急車を二台呼んだ。病院で、意識を戻した母がオレを怒鳴りちらした。母を苦しめたのは父が死んだことだけではないと初めてわかった。オレも死ぬからだ。母は全て自分のせいだと泣きわめいた。せっかく家族三人、元に戻ると思ったのに、オレは全てを失った。母は次の日には冷静になってオレの名前を変え、叔父、叔母が居るこの街に連れてった。オレの本当の名は、真山竜斗。田宮は婿入りした叔父の。悠斗は父の名前だ。でも病院まで田宮悠斗で入院しているんだから多分、戸籍上もそうされているんだと思う。母はオレに『死にぞこない』になれとは言わなかったが、先があるような接し方をしてきた。高校は母親の遺言というか、強い願いで在籍させているような状態なんだ。最初に言った通り、母は『死にぞこない』に殺され、死んだ。父親が死んでからしばらく経った日に、街中『死にぞこない』だらけになったことがあって。母親は輪サミを持って出ていった。これでオレの話しは終わり。勘違いしないでほしいんだけど、辛い話をしたいんじゃないんだ。ただ、羽嶋にはオレのようになってほしくなくて。」

「私は、大丈夫……ねぇ、下の名前で呼んでもいい? いいよね? どっち竜斗か悠斗。」

 私はきいた。

「悠斗って呼んで。本当のことを言えば、ほんのわずかかもしれないけどオレに会うことは羽嶋にとってリスクなのかも。でも、このオレ自身が羽嶋に一緒にいてほしくて。ずっと一人だったから。誰も心まではそばにいてくれなかった。本当のことを言いたい。いつも自分を抑えてる。今まで何一ついいことなんてなかった。でも……」

 悠斗は弱々しく立ち上がり、私に背を向けて窓から外を見た。私は悠斗に向かっていって、悠斗を背中から抱きしめた。

 悠斗の背中に耳をつけると悠斗の苦しそうな泣き声が聞こえた。私に聞かれないように必死にこらえている。私のほうが先に声を上げて泣いてしまった。

 悠斗のことが好き。そう気づいたら泣かずにはいられなかった。

 しばらくして、帰ろうと悠斗に挨拶をして病室を出た時、「羽嶋!」と悠斗が言った。

「菜織でいいよ。」

 今、私の願いは悠斗に病院の外まで送ってもらうこと。

「菜緒、門まで送る」

 何十年ぶりに願いが叶ったような気持ちだった。


 夏休みに入った。私は毎日必ず手芸部に行って文化祭の準備の手伝いをした。手芸部は作ったのを展示するだけだから文化祭当日は自由だ。私は何度も悠斗を連れていく考えたがダメだった。悠斗はたまに口がきけなくなるほど全身に激痛が走る時があると言う。見ている側にもそれは苦痛でしかない。

 悠斗は痛み止めの薬を飲み、副作用と眠気をこらえながら学校を回ることになる。

 第一に医者が許してくれない。それに黒い糸の問題もある。人の集まる文化祭で、悠斗には学校が真っ黒に見えてしまう。

 ただ悠斗は去年入院するまでずっと学校に通っていた。ずっと黒い糸に負けずにきてたんだ。本人は絶対行きたいと思っているはず。助けられるのは、私だけ。でも私にはその力がない。

「怪物、これなんて字だろう。うわっまたホラー。しかも白黒。」

 私はレンタル屋で、悠斗に頼まれたDVDを借りていた。夏休みだけで百本はいきそうなペースだ。すでに数万円使っている。

 悠斗から渡されたお金で私もよく見たいのものを借りる。悠斗は、最初は私の借りてきた映画に否定的だが最後まで見ると、自分が選んだかのように褒めたたえた。

 一番不思議なのは、私も悠斗も感動系の映画を見ても一切泣かないことだ。

 恋愛ものを見て感化されることもない。また抱きしめたいと思っているが、あの日以来進展が全くない。悠斗の手を握るというか、つかむのがやっとだった。


 夏休みは終わって、一週間後が文化祭だ。手芸部は被服室の飾りを作り始めた。由美の赤い糸はまだ切れたままだ。私だって最善を尽くしてはいる。由美の親友になった。恋の話もしている。由美には好きな人がいるらしいのだけど、なかなか教えてくれない。私も悠斗が好きなことは誰にも言っていない。

 悠斗のことを考え過ぎると、どうしても暗い気持ちになってしまう私がいた。でも、あともうちょっとしたら自分の気持ちを悠斗に伝えるつもりで、こつこつとセリフを考える私もいるのだった。

「私この映画好き、好き、悠斗くらい。」

 うまくいかない。

 うまくいかないことは他にもあった。二学期に入っても私はクラスのみんなと距離を置いていた。みんなもそうだけど、私自身、壁を造ってしまっているからだ。

 三田だけは、前と変わらなかった。私は三田が機械系に詳しいと知ってあることを頼んだ。

「誰かビデオカメラ貸してくれる人いる? 知らないよね?」

 全ては悠斗のために。

「コンピューター部が持ってるとか、どうだったかなー。ちょっと待ってて。」

 三田はほぼ新品のビデオカメラの入った箱を持って帰ってきた。

「用が済むまで何日でも貸してくれるって。説明書も中にある。わかんなかったら聞いて。」

「ありがとう。」


「先輩、なんでビデオカメラあるんです?」

 文化祭一日前、手芸部の後輩が机の上を指差してきいた。

「明日来れない友達がいてね。せめて、映像だけでもと思って。」

 私はオリジナルのティッシュケースカバーを机に並べながら言った。

「えっ? その友達って……」

「こらっ! またずけずけと。」

 もう一人、後輩が来て同級生の口をふさぎ、言った。

「そこ、自分の作業に集中して。早く終わったら全員に甘いものおごるから。あと少しがんばりましょう。」

 由美は最近とても自分に自信を持てているように声や表情を通して感じられた。

「やった! ケーキ食べたい。」

 私が言った。

「ケーキ? 高いのは……」

「えっ? 先輩私もケーキ!」

「私も!」

「全員一致。ケーキにしよ。ケーキ屋さんのケーキ。ねっ、部長!」

 私の一押しで由美は折れた。

「部費、使っちゃおうかな。」

 由美が珍しく冗談を言った。

「じゃあ早く終わらせよ。いいね?」

「オー!」

 みんなが笑いながら声を合わせて言った。でもその中で私以外に誰も気付いていないことがあった。ビデオカメラで撮影されていることだ。後輩がカメラの存在に気付いた時は正直焦った。頼めば録らしてくれるだろうが、自然体が一番だと思ったからだ。

 悠斗には、文化祭が終わった二日後が誕生日との事だったので、サプライズプレゼントとしてあげるつもりだ。

文化祭一日目、今日はクラスごとに出し物する。でもそれを開催するかは各クラス自由なので私のとこは何もやらない。

 体育館で生徒会長がつまんない話をし終われば自由行動だった。私はビデオカメラを持った。

「えへん、始まりました! ナビゲーターの羽嶋菜緒です。今日は文化祭ということで、えぇ、そう。文化祭なんですコレが。出来るだけ多くの場所に行きたいので、早速校舎の方に戻りましょう。」

 他の生徒からの視線を痛いほど感じたが、気にしている暇もなかった。

「一年生の部に来ました! 初々しいですね。出し物をやるのは、一組、漫才ショー。二組、なし。三組、アルバム展。四組、なし。五組、なし。六組、モグラ叩き。さて一組から行きますか!」

 DVDには20時間録画ができる。つまり、二日間の文化祭をまるごと録ることができるはずだ。

「はいっ、ド初っ端から大分時間を取られてしまいましたね。でも気を取り直して、アルバム展に行きましょう。あっ、すいません。こっちは出口。入口は向こうですね。危うく終わりを見て、台なしにするところでした。あっ、かわいい。赤ちゃん赤ちゃん。なんでこの子の写真だけ白黒なんだろ? へーあっ! この人、私と誕生日一緒だ。」

 そうだ。今度悠斗の誕生日もきこう。

 それで写真も撮ろう。私はその後も結構な時間、ほとんど知らない人達の写真を見ていた。

「次モグラ叩きです。素を言えば、私は面倒なんですが。手芸部の後輩にも会いたいですしね。行きますか、着きました。あっ、生徒がモグラになるんですか。居ました! あそこ。一生懸命モグラに成り切っている二人。手芸部のユーとさっちゃんです。あぁやっぱり、モグラのコスプレ、あの二人が一番可愛い。似合ってます。親バカならぬ、先輩バカですね私。叩く気も失せたので見るだけにしましょう。」

 その後、少し早いけど弁当を食べ、それもちゃんと撮影した。二年は三組ずつ合同でマルバツ大会と、日本の踊りというものをやっていた。

 私は適当に午後までそれを撮影して、三年の教室に移動した。

「三年生は一組だけですね。まぁ受験生だからしかたないんですけどね。『豆移し大会』です。地味ですねー。まぁ行ってみましょう。」

 私は大会新記録で、一分で皿の上の五十個の豆を別の皿に箸で移した。

 賞品は豆だった。今度、鬼顔に会った時にぶつけてやろう。

「時間が余りました。2時から体育館で先生たちの出し物なんで、そうですねー。屋上にでも行きますか。」

 久美子の事件依頼、私は一度も屋上に来てなかった。

「どうですか? この景色、私もカメラを通しては初めて見ました。でもいつも見ている景色の方が好きですね。何となく……」


 先生たちの出し物は、思った以上に面白かった。大の大人が我を忘れて私たちが笑らわせてくれる。とくに野口先生の紫式部の姿は最高だった。当分は笑い者にされるだろうね。もちろん録画もした。

「じゃあ、明日もありますんで、お楽しみに!」

 明日は部活での出し物とバンドやら、劇やらがある。今日よりは早く帰れるから、その分は編集に充てよう。正直めんどうくさい。

 ただ次の日も、一日目同様に撮影は面白かった。それに体育館で座っていることの方が多いから簡単だった。

 演劇部の話が好きな人が亡くなってしまうという女の子の話だったけど、演技の悪さにポカーンとした。

「では最後に我らが手芸部に行きます。おー緊張する。被服室はこの廊下の先で、嘘っ……」

 行列とまではいかないけども、なかなかの人だかりができている。

「菜緒!早く。菜緒の作品、詳しく聞きたいって。」

 由美が手招きした。夢見心地だ。ちょうど校長先生、多分教育委員会から来たような人と多分PTA会長まで、みんなが私の作った、『桜箱』というただ、箱から桜の花が出ているモノを見ている。

 もちろん造花だし、いい匂いもしない。でも決して枯れない。

「何か意味があってこの作品を作ったのかな?」

 PTA会長から聞かれた。悠斗は次の桜を見れるかわからない。いつでも、見たい時に見てほしかった。悠斗のために作った。私は悠斗の所を知人にした所以外、正直に言った。

「卒業したら美術系の学校へ?」

 校長にきかれた。

「……はい、できれば美術大学に行きたいと思っています。」

「推薦まだあるから考えてね。ハハハッ。」

 由美を含めた人達全員が私に拍手をくれた。見なくても自分の顔が真っ赤になっていることが分かる。


 撮影は屋上をもう一度撮って無事に終了した。編集は三田が手伝ってくれるかもしれないと思って、放課後、頼んでみた。

「いいよ。」

 三田は快く引き受けてくれた。パソコン室で30分ほどで完成させ、かっこいいオープニングをつけたし、余分なところを排除して、エンディングを入れた。

「編集、三田って入れてね。」

「分かった分かった。」


 次の日、私は何やらクラスのみんなから見られていた。

鈴木が、「三田から聞いたんだけど。田宮に何かしてやってるとか。その昨日みんなにメールしてさ。千羽鶴、できるだけ作ってきてくれたんだ。羽嶋、スゲェ重たいけど、渡してきてくれない?」

 私は口を手で抑えた。二百はあった。これで千羽は超えたと思った。

「じゃあお願いね。」

「鈴木! 変かもしれなかったけど、あれが、田宮の別れの挨拶。最後の挨拶だって。」

 私はすぐまた授業が始まるというのに教室を出ようとしてる鈴木に向かって言ってやった。

「うん。」

 鈴木は小さく何回か頷いた。


 その日の放課後は被服室の片付けをした。由美が申し訳なさそうに話があると言ってきた。

「その、私、菜緒が鈴木君のこと好きなのかどうかききたくて。」

「ちょっと前まで好きだったけど。今は! 他の人が好きになっちゃって……由美、好きなんだね? 鈴木のこと。」

 由美は頷いた。

 たしかにお人よしの鈴木と乙女な由美はピッタリだ。それに何より、赤い糸のこともあった。由美と元々繋がっていた人にはかわいそうだけど。

 私は由美に最高のアドバイスをした。

 由美は次、鈴木と会ったら自分から話しかけてみると言った。

 被服室の片付けが済むと手芸部のみんなに千羽鶴の仕上げを手伝ってもらった。そして、完成品を明日まで被服室に置いておいた。

 私は由美のことを話したくて悠斗の所に行った。

「いいのか? いや……何でもない。」

 悠斗は由美たちのことを複雑に思っている。

「明日だね。誕生日。今日は誕生日イブだってことだね。」

「なんか自分のことみたいな喜び方だね。」

 だって嬉しい。渡すものもたくさんある。

 私は家に帰る前、ケーキの材料を買った。病院側も用意しているだろうけど、私からも作ってあげたかった。台所に一人で立つのは初めてだ。

 スポンジは二段重ねの長方形にして、二人で食べれる量にした。生クリームをまんべんなく塗って、イチゴと『誕生日おめでとう』と描いたチョコの板、あとホワイトチョコレートに赤の着色料を混ぜて、チューブから細長く出し、赤い糸みたいにして乗せた。

 私は出来上がったケーキを適当な箱に入れて『食べるな!』と書いた紙をのせて、冷蔵庫にしまった。

 お父さん、お母さんがしつこくその箱についてきいてきたけど、私はニヤけるだけだった。

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