第23話『悪党』
「タバコはしまえ。私を誰だと思ってる」
薄暗い部屋の中で、東高風紀委員長が言った。
「そんなお偉い風紀委員長どのが、こんな不良生徒になんの用だ?」
部長はタバコを咥えたまま、不服そうにライターをポケットに戻して言った。
「この写真の男は我が校の飼っている情報提供者だ。
数日前から連絡が途絶えている。スラムで何が有ったか調べろ」
風紀委員長は写真とメモを手渡した。
「そんなのはあんたの部下か、探偵ごっこしてる連中の仕事だろ」
「普段なら、そうだ。
今や我が校と西校は一触即発の状態だ、西校との境界線のスラムで我が校の生徒、
ましてや風紀委員が見つかるのは困る」
「不良生徒なら良いって?」
「荒事には慣れているだろ。お前はスラム育ちだしうってつけだ」
「それが人に物を頼む態度か?」
「会長がなぜお前を気に入っているのかわからないな。
とにかくそういう事だ。うまくやれ。
私は先に出る、ゆっくりタバコを吸ってから部室に行け」
「…」
風紀委員長が出ていった後、部長は言われたとおりにするのも腹が立つので、
仕方なくタバコを咥えたまま天井を眺めていた。
腕時計を確かめて、風紀委員長が離れただろう頃合いで部屋を出る。
外に出て、結局タバコに火をつけて部室へと向かった。
「仕事だ。古着を買いに行くぞ」
部室に入ると部長は出し抜けに言った。
「急だな」
「古着を買いに行く仕事なの?」
「スラムで人探しだよ。さっさと行くぞ」
──購買部
「…そっちの安い方の服でいいの?」
購買部の生徒が怪訝そうに尋ねた。
「これでも綺麗すぎるぐらいだ」
「買ってから軽く汚れを付けたほうがそれらしいな」
部長とストレロクが古着を物色しながら相談している。
「クリーニング前の古着ストックも覗く…?」
「ちょうどいいな、見せてくれ」
「スラムで仕事なんだって…」
メガネが購買部の生徒に耳打ちする。
「あぁ…」
購買部の生徒も一応納得したようだった。
購買部で、潜入先のスラム街に違和感のない古着を買い集めてBMPに詰め込むと、
一同は目的地付近の車を隠せる場所へ向かった。
BMPの車内で現在位置と地図を確認しながら部長が言った。
「行きよりも帰りのほうが問題だ、帰りは追われてるかもしれん」
「スラムで大立ち回りはもうゴメンだ」
「当然だ、揉め事はなるべく避ける。BMPだって、できれば見られたくない」
「それなら新入りを狙撃手として別行動させた方がいい。見た目が目立ちすぎる」
ストレロクが言った。
青い目に銀髪の新入りはたしかにスラムでは目立つ存在だろう。
「…そうだな」
「PPもBMPに残したほうが、逃げることを考えるなら良いと思う」
「あ、賛成」
PPが同意した。汚れた古着を着てスラム中を走り回るのは避けたいPPだった。
「はぁ、わかった。そうしよう…」
部長が言った。
メガネは羨ましそうにPPを見ている。
「目標についての情報は?」
ストレロクが促した。
「この写真の男だ。名前は、三雲 慶人か。
住所だとか細かいこともメモに書いてある」
「写真はこれ一枚しか無いのか」
「うーん、悪そうな顔…」
メガネの言う通り、落ち窪んだ目元がなんとなく不吉な印象を与える男だった。
「生きてる本人の前では言うなよ」
部長が釘を差した。
「生きてたらな」
「そんな生きてないほうが良いみたいに」
全員で写真とメモを回し見たあと、部長が言った。
「よし、始めるぞ。古着に着替えろ」
「なんでこんな汚い服を購買部も買うのかなぁ」
「あたしらみたいな誰かが買うからだろ。
PP、お前も念のため着替えろ」
「えぇー!」
「新入りは手近な高台からこっちを援護してくれ」
「了解」
薄汚れた服のフードを被りながら新入りが答えた。
「メモの住所はこのあたりだが」
昼間でも薄暗い薄汚れたアパートの廊下で部長が言った。
「家のドアが開いてるのはまずい兆候だろうな」
ストレロクが開け放たれたドアを見て言った。
既に騒動は終わった後の部屋に入り、部長が壁際にしゃがみ込んだ。
「床のシミを見るに、誰かがここで死んでるのは間違いないな」
「となると問題は、死んだのは誰かってことだな」
部屋を見回しながらストレロクが応える。
「わぁ、この散らばってる紙、報告書だよ」
物色された後の部屋に散らばった紙くずを開いたメガネが言った。
「こいつが放置されてるなら、西高は関係ないかもな。
一応拾って持っていくぞ」
「あとは何が起きたか調べるだけ、か」
「2,3日前の夜中に怒鳴り合いを聞いたってよ。
多分相手は、この街じゃそこそこ有名なんだろうな。誰とは言わなかったが」
小さくドアを開けた近隣住人に、素早く紙幣を差し出して聞き込みを終えたストレロクが報告した。
「次の日の朝には部屋のやつが死んでたから、何人かで運んで捨てたそうだ」
「スラムの日常ってとこだな」
「次はどうする?」
「情報屋を探すとしよう。どこのスラムにも居るからな」
「昼間から飲んだくればっかりだ」
酒場を見回した部長は言った。
「スラムの日常だねー」
「あの奥に居るやつじゃないか?」
「どのみちここでシラフなのは、ヤツと店の親父だけみたいだな」
「街のやつじゃないな」
情報屋は油断のない目つきで部長を値踏みするように見ていた。
残りの二人は、酒場全体を警戒できるように離れた場所で気の抜けた炭酸水を飲んでいる。
「仕事で来た。知り合いに会いに来たんだが、殺されたらしくてね」
「へぇ」
「殺したやつを探してる。いくら欲しい」
写真と紙幣をそっと差し出して反応を伺う。
「3日前に殺られたやつだな。俺でなくても知ってるよ。
街の金貸しさ、気が短いんだからよ。行くんなら気をつけなよ」
情報屋はさっとなぐり書きすると住所を部長に手渡した。
「ありがとよ」
「あんたらは気前が良いからね。また何かあれば来てくれよ」
「お金お金、みんなお金で話が進むんだから」
「お前と同じだろ」
自分たちの資金が調査に消えていくことに苛立つメガネに対して、
ストレロクが言った。
「いつもだったら銃で解決できたかもな」
「それならストレロクと一緒だね」
「この写真の男を殺したのはなんでだ?」
金貸しの事務所…ただの半地下の住居の中で、手荒い尋問が始まっていた。
今回ばかりは金で解決できず、入り口でトラブルになり、入り口に居たチンピラの用心棒を撃ち殺して、押し込むようになだれ込んだのだった。
哀れな金貸しは殴りつけられながら質問が浴びせられている。
メガネとストレロクは入り口と部屋の中を警戒している。
「もう一度聞くぞ。この男をどうして殺したんだ?」
「ふざけるな!金を返さなかったからに決まってるだろ!」
「それだけか!?西高は関係ないんだな!?」
「西高がどうして関係あるんだ!?お前ら西高の生徒か!?」
「こりゃあほとんど無駄足だったな」
「なんにも知らないみたいだね」
「クソっ!」
部長が金貸しを撃った。
「あっ」
メガネが声を上げる。
「適当に部屋を荒らして金目の物を持って帰るぞ。強盗に見せかける」
「見せかけるも何も強盗とかわらないぜ」
ストレロクが呆れたように構えていた銃をおろした。
「金目の物を持っていっていいの!?」
メガネがまた違った声色で声を上げた。
「新入り、PP、引き上げるぞ」
部長は無線に向かって言った。
「了解」「待ちくたびれたよー」
人気のない喫茶店の個室で、コート姿の風紀委員長が言った。
「報告を聞こうか?」
「スパイの男は借金を返済できずに殺された。ただそれだけの話だ」
「始末はどうつけた?」
「…その話を聞き出して、金貸しを口封じに始末した」
「クソッ…わかった…報酬はこの鞄の中だ。私は先に帰る。
しばらく経ってから出ろ。ここの料金は私が出してある」
部長に差し出された資料や報告書の紙束をひったくるように掴むと、
風紀委員長は足早に部屋を出ていった。
風紀委員長は店を出ると、日増しに悪化する状況に想像を巡らせた。
今日もまた一つ懸念事項が増えたが、スラムの貧乏人の報告なんて元々大した期待はしていない。
金貸しが死んだことも(その対応は褒められたものではないが)今や目前に迫ったように思える西高との全面戦争に比べれば些細なことだった。
実際、平時ならいくらスラムの金貸しとはいえ、正当な理由もなく始末したと聞かされていれば、確実に逮捕していた。そうしなければならないはずだった。
風紀委員長は不快げに顔をしかめて小雨の中を歩いていった。
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