第24話『長岡映像研究同好会』
──部室
いつもながら各々が気ままにBMPの整備をしたり、タバコを吸ったり、財布の紙幣を数え、大して興味もない雑誌を読み、銃の手入れをしていると、部室のドアが開いた。
長岡がやってきて、言った。
「エレーナ様に、自主制作映画のヒロインを演じていただきたいんですの」
「お前ら本当に映像研になったのか?」
呆れ顔の部長が言った。
「多角経営というものですわ」
「たぶん本業赤字だろ、お前ら」
「新入りに演技は無理だと思うよ」
メガネが失礼なことを言う。
「意味深に黙っていれば、それでいいんですわ」
長岡が応える。こちらも失礼である。
部室の全員が新入りを見つめる。
「黙って立ってりゃ、ただの美人だよな」
ストレロクの言葉に、新入り以外の全員が無言で同意する。
「…ということで、エレーナ様、いかがですの?
撮影日時もなるべく合わせますし、出演料もありますわよ?」
「出演料!」
メガネの目が輝く。
「お前のじゃねぇ」
新しいタバコに火をつけた部長が言った。
「ヒロインはある日やってきた転校生。
主人公の憧れとして要所要所にて印象的にカットインする美しい姿…夕日に照らされた教室で髪を梳かし…そしてクライマックスでは…」
長岡が誰にも聞かれていない作品中の新入りの登場予定シーンを語りだす。
「こいつなんか自作の話になると長々と語りだすよな」
「そうだな」
長岡の話を無視しながらストレロクと部長が小声で言った。
「いいですよ」
新入りは長岡の語りを遮って了承した。
「いやいや新入りはうちのエースだから出演料は弾んでもらわないと」
メガネが話に割って入った。
「素晴らしいですわ、早速スタッフの皆さまにも紹介いたしませんと!」
長岡は、メガネを無視した。
「みんな自分勝手だなぁ…」
PPはBMPの上からその様子を眺めていた。
──総合民間警備部の部室
部室では20名ほどの生徒が雑談しながら各々の作業をしていた。
「えっ!前は4人しか居なかったよね!?」
「美術部の方など、他の部の方も参加していますわ」
「あっ監督、出演交渉終わりましたか?」
「えぇ!馬術部の新垣様には断れてしまいましたが、エレーナ様が承諾してくださいましたわ!」
「予備候補だったのか」「美人なら誰でも良かったんだな」
「あ、ミニチュアのジオラマだ」
「触らないでね、壊れちゃうから」
どこかの部員が言った。
「爆破シーン用のミニチュアですわ」
「爆破シーンが有るのか…」
「エレーナ様、こちらが台本ですわ」
「ありがとう」
新入りは分厚い台本を受け取った。丁寧に出演シーンに付箋がついている。
後日、撮影が始まると、部長たちは新入りの撮影の野次馬をすることにした。
「凄いカメラ」
「動くものを手に入れるのに苦労しましたわ!交換用レンズも無事なものがなかなか無くて…」
「その情熱は本業に回せよ」
部長が冷めた目で言った。
「カット!さすがエレーナ様、美しいですわ!」
夕日の空き教室で物憂げに窓の外を見つめるヒロインのシーンが終わった。
「いやぁ、監督、エレーナさんが受けてくれてよかったですね。
はまり役ですよこれは」
「本当にどの出演シーンも無言だぁ…」
「今日は園芸部の庭園で、読書にふけるヒロインのシーンですわ」
園芸部の生徒が立入禁止のゲートを開けて先導した。
無骨なバリケード封鎖の先にはごく小規模ながら美しい庭園が有った。
ちょっとした中庭という風情で、中央にドームと椅子があり、周囲に花々が植えられている。
「こんなところがあるの初めて知ったんだけど…」
「はー」「うちにもこんなところが有ったんだな」
「そりゃ普段は園芸部以外立ち入り禁止にしてるからね。
うちの生徒の好きにさせたらすぐに台無しにされちゃうわよ」
園芸部の生徒が言った。
「佐藤様、タバコは禁止ですわよ!火気厳禁ですわ!」
「あ?あぁ…」
「背景はブルーバックで合成すれば周囲のコンクリート壁も無視できますわね」
指でカメラフレームを作りながら長岡が言った。
空き教室いっぱいに並べられた机の上にはジオラマが広げられ、その道路の上にはシルカ自走対空砲を始めとして対空ミサイル車などのプラモデルが並んでいる。
今日は新入りの撮影とは関係ないのだが、暇つぶしに部員たちが見物に来たのだった。
「へぇー、よく出来てるなぁ」
若干の子供心を刺激された面々が感心する。
「でもこういうのなら、それこそ依頼を出せば撮れるんじゃないの?」
メガネが疑問を口にした。
「よほどのアップシーン以外はラジコンや電動化したプラモデルで撮りますわ。
実車の撮影にはお金がかかりますもの」
「この数だと燃料代だけでも凄いだろうからな…」
「お金は大事だもんね」
メガネは納得した。
「射撃シーンもほとんどは合成で作りますわ」
「なるほどなぁ」
「いよいよクライマックスの撮影ですわ!主人公のピンチにヒロインが駆けつけて共闘するシーンですわ!」
「そんな映画だったの?」
「エレーナ様のアクションシーンのキレを生かさないわけには行きませんわ!」
「新垣さんが断った理由がわかった」
「まぁあいつはそれでなくても断ると思うが」
「お暇でしたら皆様も悪の戦闘員役で出演いたしませんか?」
「悪の戦闘員は嫌だなぁ…」
これまでの撮影シーンとは雰囲気が変わり、廃工場に場面を移して周囲に火の粉が舞う中、新入りが主人公役の生徒と背中合わせに立ち、拳を構える。
次々と戦闘員役の生徒を蹴散らす様をダイナミックなカメラワークで撮影していく。
最後には敵の幹部役の生徒を、主人公との息を合わせた攻撃で溶鉱炉に突き落として、このシーンの撮影は終わった。
再び学校に戻ってきた一行は、グラウンドに撮影機材を広げ、ラストシーンの撮影に入った。
「最後は悪の要塞が爆破されるミニチュアのシーンですわ」
「あのときのミニチュアって悪の要塞だったんだ」
──プロジェクターによって映し出された映像が終わり、スタッフが立ち上がって拍手をする。
「やはり、思い切り溜めてからのアクションシーンは爽快ですわ!」
「見てる限り、恋愛映画みたいなシーンとアクションシーンが交互に入っているんだが」
「面白いんだけど、こういう面白さでいいの?」
「すっげぇB級の映画だ」
「プラモデルとは思えないぐらい、うまく動いてるねぇ」
思い思いの感想を述べる。新入りは嬉しそうに拍手をしている。
「また機会があればエレーナ様に参加していただきたいですわ」
「本業をちゃんとやれ」
部長は冷たく言い放った。
完成した作品は、新しい娯楽に飢えている層にそれなりにヒットした。
冗長なシーンはヒロインの美しさでカバーされ、よくできた特撮シーンと迫力あるアクションシーンが評価点といった具合の評価だった。
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