第21話『PP』

パベル・パブロビッチ・イサコフはBMP-1の主任設計者である。

そのイサコフの名前からあだ名を頂戴したPPは、

毎日、貴重な真水をすぐに汚れるBMPの清掃に費やすような類の人間だった。

したがって部長が大事なBMPの装甲板を時折灰皿代わりに使うことには、

しばしば文句を言っている。

もっとも部長がこれをするときは決まって機嫌が悪い時なので、

そう強くも言えないのだったが。


──部室

「しばらくはBMPを仕事に使わないでほしいんだけど」

PPが言った。

「そりゃ困る。移動が不便だし、弾除けがなくなる」

部長がタバコを咥えながら言った。

「またどこか壊れたのか?」

ストレロクが言った。

「今度、このBMPでオフロードレースに出たいの」

「あの、車持ってるやつ手当たり次第に誘ってるアレか」

「そういや笹嶋も出るとか言ってたな」

「たまには私の操縦と私のBMPの力を見せてやりたいわけ」

「仕方ねぇな。どっかで代車借りてくるか…」

部長は頭をかきながら心当たりを考え始めた。

「ありがとう!」



──食堂

「つーわけで、なんか車貸してくれそうな心当たりねぇか?」

部長は笹嶋に聞いた。

「お前らの使い方だと装甲車だろ?どこも余ってないと思うぞ。

普通の車ならともかく」

「もうクルマならなんでもいいよ」

「それならたしか車貸して儲けてる連中が居ただろ。

なんて名前だったかな。借りたことねぇから知らねぇや。

…そうだ、部室棟の掲示板にでもポスターがなかったか?」

「あー…なるほど…」


「あー…レンタルの申し込みですか。

最近同じ理由でみんな借りてるんですよね…」

「マジかよ」



──部室

「わりぃ、代車借りれなかった」

部長が小声で言った。

「えっ」

「レースまでまだ期間はあるから、

その間バイトしないってのも困るな…」

ストレロクが言った。

「移動に使うだけだから我慢してくれ」

「その後毎回整備するんだよ!?」

「どうせ毎日登下校で乗るんだから良いだろ…」

「そんな事言うなら整備手伝ってよね!?」

「わかったよ…」「いつも任せっぱなしだからな…」

部長とストレロクが言った。

「メガネと新入りも手伝ってね!」

「えっ」

気配を消していたつもりのメガネが声を上げた。

「いいよ」

新入りは素直にうなずいた。



──数日後 廃墟の都市

アルバイトの帰り道、PPがインカムに怒鳴っていた。

「移動に使うだけって言ったよね!?」

「相手が機関銃据え付けてたんだからしょうがないだろ」

「こんなに穴だらけになって!!」

「あたしらが穴だらけになるよりはマシだろ…」

BMPの外装は機関銃で撃たれ続け、無惨な有様だった。

貫通弾はなかったものの、あちこちの塗装が剥がれている。



──部室

「禁止!アルバイトは禁止です!!」

「いや、バイトしないとBMPの整備もできないだろ」

「…」

「増加装甲をつけたらどうかな?」

新入りが言った。

「増えた車重分パーツが痛みます…」

PPが言った。

「しょうがねぇな…」

ストレロクが立ち上がると、ロッカーの中の金庫を開けた。

「金貸してやるから、レースまではこれで繋げ」

「ストレロク!大好き!」

PPはストレロクに抱きついた。

「ストレロクさん…まだ結構金庫にありますね…」

メガネがニヤニヤしながら言った。

「お前の分はない」

ストレロクは言った。



──数日後 部室

部室のあちこちにパーツやパーツの入った箱が置かれている。

「よ~し、それじゃあみんな手伝ってもらうよ~」

PPがニコニコしながら言った。

「こんなに買って、お前本当に金返せるんだろうな?」

ストレロクが言った。

「お金のことは気にしないでいいから!古いパーツと交換していくよ!」

「私の金だぞ」

「あと、多分一日で終わらないからしばらく登下校は歩きね」

「うへぇー」

メガネが呻いた。


「じゃあまずは砲塔を外していくよー。私はこっちを繋ぐから、

ストレロクはそっち側お願いね」

PPがクレーンから伸びるチェーンをBMPの砲塔についたフックに繋いでいく。

ストレロクもそれを見て同じように繋ぐ。

「フックは全部繋いだぞ」

「オッケー、じゃあ一回降りて」

PPとストレロクがBMPの車体から降りると、部長がクレーンを操作した。

クレーンが垂直に上昇してBMPの砲塔を引き抜く。

「砲塔はその辺に置いといて」

PPが部室の床を指差す。

「あぁ…ストレロク、ちょっとその辺のパーツをよけてくれないか。

下ろす場所がない」

「了解。メガネ、新入り。お前らも手伝え」

「はいはい」「了解」


「よーし、足回りをバラしていくよー」

PPがキャタピラのピンを抜き、床に垂らしたあと、

クレーンで車体を片側ずつ持ち上げ、

ストレロク、メガネ、新入りがキャタピラを引いて取り外していく。

「重い…」「これきついわ…」「…」

「よーし、外したキャタピラは後できれいにするとして、

とりあえずその辺に丸めておいて」

「どんどん部室が狭くなっていくな」

部長が言った。


「今日はこのくらいにして帰ろうぜ」

日が傾き、作業に一段落ついたところで部長が言った。

「そうねー。このペースならあと4日ぐらいで終わるかな?」

チェックリストにチェックを付け、進捗状況をメモしながらPPが言った。

「あと4日…」

メガネがガックリと肩を落とす。

「組み直しもやるんだよなこれ…」

取り外せる部分をほとんど取り外した状態のBMPを見ながらストレロクが言った。

「そうね」

PPが当然という風に答えた。

「というかよ、オフロードレースなんかやったら、

またオーバーホールが要るんじゃねぇか…?」

部長が嫌そうに言った。

「…そうね…」

PPが少し考えて言った。

「ウキャーッ!」

興奮したチンパンジーのようにPPに飛びかかろうとしたメガネを、

ストレロクと新入りが取り押さえた。

「…」「…」「…」

「…頑張ろうね!」

PPがその場を取り繕うように言った。


「じゃ、また明日。しばらく歩きだから、目覚ましの時間変えるの忘れるなよ」

「あっ、そうだった」

「また明日ね~」



──翌日 部室

「さぁ、今日も頑張るぞー!」

張り切るPPとは対称的に、他の部員たちは嫌そうにしている。

「まぁまぁ、今日はだいたい私の仕事だから」

そう言うとPPはエンジンやギアボックスを解体して部品交換や清掃を始めた。

「キャタピラを洗ったりしておいてね!」

「結局重労働じゃねぇか!」

ストレロクが言った。

「洗うってこれ、どうやって洗うんだ」

「ブラシで擦って水で洗い流せば…」

「これ全部ブラシで…?」

部長たちはキャタピラを見つめた。

「一枚一枚取り外して洗うと綺麗になるよ」

「一枚一枚…?」

部長たちは再びキャタピラを見つめた。

十分にキャタピラを見つめた4人は、

仕方なく作業を始めた。


「キャタピラが終わったら車体と砲塔も洗ってね~

塗装の痛みが酷いところは削り落としちゃって」

何らかのギアを掃除し、欠けがないかチェックしながらPPが言った。

「アッハイ」「ウッス」

4人は生返事を返した。


「いやー、綺麗になったね!」

洗い終わったキャタピラとBMPを見てPPは満足げに頷いた。

「はい、きれいになりました」

部長が相槌を打つ。

「部長、変になってるよ」

新入りが言った。

「まじで気が狂いそうだった」

ストレロクが言った。

「明日は楽だよ。塗装だから」

「楽か?それ」

「PPを信用できなくなってきた」



──翌日 部室

「じゃあこの分量で塗料を混ぜて、刷毛で塗っていってね」

PPが塗料のバケツと説明書を置いた。

「すげぇ臭いんだけど、外でやらねぇかこれ…」

塗料を溶剤で溶かしながら部長が言った。

「肝心のBMPが今アレだから…」

ストレロクがキャタピラも転輪も取り外されたBMPを見て言った。

「頭くらくらする」

メガネが言った。

「PPはなんで平気なんだろう…」

新入りが言った。


「よし、塗料ができたからさっさと塗っちまおう…」

「お~」

4人はそれぞれ刷毛を持って塗装を始めた。

「…確かに昨日よりは楽だな」

「昨日のがひどすぎただけじゃないか?」


塗装も終わり、外も暗くなってきたが、

PPは黙々と何かしらの部品を組み立てている。

「PP、そろそろ帰ろうぜ」

部長が声をかける。

「ん~、先に帰ってていいよ~」

「そうか、まぁあんまり遅くならないようにな…じゃ、また明日」

「じゃあね~」

PPはパーツに向かったまま答えた。



──翌日 部室

「いよいよ今日からは組み立てに入ります」

「はい」

「今日は車体側のパーツ取付と各部の動作テストをして終わりです。

砲塔とキャタピラは明日取り付けます」

「はい」

「それでは今日も頑張っていこう!」

「ご安全に」


「ていうか、部室、まだ溶剤くせぇな…」

「部長、クレーン降ろしてくれ」

吊り下げられたエンジンの位置を合わせながらストレロクが言った。

「あいよ」

クレーンが下がりエンジンを降ろしていく。

「OK、クレーンそのまま」

「もうなんか工場でバイトできそうだな」

「よし、クレーンを上げてくれ!」

エンジンからチェーンを外したストレロクが言った。

「了解…」

部長がクレーンを操作する。

ストレロクがエンジンの位置を手で合わせながら、

PPが電動工具で固定していく。

時には人力で、時にはクレーンで、

同じようなことが何回も繰り返され、

大きな部品はだいたい元通りにBMPの車体に組み込まれた。

「よーし。ここで少し休憩~」

「部長、休憩だってよ」

「へいへい…」


──部室棟 自販機コーナー

「だっる…」

「本当に明日で終わるんだろうなこれ」

自販機で買った飲み物を飲みながら、

4人は自販機コーナーの椅子に座っている。

「ん!?何だお前ら…そんな、上着も着ないで…」

缶コーヒーを買いに来た笹嶋が言った。

「上着…?あ、忘れてた…」

「汗かくからな…」

「工事現場のバイトでもしてるのか?学校の中で」

「BMPのオーバーホールやってんだよ…」

「あぁ、例のレースの話か」

缶コーヒーのボタンを押しながら笹嶋が言った。

「準備の方はどうなんだ?」

「車のことなんてあたしら知らねぇよ…」

「言ってくれれば」

笹嶋は缶コーヒーを一口飲んで、話を続けた。

「ウチの戦車整備場貸したのに」

「もっと早く言えよ…」

部長は背もたれに大きくもたれかかった。


「はい、みんな。休憩終わり!」

PPが自販機コーナーにやってきた。

「なんでお前は元気なんだよ」

4人はノロノロと立ち上がった。

「まぁ、頑張ってくれや」

笹嶋が言った。


──部室

PPがマニュアルを見ながら配線を繋いでいく。

ストレロクがその手元をライトで照らす。

特にすることもない部長たち3人は、部室の休憩スペースで

結局、休憩の続きをしていた。

「部室でこうしてるのなんか久しぶりの気がする」

メガネが言った。

「わかる」

「ん?新入りはSVU取り出してなにしてんの?」

「気分転換にちょっと外で撃ってくる」

「物騒な気分転換だね」

「気持ちはわかるよ」

部長が言った。

「そう、私はここで寝てるよ」

メガネが仰向けに寝転がりながら言った。


「さぁ、いよいよ動作テストをするよ」

PPが言った。

「あたしら特に感動とかないんだけど」

「バラす前は普通に動いてたしな」

部長とストレロクが冷めた様子で言った。

BMPは快調に動作した。

少なくとも4人にはそのように見えた。

PPは丹念に足回りの動作をチェックして、

それが間違いないことを確認した。

「オッケー!今日はこれで終わり!」

「良かったー」

「じゃあ、帰るか…」

「お疲れー」

「また明日ね」

「うーん…?」

他の4人が何の感慨もなく帰り支度をするのを、

不服そうに眺めるPPだった。



──翌日 部室

「さぁ!あとは組み立てるだけ!」

「だけ…?」「普通に大変だろそれ」「もう疲れた」「…」

相変わらず元気なPPと不満げな4人だった。


分解したままだったキャタピラを、一枚一枚組み立てる作業が始まった。

「これが外にいるときに壊れたことがなくて、幸せだったな…」

「あぁ…、そういう意味ではPPに感謝してるけどさ…」

「なんか素直に感謝できないね…」

「大変なのはわかったけど…」

「よく毎日喜んでやってるよな…」

「なんでそんな渋々感謝してるのみんな」

PPが言った。

「だってなぁ…」「そりゃあそうでしょ…」

「えー…」


「よし、履帯を取り付けるよー。部長、クレーン上げてー」

「はいはい…」

「せーの!」

掛け声に合わせてPP、ストレロク、メガネ、新入りが、

キャタピラを持ち上げて運ぶ。

「わっしょい」「わっしょい」

転輪の上にキャタピラを敷いて、今度は下側を通して、

キャタピラの両端をあわせて固定ピンを入れる。

今度は起動輪にキャタピラを噛み合わせ、

全体の位置を調整し、クレーンを降ろした。

「反対側もいくよー」

PPが言った

「休憩入れない?」

メガネが言った。


休憩後、同じことを反対側のキャタピラで行った。


「いいよいいよ~ターレットの穴に入っちゃうよ~」

「メガネ、その言い方ムカつくからやめろ」

部長がクレーンで砲塔をターレットリングにはめ込んだ。

PPが砲塔を固定する。

「よし、外で動作テストするか」

「そうねストレロク、砲塔に乗って」

PPとストレロクがBMPに乗り込む。

「やっと終わったよ」

部長が言った。

「ねぇ、これレースのあとにまたやんの?」

メガネが言った。

「ほら、危ないからBMPの前に立つな」

ストレロクがハッチから顔を出して言った。


新入りが外に出てBMPを誘導する。

BMPはついに部室から躍り出た。

部室棟の校庭を軽く走ったり、砲塔を回して動作を確かめる。

「大丈夫そうだな」

「そうだね」「うん」

部長たちはBMPが動き回るのを眺めて言った。


しばらくしてBMPが部室に戻ってきた。

「うん、これならレースも心配ないね」

BMPから降りたPPが言った。

「よかった~、今日からはまたBMPに乗れるね」

メガネが言った。

「えっ?レースまでは使わないよ?

ちょっと慣らしで動かすぐらいはするけど」

「えっ?」

「まだしばらく歩きか…」「まぁ、メガネとPPにはちょうどいいだろ」

「えっ?」

「はぁー終わった終わった」

「帰りになにか食べていかないか?」

「あ、私も行きたい」

「最近新入りは食い意地がはってるなぁ」

「えぇ…?」

その日はみんなでクレープを食べながら帰った。



──レース当日

レースのスタート地点付近は、野次馬や勝手にやってきた屋台でごった返していた。

スタート地点にはすでに参加する車両が並んでいる。

普通の乗用車もあれば戦車や装甲車が並び、中にはバイクで参加する生徒も居た。

「スタート10分前になりました、

参加者は速やかに車両を指定された番号の枠内に入れて待機してください」


「PP勝てるかなぁ?」

屋台で買ったシュークリームを食べながら新入りは言った。

「他の連中だってそれなりの腕だろうしなぁ」

「あれだけ頑張ったんだから勝ってほしいけどねぇ~」

「そうだね」

「しかし金かかってるなぁ。よくこんなにモニターを用意したよ」

部長の視線の先には大量のモニターを並べて、

擬似的に作られた巨大スクリーンがある。

「実況は放送部、上空よりの撮影は前線航空部がお送りします」

「ヘリまで飛ばしてるのか」

上空を飛行するMi-8を見ながら部長は言った。

「へぇ~すごいねぇ」

メガネが言った。


「あれ?生徒会長だ」

仮設ステージの司会席に、山城生徒会長が現れて挨拶をしている。

「相変わらず堅苦しいやつだな。こういうところには来ないかと思ってたぜ」

部長が言った。

「生徒会公認って珍しいよね」

屋台の串焼きに齧りついて、口をモゴモゴさせながらメガネが言った。


「山城生徒会長の挨拶でした。

さて、それでは主催者よりルールとスタートの説明です」

「コースに制限はありません。一番早くゴールに着いた人が勝ちです!

スタートの合図は左右のフラッグと、今聞こえているスピーカーからの放送です」

スクリーンにはスタート地点とゴール地点を書き込んだ地図が表示されている。

「大雑把だなぁ」

「あたしは好きだね、こういうの」

「実弾の使用は敵対勢力と遭遇した場合のみ、参加者同士の戦闘は失格となります

その他のルールとしましては…」

「まぁ細かいことはどうでもいいとして、ウチのBMPは映ってるかな?」

「空撮だとよくわかんないねぇ」


「ストレロク、ルートは決まった?」

「この地図だけじゃなんともなぁ…」

BMPの車上ではPPとストレロクが、

配られた地図を見ながらルートを検討していた。

「BMPはパワーウェイトレシオも良いし、川だって渡れるんだから、

ちょっと悪路を選んだぐらいのほうが速いんじゃない?」

「そうだな…、橋を通るルートは相当混むだろうし、

ここは最短コースで川を渡ってもいいと思う」

「オッケー、あとは出たとこ勝負で」

PPが操縦席に乗り込む。

「まぁ、来たことない場所だしな…」

ストレロクも砲塔に乗り込んだ。


「3、2、1、スタート!」

フラッグが振られ、集まった車両が一斉にスタートする。

PPもBMPを発進させた。

UTD-20ディーゼルエンジンが唸りを上げる。

ストレロクは視界を確保するため、砲塔ハッチから身を乗り出して

PPに指示を送っている。

PPもハッチから顔を出しているが地図を見る余裕がないので、

ストレロクが周囲を見回しながら、地図を見て進路を指示している。

「この先はカーブが続くみたいだ、速度を落とせ」

「了解」

PPがアクセルを緩める。

「前が詰まってるな」

舗装路の上では装甲車両よりもずっと足の早い車が先に行き、

カーブ前で速度を落としたため、先頭集団が詰まってしまっていた。

「道路を出て道の脇を通ろう」

「オーケー」

キャタピラ式のBMPなら、舗装路よりは遅くなるものの、

渋滞にはまるよりはずっと早く進めると二人とも判断した。

実際、そのとおりにカーブ入り口で詰まった集団を迂回して

突破することに成功した。

ただし今度は別の問題が出てきた。


「おぅ、もっと速度は出ねぇのか、ストレロクのBMPに先を行かれちまったぞ」

T-72のハッチから身を乗り出した笹嶋が、操縦手にインカムで話しかける。

「そんな無茶な、こっちのほうがずっと重いから加速が鈍いんですよ。

だいたいあっちは二人しか乗ってないでしょ」

「ふーむ、カタログスペックだったら同じぐらいの速度が出るはずなんだが」

「そりゃあ加速しきったらそうですけど」

「おっ、前が渋滞してるぞ、右にそれて連中をかわそう」

「了解…」

T-72も道路の右へ進路変更した…。


「PP、もっと速度を出せるか?」

「なんで?危ないよ?」

「後ろからT-72が来てる…」

「うへぇ…」

PPは仕方なく悪路の下り坂でBMPを加速させた。


「おぅ、お前らもこっちを通ったか!」

BMPとT-72の騒音に妨害されながらも、笹嶋の声はストレロクに届いた。

「そっちはもっと速度を落とせ!こっちを殺す気か!」

ストレロクが後ろに向かって怒鳴り返す。

笹嶋はよく聞こえないというジェスチャーを返す。

笹嶋は両耳を通信機のヘッドホンで覆っているので、

どうやら本当に聞こえていないようだ。

「聞こえねぇなら話しかけてくるな…!」

ストレロクは笹嶋を無視することに決めた。


どうにか下り坂を越えたところで、笹嶋のT-72と並走する形になった

「悪い悪い!ヘッドホンを付けたままだった!」

笹嶋が笑いながら言った。

「こっちを轢き潰すつもりか馬鹿!」

先程伝えたかったことを、ストレロクは怒鳴った。

「まぁしかし、結構なリードになったんじゃないか?」

怒鳴り声をどこ吹く風という感じで聞き流し、笹嶋は言った。

「本当の先頭集団はあんなところで捕まってりゃしないだろ、

舗装路を飛ばされたらキャタピラじゃ追いつけん」

「だが、この先の川と砂漠で取り返せるってわけだ」

「お前らはどうやって川を渡る気だ?渡河装備なんか積んでないだろ」

「あぁ、しょうがないから橋を渡っていくよ。

まぁしばらく一緒に行こうじゃないか、最高速なら同じだけ出るんだ」

「あぁ、クソ、最悪だ…」


うんざりした様子のストレロクに笹嶋は喋りつづけていたが、

ついに川が見えてきた。

橋へ向かう分岐路もすぐそこだった。

「ん?そろそろお別れか、じゃあなストレロク、PP。

左旋回90度だ!」

笹嶋のT-72が遠くなっていく。

「やっと行ったよ…」

「いやー、疲れたでしょストレロク。もうひと頑張りしてね」

PPは川を渡るときに浸水しないように、

波除け板を展開すると操縦席へ引っ込んでハッチを閉めた。

「あぁ…視界がないのか…」

ストレロクも渡河のために吸気筒を引き上げると、

砲塔に引っ込みハッチを閉めた。


BMPはコースを大きく横切る川の上を進んでいた。

「PP、すこし右に流されてるぞ」

ストレロクが前方の陸地を目標に指示した。

「了解~」

PPは軽く舵を切った。

「しかし、遅いな、これ」

先程まで舗装路を時速60km近くで疾走していたことを考えると、

時速10kmにも満たない水上の移動はなんとも退屈だった。

「ん~でも橋まではだいぶ距離があるから、この方が速いと思うよ」

「トータルではそうなんだが…」

「ま、のんびり行こうよ」

ストレロクの目に映る川の対岸は、まだまだ遠かった。


PPたちのBMPがようやく川をこえて、しばらくすると砂漠化した地帯に突入した。

上り坂を乗り越えて、目の前に見えてきたビル群の残骸にストレロクは舌打ちした。

「くそっ、なんてこった。都市の残骸だぞ、こいつは…」

「今更迂回なんてしてたら負けちゃうよ」

「あぁ、突っ切るしかない。道がふさがってなければいいが」



──観客席

「こちら、ゴール地点では先頭車の巻き上げる砂煙が見えます!

優勝は果たしてどのチームなのか!?」

カメラが砂煙の中心にズームする。

どうやらBMPではないようだ。オフロードラリー仕様の車に見える。

「あぁ~、専門には勝てないかぁ…」

メガネがガックリと肩を落とす。

「だいたいBMPはレースするようなクルマじゃないしな…」

部長は腕を組んで言った。

「ゴールです!一着は…東校ラリーレイド同好会!」

会場のスピーカーがレース結果を知らせる。



──砂漠化した都市の廃墟

一方、その頃PPとストレロクは…。

「ゲリラが隠れてやがったのか!」

機関銃でビルに向かって制圧射撃をしながらストレロクが叫んだ。

「撃たれてるよ早くなんとかして~!」

操縦席の中でPPが喚いている。

「絶対に止まるなよ!」

BMPの主砲にロケット弾を装填しながらストレロクが言った。

主砲から発射されたロケットが、ゲリラの潜むビルの壁を吹き飛ばす。

だが二人の乗ったBMPは依然、他のビルから銃撃を受け続け、

時折RPG-7のロケット弾までもが噴煙を上げて飛んでくる。

「うわぁー!」

目の前に着弾したRPGにPPが悲鳴を上げる。

ストレロクはさっと周囲をバイザーで見回して、

RPGらしいものを持ったゲリラを探す。

突然、視界が急旋回する。

「PP!むやみに曲がるな!」

「そんなこと言ったって~!」

「全速で街を突っ切れ!」



──観客席

「さぁ、2着はどのチームだ!?再び砂煙が見えてまいりました!」

「3着までなら賞金が出るんだよね」

部長の抱えたポップコーンを摘みながらメガネが言った。

「1着で10万だから2,3着の賞金は大したことないだろうな。

どっかでビール売ってねぇかな?」

部長もポップコーンを食べながら言った。

「ヘリの空撮でも全然映らないけど、どこ走ってるのかな?」

新入りがポップコーンをたっぷり握りながら言った。

「お前、それは取り過ぎじゃないか?」

部長が言った。



「抜けた~!ストレロク!廃墟を抜けたよ!」

「あぁ、あとはこの道路を道なりのはずだ」

「そんなこと言ってもあちこち砂に埋まってるよ」

「足を取られないようにしてくれよ」

ストレロクはハッチを開けて上に上がった。

「あぁ、クソ、また塗装もやり直しか」

銃撃を受けたBMPはあちこちに被弾した痕があり、

塗り直した新品同然の塗装は見る影もない。


──観客席

「さぁ最後に表彰台に上がれるのはどのチームなのか!?

3台目が見えてきました!少し離れたところに後続車も見えます。

ラストスパートを期待したいところ!」

「あっ!見て見て!BMP-1だよ」

「えらくボロボロだからウチのじゃない気がするな?」

「でも運転上手いね」

「3位決定戦にして初めての装軌式車両です、装軌式の意地を見せるか!?

後続にはUAZ-469など四輪駆動車が続きますね。

さぁしかしゴール付近は砂漠地帯です、四駆とはいえキャタピラに勝てるのか」

「だいたい1位と2位の奴ら、いいクルマ乗ってたよな」

「そだねー、西側のクルマでしょあれ」

「ゴールです!今ゴール!所属チームは…

えー…機械化装甲射撃偵察帰宅部のBMP-1が3着でゴールしました!」

「は?」「えっ!」「なんであんなボロボロなの!?」

観客席の三人は驚きの声を上げた。

「惜しくも4着、UAZ-469、更に続いて…」


ゴール地点では入賞者の表彰が行われていた。

「1位は東校ラリーレイド同好会!2位はモータースポーツ部!

3位は、機械化装甲射撃偵察帰宅部となります!」

1位のラリーレイド同好会の生徒にトロフィーが渡される。

「まぁ、入賞できただけマシか」

拍手をしながら、ストレロクが慰めるように言った。

「悔しいよ…!」

PPが呟いた。

「賞金は1位が10万円、2位が5万円、3位が1万円です」

レーススタッフから賞金が手渡された。

「…そういえば、金を返すアテはあるのか…?」

ストレロクが言った。

PPは気まずそうに顔を背けた。



そしてレースの後、彼女たちは戦車同好会の設備を借りて、

またBMPのオーバーホールをしたのだった。

「ストレロク…もう一回パーツ代貸して…」

「…」

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