第19話『若い科学者のための物語』

「ミサイル本体はほぼデッドコピーだ、推進器の再設計は必要だが、

おおよそ流用できるはずだ。

では問題はなにか?弾頭だよ。これこそがまさに、核心だと言って良い」

戦略戦術ロケット愛好会の会長が言った。

「つまり、あたしらになにをしろと?」

「通常弾等では威力が不足だ。核弾頭の製造には設備も材料もない。

では、大出力をもたらすアーティファクトを弾頭にしようするとどうか?

遥かに軽量でありながら同サイズの核弾頭を凌ぐ威力をもたらすことが出来る。

そう思わないかね?」

「あたしらは撃ち合いの専門家であって、そういうのは専門外なんだよ。

要点だけ話してくれ」

「いまのが、要点さ。アーティファクトが欲しい。それも、"焼けた石"が、だ」

「厄介だな。"焼けた石"は貴重な上に、取り扱いが厄介だ」

ストレロクが言った。

「そう、厄介な代物だ。だからこそ弾頭に最適なのだよ。

もちろん発射時や飛行中の衝撃から保護することが必要になる分、

少々再設計が必要になるが…」

「そういう話は私達が居なくなってからやってくれ」

部長がうんざりした顔で言った。

「では、君たちの興味のあることを言おう。

「今までで一番、興味のある話だな」

「"焼けた石"用のキャニスターはもう用意してある、

後は君たちが引き受けて、ここに持ってくるだけさ」

ロケット愛好会の会長は円柱状のキャニスターを机の上に置いた。

「気楽に言ってくれるな」

「どうするストレロク、受けるか?」

「……、新入り、危険地帯へ行く気は有るか?」

「私が?」

「"焼けた石"用のキャニスターを運ぶのに一人要る」

「わかった。私なら大丈夫」

「そう願うよ。死ぬのも死なれるのもごめんだ」

「うんうん、引き受けてくれるかい。

いやぁこれで心配事が片付いたというものだよ」

途端に、話は終わったとばかりにロケット愛好会の会長は自分の机に戻っていった。

「勝手なやつだ」



──部室

「さて、これからどうするんだ、ストレロク?」

「まずはブラックマーケットへ行こう。情報収集と危険地帯行きの用意だ。

"焼けた石"の位置にも当たりをつけておきたい」

「了解。PP、BMPは出せるか?」

「オーケーだよ」

「よし、ストレロク、新入りのことは任せるぞ」

「あぁ、わかってる」

ストレロクが頷いた。

「私は何をしたら良いの?」

新入りが尋ねた。

「荷物や装備はいつものでいい、残りはマーケットで買っていこう。

他にもなにか欲しい物が有るなら買っていけ。

あぁ、チョコバーなんかも行動食になる。一緒に買っていけ」

ストレロクの言葉に新入りの顔が心なしか明るくなった。

「遊びに行くんじゃないんだからな」

ストレロクが釘を差した。



──ブラックマーケット

ストレロクは新入りを伴って、行きつけのガンショップへやってきた。

「なんだか、あんまり…きれいなお店じゃないね…」

「店の中においてある品は気にするな。インテリアみたいなもんだ」

「おや、ストレロクさん。お仲間を連れてくるのは珍しいですね」

ガンショップの店主が言った。

「いつもの弾薬をくれ。それと…」

ストレロクは、一応店内を見回してから話を続けた。

「"焼けた石"を探しに行く。情報はないか?」

「へぇ、そりゃまた珍しい。"スチームサウナ"なら、2,3日前に慌てて逃げてきたってやつがいましたよ。今は北側の方に発生しているみたいですね」

「北か。いつものルートは使えないな」

「そいつが通ったルートなら情報がありますよ。買いますか?」

「…買おう」

「北側の内側阻止警戒線を抜けられるトンネルが見つかったんですよ。

ほらここ、遠目には蔦のせいで隠れてるんです」

店主が地図を指差しながら言った。

「こんな良いルートが有ったとはな」

「ただしトンネルの中はアノマリーが発生してるみたいですんで、

気をつけてください」

「抜けられる程度なんだな?」

「えぇ、そっちの新顔はどうか知りませんがね」

「…それはこっちの問題だ。気にするな」

「それでは弾薬を持ってきますんで、ちょっと失礼…」

店主が店の奥に引っ込んでいく。

「あぁ…」


ストレロクはカウンターに寄りかかり、新入りの方を向いた。

「ストレロク、あの人信用できるの?」

新入りが言った。

「信用ならない奴だが、裏切られたことはない。

…アーティファクトを捌くのも普段はここでやってる。

店主の前ではお行儀よくしててくれよ」

「うん。わかった」

「よし、さっきの会話で気になることは有るか?」

「"スチームサウナ"とかアノマリーとか言ってたけど、どういうものなの」

「どういうものと言ってもな、よくわからん。

だが危険なものだ、基本的にな。

"スチームサウナ"は私達の今回の目的地だ、アノマリーの一種で、

広範囲に熱を発生させている。近づけるのは外側の温度の低い部分だけだ。

その辺りでもよく探せば"焼けた石"が見つかる。それを取りに行く」

「トンネルの方のアノマリーは?」

「私にもわからん。使ったことがないルートだ、気に入らないが、仕方ない。

危険地帯に入ったら私の後ろをただ付いて来い。

勝手に動かずに、私と同じように動け。1から全部教えるのは無理だ」

「わかった」

「よし。それと向こうに入ったら多分、お互い、

そうだな、酷いことになると思う。そういうものなんだ。行けばわかる」

「うーん」

納得しかねる顔のまま新入りは頷いた。


「ストレロクさん。お待たせしました」

店主が店の奥から弾薬箱を運んでくる。

「ありがとう。またそのうちくるよ」

ストレロクが言った。

「次も無事だと良いですね」

店主が言った。


「やっぱり好きになれないな。あの人」

ブラックマーケットを歩きながら新入りが呟いた。

「好きになる必要はない。私だって別にあの店主が好きなわけじゃない」

ストレロクが言った。

「そういうものなの?」

「仕事相手の選り好みはできないもんさ。

荷物を置いたら、気晴らしに皆でマーケットを見て回ろう。

PPはまたパーツショップかもしれないが…」

その日はそうして、ブラックマーケットを散策して過ぎていった。


──翌日 部室

「BMPは危険地帯の北で私と新入りを降ろして、

その後は近くの街にでも行って時間を潰しててくれ。

悪いがどのくらい時間がかかるかはわからない」

ストレロクが地図を見せながら言った。

「いつものことだけどね」

PPが言った。

「まぁ、そうだな」

ストレロクが肩をすくめる。

「新入り、中に入ったら私の言うことは全て聞け。

疑問に思っても何も言わずに従うんだ」

「わかった」

「よし。従わなかったらぶん殴ってやる」

「ストレロクと新入りは居ないが、BMPで丸一日ポーカーをする気もない。

街での簡単な仕事を見つけてある。全員出発準備をしろ」

部長が言った。

各々が立ち上がり自分の準備を始めた。

「部長~私達の仕事ってどういう仕事なの?」

「三交代で一人がBMPに残って連絡を待って。一人は休憩して、

一人は瓦礫の撤去だ。この仕事ならいつでも始めていつでも辞めれるからな」

「うへぇ~」「それ私もやるの~」

メガネとPPから抗議の声が飛ぶ。

「ちょうどいい運動だと思え」


「ストレロク、結局マーケットではあんまり買わなかったけど大丈夫?」

「大丈夫だ、必要な装備は私が全部持ってる。私が死んだらこれを持って帰れ」

こともなげにストレロクは言った。

新入りは困惑した顔を向ける。

「確率的にはお前がヘマをして死ぬほうが高い。余計な心配はしなくて良い。

別にいつもだって同じことだ」

「それはそうなんだけど…」

「いつもより食料を多めに入れとけ。長丁場になるかもしれん」

「うん…」

「悪いが、優しい言葉をかけてやる余裕はないんだ」

ストレロクは最後に自分のAKをさっと確認して身体にスリングで固定した。


「準備は終わったかい?出発するよ!」

部長の声を合図に、BMPのエンジンが唸りを上げた。



──危険地帯外周付近

「このあたりでいい、降ろしてくれ」

砲塔から辺りを見回したストレロクが言った。

「了解」

PPがBMPを停車させる。

「新入り、行くぞ」

ストレロクが後ろを振り向いて言った。

「わかった」

二人はBMPから飛び降りた。

「気をつけてね~」

メガネが能天気に手を振りながら言った。

BMPはカーブを描きながら遠ざかっていく。

「さて、ここからが本番だぞ新入り」

「うん」


二人は動物が掘り返したのか、さもなくば同業者が掘ったのか、

そのどちらかであろう掘り返された土と破れたフェンスを通り抜け

阻止警戒線の迂回トンネルを目指した。

「もう一度言っておくが、中にはいったら私の命令は即座に実行しろ。

私が逆立ちをしろと言ったら、スカートも気にせずに逆立ちをするんだ」

「逆立ちは絶対必要なの?」

「逆立ちはただの例えだ…向こうでは質問もしないですぐにやるんだぞ。

賢い犬みたいに伏せと言われたら伏せるんだ」

「わかった…」


「ここがトンネルか…嫌な空気だ」

蔦をかき分けてトンネルに入ったストレロクは言った。

「奥の方でなにか光ってるよ」

「アノマリーだ、クソッ、おもったよりも強力なやつだな。

光ってる奴は"バッテリー"だが。もしかしたら"蚊柱"もあるかもしれん。

"蚊柱"っていうのはほとんど目に見えないが、

ぶつかったらグシャグシャにされて終わりだ。」

「そんなのどうやって見つけるの?」

「明るい場所なら目を凝らせば空間が揺らいでるのが見えるし、

一番確実なのはナットを投げることだ、お前にも渡しただろ。

ナットを投げて安全を確認してから進むんだ。

ただし妙な具合に跳ね返ってくることもあるから気をつけろよ」

「うん…」

「そういうものだと諦めてくれ」


──さて、いよいよ危険地帯に入ったわけだ。

新入りは何を考えてるかわからんやつだが、これまでの所、

今まで一緒に来たやつの中ではずいぶんマシだ。

つまらない旅行者の案内人をしたときなんて、

危うく入り口で死なれるところだった。


…自分の呼吸が乱れてきたのがわかる。

トンネルの中だがはっきりと分かる。危険地帯に入った。

いつもの思考の濁流の中で、

今日は新入りも一緒だということを忘れてはいけない。

それを意識する。一瞬でも目を離したらどうなるかわからない。

「なにか見つけても触ろうとするなよ」

新入りの方を振り向いて警告する。

「わ、わかった…」

新入りの声も震えている。私は新入りの様子をそっと観察する。

唇が震えている、視線も落ち着きがなく周囲をデタラメに見渡している。

頻繁に舌で唇を湿らす。典型的なストレス状態と言っていいが、

初めてでこれなら十分落ち着いていると言えるだろう。

「よし、私の一歩後ろをついてこい、楽して最短距離を通ろうとするなよ

私が一歩進んだらお前も一歩進むんだ」

「わかった…」

新入りがブンブンと首を縦に振っている。

「よし…行くぞ…」


慎重に、トンネルのあちこちで放電を繰り返す"バッテリー"をかわし、

稲光に照らされ、忌々しい雷鳴が響くトンネル内を進んでいく。

指向性の強いフラッシュライトに照らし出される範囲は狭く、

"バッテリー"の放電は強すぎて、そのたびに視力を失いそうになる。

目と耳がバカになってしまうんじゃないかという状態だが、

トンネルは思いの外短かった。出口の光が見えてきた。

途端に、新入りが走り出そうとしたのを手を引いて止める。

キッと睨みつけると、新入りはバツの悪そうに縮こまった。

よし、良いぞ。まだ正気が残ってるらしい。

私は水筒の水をたっぷりと口に含み、飲み下した。

「お前もそうしろ」

「う、うん…」

新入りも水筒を取り出して、少し口に含んで飲んだ。

「飲め、もっと飲むんだ」

もうひと睨みしてやると、大人しくたっぷりと水を飲んで。

いくらか落ち着いた顔をした。

「さて、今からナットを投げるからその先をよく見てろ」

「え?うん」

私がナットを投げると、それは突然進行方向を変えて加速した。

まるで銃弾のようにトンネルの壁に突き刺さる。

「"蚊柱"だ。あの大きさなら腕一本で済んだかもしれないが。

そんなのはごめんだろう?」

新入りは絶句している。

「だからな、私の後ろに居ろ。一歩後ろだ」

素晴らしい説得力が有ったようだ。

そうとも、危険地帯に居る限り、私はどんなインテリよりも説得力がある。

…そろそろ脳が緊張に耐えかねて、おかしくなる頃らしい。

ソロのときならどんなにおかしくなっても、生きて帰ってこれるならそれでいいが、

新入り相手に妙なことを口走らないと良いが。

「ストレロク、すごい、すごいよ。私死んじゃうかもしれなかった。

ありがとうストレロク!」

あぁ、新入りの脳もおしゃべりになり始めたらしい。

もしかしたらこいつのことを知るいい機会なのかもしれないが、

支離滅裂な思考から飛び出る言葉に大した意味はないと思い直す。

「あぁ、クソ、静かにしてくれ、まだ始まったばかりだぞ」


トンネルに居た時間はせいぜい十数分というところだろうが、

もう何時間も外に出ていなかった気がする。

太陽光の下、揺れる草木に開放感をおぼえる。

だがその草木には奇妙な違和感がある、馴染みのない植生の草木だ。

自然なものと不自然なものが入り混じっている。

遠くに目をやれば毒々しい色の草原が見える。

ここは違うのだ。ここは、安心感をおぼえるような場所ではない。

軽い深呼吸をして、唇を舐めてから前に進む。


「変なところね。あ、でも、あの木の実はなんだか美味しそうじゃない?」

見ると、肩ほどの高さの木に、赤い艶やかな果実が実っている。

「馬鹿なことを考えるなよ。ここは人間の領域じゃない。

ここの物を食うぐらいなら、人の死体に齧りついたほうがマシだ」

「だけどあんなに美味しそうなのに」

私は新入りに一歩近づいてビンタをくれてやった。

「さぁどうだ、もう二度と木の実の話なんてするんじゃないぞ」

新入りはショックを受けているようだったが、

すぐに我に返ってシュンとした。


それで良いんだ。ピクニック気分の相手に遠慮する気はない。

ここ最近、ずいぶん甘いものが好きになったようだが、

普段なら得体の知れない木の実を食おうなんて思うやつじゃない事は知ってる。

くそ、あのクソキャニスターがなければ今日だって一人で来れたのに、

新入りのお守りもしなきゃならんとは。

「今のお前は、そのクソキャニスターを運ぶだけの機械だ。

なにか食いたいならチョコバーでも齧っておけ。

お花畑に来たお嬢様みたいな気分でフラつくのはやめろ!」

…私だって自制が効かなくなっている。

最後の方には叫び声に近い調子で話していた。

「…言い過ぎた」

「ううん、私の方こそ、ごめん…」

マヌケなやり取りを打ち切って、ノロノロと歩き始める。


「さっき見えた草原の方で、陽炎みたいに景色が揺らめいてるところがあった。

多分、目的地だろう。かなり広範囲だったからな」

双眼鏡を覗きながら新入りに言った。

「"スチームサウナ"ってやつ?」

「そうだ。熱せられた空気で陽炎になるんだ」

双眼鏡をしまって歩き出す。新入りも一緒に歩き始める。

お互い汗をかいて、荒く呼吸をしている。

足取りは至ってゆっくりなのだが、どうしても普段どおりには歩けない。

…ただ歩いてるだけでこの調子で、

"スチームサウナ"に入ったらどうなってしまうのか…。

「待って、ストレロク。お願い。すこし、疲れた…」

「仕方ない、休憩するか…。新入り、水をたっぷり飲め、酷い汗だぞ」

「汗ならストレロクも…」

「あぁ、知ってる…」

二人で座り込んで水筒の水を飲み、新入りはチョコバーにかじりつき、

私は飴玉を口に放り込んだ。

…何の味も感じられない。

新入りは取り憑かれたようにチョコバーをかじり続けている。

嫌な時間だ。もっとも危険地帯に居る時に、幸せを感じたことはない。

眼の前のこいつは一体いつまでチョコバーを食っている気だろうか、

ようやく一本食べ終わったのか。くそ、2本目を食い始めたらぶん殴ってやる。

「…あっ、ごめん、ストレロクも欲しかった?」

何を馬鹿なことを言っていやがるんだ…。

私がそんな物欲しそうな顔に見えるのか?

「休憩はもう良いか?」

これ以上座り込んでいたら尻から根っこが生えてしまいそうだ。

「うん、大丈夫」

なるほど、尻尾をピンと立てた犬みたいになりやがった。

何分続くか知れないが。とにかく休憩の意味はあったらしい。

「よし、行くぞ」

私は立ち上がって、新入りに手を貸してやった。


長い下り坂を降りて、毒々しい草の生い茂った草原にたどり着いた。

「命からが逃げてきたって奴のお仲間か」

辺りに死体が転がっている。まだ腐ってもいない。

「新入り、死体には近づくな。原因がわからんからな」

「わかった…」

さてと、つまらん死体のことはさておいて、

死体があるってことは危険があるってことだ。

もし"スチームサウナ"と"蚊柱"が同時に存在できるなら、酷いことになるぞ。

陽炎と"蚊柱"はどちらも空間が揺らめいて見える、慎重に進むしか無いか。

「新入り、ここからはまたナットを投げながら行くぞ」

「了解」

紐を縛り付けたナットを大きく弧を描くように前方に投げて、

何もなければ前進する。これを繰り返しながら、

ゆっくりと空気のゆらめきに近づいていく。


どうやら目的地にたどり着いたらしい。

酷い熱気がそれを知らせてくれた。

私は首に巻いたアフガンストールを外すと、水筒の水をふりかけて、

口元を覆うように巻き直す。

新入りもそれを見て新品のアフガンストールを取り出すと、

同じように水をかけて口元を覆った。

「よし、それでいいんだ」

さて、じっくりと蒸し焼きにされる前に、目当てのものを見つけなければ。

ジリジリと、文字通り焼け付くような暑さの中を、

馬鹿みたいにナットを投げながら進んでいく。

ちょこちょこと後ろをついてくる新入りがなんとも滑稽だ。

あぁ…どういうわけか、今日は妙に冷静じゃないか?

新入りが居ることがいい刺激になっているのか?

時折交わされる馬鹿な会話のおかげか?

わからないが、いい気分だ。

だが、なんだろう、心の底では別の自分が叫んでいる

──ここは私の場所だ!お前なんかの場所じゃない!

おかしな話だ。同じチームだろう?

何を嫌がることがあるんだ?

「ストレロク、どうしたの?何かあった?」

無意識に立ち止まっていたらしい。

熱気とナットを投げるルーチンで気がそれたのか。

「いや…なんでもない…」

すぐにナットを投げて前進を再開する。

「新入り、赤熱した石みたいなものを見つけたら教えてくれ。

そいつが目当ての"焼けた石"だ」

「わかった」


呼吸をするたびに喉や肺が焼けるような感覚がする。

口元を覆ったストールはもうすっかり乾いている。

そろそろ限界か、一度"スチームサウナ"から出ないと死んでしまうかもしれない。

そう考えていた時に、赤く光るそれを見つけた。

新入りに指でさして知らせた後、ゆっくりと方向転換してそれに近づく。

慎重に周囲をナットで確認してから、あと一歩の距離まで近づいた。


「新入り、キャニスターを開けて持ってろ」

「うん」

新入りはキャニスターのハンドルを回して装填部を露出させた。

キャニスターの横に取り付けられた耐熱加工のトングのような物で

"焼けた石"をつかんでキャニスターにセットする。

「よし、そっと押し込んで閉鎖するんだ」

新入りが装填部を押し込むと、自動でロックが掛かる。

「OK。さっさと帰ろう」

"焼けた石"を失った"スチームサウナ"は急速に不安定になる。

なるべく今まで通った道をなぞるように、

"スチームサウナ"の中を走り抜ける。


「走れ!新入り!」

脇目も振らず全力で登り坂まで走る。

背後で"スチームサウナ"が急速に膨張していくのがわかる。

振り切ったはずの熱気が追いついてくる。

「伏せろ!」

地面の凸凹のなるべく低くなっているところに飛び込むようにして伏せる。

新入りもキャニスターを抱きかかえながら飛び込んでくる。

"スチームサウナ"が莫大な熱を周囲に発散し、

爆発のように膨張して空に散らばっていく。

周囲に転がっていた死体は、

あっという間に焼き尽くされて黒い炭のようになっている。

「…生きてるか?新入り」

「…大丈夫…」

「上出来だ。後は帰るだけさ。のんびり行こう…」

私は土を払いながら立ち上がった。



──危険地帯の北西の街

「部長~もう2日だよ~ストレロクたちを探しに行ったほうが良いんじゃないの~」

瓦礫の撤去作業から帰ってきたメガネが言った。

「探しに行ったって死体が増えるだけだろ…」

部長がタバコに火をつけながら言った。

PPはメガネと交代で瓦礫撤去のアルバイトに向かっていて、ここにはいない。

「部長は心配じゃないの~?」

「心配は心配だが、どうしようもねぇだろ、そんなもん」

部長は片耳に無線機のヘッドホンをかけたままメガネの方を振り向く。

汗臭いBMPの兵員室の中では、メガネが作業服を脱いで体を拭いている。

「お風呂に入りたい~」

「ストレロクたちが戻ったらな…あたしだって風呂入ってないんだから…」


突然無線機が鳴った。

「ストレロクだ、仕事は終わった。回収に来てくれ」

「了解だ、なるべくすぐ行くよ」

「えっ、連絡がきたの!?」

「あぁ。メガネ、PPを呼んできてくれ」

そのしばらく後、ストレロクと新入りは無事にBMPと合流し、学校へと帰還した。



──戦略戦術ロケット愛好会 部室

「ごくろうごくろう。いや~これで研究も捗るってものさ…

しかし君たち。私が言うのも何だけど、お風呂は入ったほうがいいよ?」

ロケット愛好会の会長はアーティファクトキャニスターを受け取りながら言った。

「誰のせいで入れなかったと思ってやがる」

部長は不機嫌に言った。

「しかしストレロクくんとエレーナくんはともかく、

どうして君たちまでそんなザマなんだい?」

「部長がバイトさせたからです…」「そうです、部長が悪いんです…」

「ふーん。大変だねぇ…」

会長は興味なさそうに相槌を打つと、キャニスターを壁際に固定した。

「さっさと報酬を払え。こっちも風呂入りてぇんだ」

「報酬!?…そんなものも有ったねぇ…」

会長はすっかり忘れていたという風に、

机の脇に置かれたボストンバッグを部長に投げ渡した。

すかさずメガネがファスナーを開けて確認する。

「お金だ!このバッグの体積なら500万はあるよ!」

「体積で金額わかるの怖…」

「金勘定はメガネに任せて風呂行こうぜ」

バッグをメガネに預けて部長たちは部室から出ていった。

「邪魔だからここで数えないでくれないかな~」

会長が言った。

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