第28話『正規軍』

"大破壊"と呼ばれている大惨事以来、日本海軍は運用可能な艦艇(作戦行動能力が残っているのか怪しいものだ)数隻をひたすら維持するだけの組織となっていた。

諸外国の海軍も似たような状況だったので、島国の日本であっても、海軍の存在価値が急速に低下してしまっていた。


日本陸軍もまた、(海軍よりはマシだが)同じく、限り有る兵器類を維持する事が日々の任務となっていた。

要するに、"来るべき戦いに備え、出動を極力控える"ということだった。

とはいえ、正規軍だけが装備しているM1A1改(西校の一部が装備する初期型のM1戦車よりも装甲と火力が強化されている上に、アーティファクトエンジンに換装されている)や、90式改(同じくアーティファクトエンジン換装型)は最強の地上戦力と言ってよかった。東西冷戦の最前線だったこの地域には、他にも両陣営の装備が配備されていた。


そんな状況の日本陸軍の第3師団には西校・東校の出身者も存在した。

そして彼らもまた、ここ最近の急速な関係悪化に懸念を抱いていた。

年齢も立場も変われば、見える景色も違ってくるものだ。

彼らは母校同士の対立をまったく無駄なものだと考え始めていた。


──国宗大尉の自室

会議以降、なし崩し的に西校と東校の対立問題解決を任された国宗大尉は、武力によって無理矢理にでも対立関係を抑え、強引にでも交渉のテーブルにつかせることでしか解決できないと判断した。

──少なくとも、短期的にはそうだ。

結局のところ正規軍に出来るのは臨時の平和維持軍を組織して、両校の武力衝突を牽制するしか無い。

「せめてもっと協力的ならスムーズに行くんだが…」

国宗大尉の元へ寄越された戦力は、現状ではデモ鎮圧がやっとできるかという程度だった。

戦闘車両は一台もない。

「もっと上にかけ合うしか無いか…」

大尉は椅子から立ち上がり制帽を被り自室を出ていった。


──通信室

「上位部隊を呼び出してくれ。基地司令の許可は取ってある」

部屋に入るなり大尉は言った。

「大尉も熱心ですねぇ」

通信室の士官が冷やかすように言って、無線ブースに案内した。

「今呼び出します」

「頼むよ」

大尉は制帽をブース壁に飛び出ているフックにかけながら言った。


「大尉、出ました。師団長です」

「ありがとう」

大尉は席を変わった。

「師団長閣下、国宗大尉です。ご存知かと思いますが、我が部隊の担当学区に問題が発生しています。

そうです、その二校のことです。

はい、残念ながら現有戦力では不足です。師団から増援を願います…」

長電話の気配を察した士官は、そっと自分の席に戻っていった。

「は、ありがとうございます。師団長閣下」



「首尾よく行きましたか。大尉」

通信が終わったのを確認した士官が言った。

「あぁ、どうにかな」

「では、ここに所属と名前を」

士官は通信室使用者名簿の、一番新しい時刻の隣をペンで叩いた。

「あぁ…」

大尉は所属と名前を、それぞれの欄に書いて士官に返した。

「ありがとうございます。大尉」

「ありがとう、師団から連絡があったら知らせてくれ」


通信室を出て、息を吐いて、窓の外を眺める。

無限に思えるほどの時間が流れたように思えるが、緊張のためだったらしい。

空はまだ青く、勤務時間の終わりはまだまだ先のようだった。

「もう一度、基地司令に会うだけの時間は有るな…」

大尉は今度は基地司令室へ向かって歩き出した。


大尉は更に暫くの間、手勢を揃えるために奔走するのであった。

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