第12話『文化祭 ─新ヒーロー誕生─』

暗い影を落とす様々な事件はあったものの、

東校は今年の文化祭に向けての準備を進めていた。

何割かの生徒にとっては、目の前にうちこむべきイベントが出来たことで

気分転換もできることだろう。


──部室

「文化祭とかだりぃよな。

笹嶋の奴らはまた戦車の展示で済ませるんだろうなぁ」

部室ではイベントの嫌いな部長が愚痴っていた。

「零細部活はこういう時つらいよね~うちもBMPの展示で済ませる?」

メガネが言った。

「長岡たちが一緒にやらないかって言ってきてるんだよな」

「へぇ~」



──総合民間警備部 部室

「ヒーローショー…?」

「えぇ、特撮のDVDを見ていたらとっても面白くって!」

「おい、帰ろうぜ」

部長が吐き捨てて振り向くと、

なぜか乗り気の新入りと目が合った。

「フフフ、さすがはエレーナさま、よくわかってらっしゃるわ」

「まぁ、新入りがやりたいって言うなら良いんじゃない?

私たちは裏方でさ…」

PPが言った。


「これがシナリオですわ!」

分厚い原稿用紙の束を長岡が差し出す。

「もうできてるのか…」


──(長いので前略)──

戦い続ける主人公は次第に周囲から孤立していく…

そして主人公は、彼女の親友が、最後にして最初の怪人だと知る。

絶望の中、彼女の最後の戦いが始まる…


「長い…暗い…」「シリーズ一作分の内容を一話に押し込むな」

「大人の鑑賞にも耐えるシナリオを目指しましたわ!」

「大人向けは暗いっていう固定概念捨てろ」


「さぁ脚本を読み合わせましょう!」

「あたしらの拒否権は?」


──あまりにも長いシナリオに辟易した部長たちは、

クライマックスだけを残して後はボツにした。──


主人公役はやる気のある新入り、

怪人役はアクションシーンの都合でストレロクに決まった。


「そんな、あなたが怪人だったなんて…」

「新入り、演技下手だねぇ」「人選ミスじゃないの」

「演者の気分を削ぐようなことは言わないでくださいまし!」


「楽しかったよ。あんたとの友達ごっこ…」

「ストレロクが言うとなんかマジっぽくて嫌」

PPが言った。

新入りの顔が歪む。

「エレーナさん!素晴らしい表情の演技ですわぁ!」

「いや、あれ本気の顔だと思うんだけど」

「ねぇ、私って皆の中でそういうイメージなの…?」

ストレロクが言った。


「ステージのセットは今部員たちが作ってますわ!

久遠さんには怪人のコスチュームを作っていただきたいと思いますわ。」

「私が?」

「えぇ、メカニカルで格好いいのをお願いしますわ!」

「うへぇー…」

大役を押し付けられてPPはうめき声を上げた。


──二週間後

完成したコスチュームを着てのリハーサルが始まった。


「あなたがお友達だと思っていたそのお人形…

本当の姿を見せて差し上げますわ!

行きなさい!怪人マークワン!」

女王様風のコスチュームを着た長岡が言った。

「なんだその衣装」「子供の癖が歪む」


ストレロクの背負った機械が動き出し、その身体を覆った。

「すげぇ」「久遠さん流石ですわぁ!」

こればかりは誰もが素直に称賛した。


「…行くぞッ!」

PP手製のメカニカルなコスチュームに身を包んだストレロクが吠えた。

「迫真の演技やめろ」「声にドスが効きすぎている」「子供が泣く」

新入りは無言でファイティングポーズをとる。

「新入りもなんでそんなやる気なの」

メガネが言った。

「ヒーロー役にしては言葉少なすぎないか」

部長が言った。

「いえ、絶望し、もはや戦いしか残っていない主人公にぴったりですわ!」

「どうなんだそれは」

「新入りちゃんって割とそういう所あるよね…」


ストレロクと新入りは激しい格闘戦を繰り広げる。

新入りの足払いを、重いスーツを着たままのストレロクが飛び越える。

着地と同時に素早く裏拳を打ち出したストレロクの腕を新入りがガードする。

スーツ自体の重さと可動域の制限から、自然に重々しく非人間的な動きをする

怪人役のストレロクはまったくハマり役だった。


「アクションシーンのキレが良すぎる」

「まぁどっちも本職だしね…」

「良いですわぁ!最高ですわぁ!」

「長岡はもうただの観客になってるし」


一通りのリハーサルが終わって、楽しげな長岡が言った。

「本番では最後にスーツの中で血糊を破裂させて滴り落ちる血を再現しますわ!」

「このヒーローショーってどの層向けなの?」

メガネが言った。

「このくらいしないと血を見慣れてる皆様が納得しませんわ」

「そこは現実的なんだ」


連日の異様に気合の入った文化祭準備と長岡へのツッコミに、

すっかり疲れ果てる部員たちだった。


──食堂

部員たちがいつものようにバイキングの列に並んでいると、

偶然後ろに並んだ藤崎が話しかけてきた。

「佐藤、お前たちはヒーローショーをやるそうだな。

学区内の子どもたちも喜ぶだろう。

うちの高校はどうにも子供向けの出し物が少なくてな…」

「子供にあのショーを?」

部長は言った。

「ん?ヒーローショーなのだろう?」

「そうなんだが…」

「まぁ、普段と違って気恥ずかしさも有るだろうが、頑張ってくれ」

藤崎は上機嫌でバイキングの品を選んでいった…。



──文化祭当日

ショーはつつがなく進行していた。

観客席には近所の子供達や、孤児院からの団体の姿も有る。

藤崎も子どもたちの引率としてやってきていた。


「あなたがお友達だと思っていたそのお人形…

本当の姿を見せて差し上げますわ!

行きなさい!怪人マークワン!」

マントを脱ぎ捨てながら女王様風のコスチュームを着た長岡が言った。

観客席の一部からどよめきが上がり、一部からは下品な野次が飛び、

いくらかの子どもたちの記憶に爪痕を残した。


「そんな、あなたが怪人だったなんて…」

新入りが、いくらか改善されたが抑揚の足りない口調で言った。


「楽しかったよ。あんたとの友達ごっこ…」

ストレロクの背負った機械が動き出し、その身体を覆う。

リハーサル通りの完璧な動作だ。

「…行くぞッ!」

ストレロクが吠える。

先程の長岡ショックを引きずる一部の観客以外からは、

今度は掛け値なしの本物の興奮が湧き上がった。


新入りはショックを受けたように目を背け、

そして、ストレロクをまっすぐに見つめ、ファイティングポーズをとる。


相変わらず異様にキレのいいアクションシーンが続き、

観客は大盛りあがりのうちに、ついに決着した。

新入りのパンチがストレロクのスーツの腹部に入ると同時に、

小道具係のPPが爆竹や血糊のスイッチを入れる。

ストレロクのスーツの背中で爆竹が点火し、

関節部などから血糊が吹き出る。


スーツの内部では予想外の血糊の量に溺れそうになったストレロクが、

とっさにバイザーを叩き割った。

結果、頭部から吐血するように血糊が溢れ出した。


そして、怪人を倒され狼狽する演技をする長岡を、

新入りが押し倒し、その首を締めつける。

本来はパンチのフリをして長岡が舞台袖に引っ込む手筈だったが、

それでは手ぬるいと感じた新入りのアドリブだ。

長岡は演技ではなく本当に失神した。

長岡の首から手を離した新入りは何も言わずに舞台袖へと歩き去っていく。


暗いシナリオと、生の暴力、大量の血糊。

このヒーローショーは藤崎を始めとする数少ない良識的な人間には批判されたが、

こじらせた子どもたちと、偏屈なマニアと、

大多数の倫理観の薄い生徒たちには絶賛された。


──ショーの後

チケット販売係のメガネが売上金を持ってやってきた。

「ただいま~」


「髪の毛も血糊でベトベトだし、だいたいこの血糊の量は何だ!」

ストレロクがPPに抗議している。

「えぇ~長岡に言ってよ~。血糊の量の加減なんてわからないし」

PPが言い訳をする。


「長岡はまだのびてるのか?」

「あ、佐藤さん。水でもかけてみますか?」

総合民間警備部の部員が答えた。


ヒーロー役を演じた新入りはどこか誇らしげだ。

最後のアドリブが残虐すぎると批判されるとは露ほども思っていない。


「なんか藤崎さんや孤児院の人がうるさいのなんのって…、

…誰も私の話聞いてないじゃん…」

舞台裏のカオスはしばらく続きそうだった。


──数日後

「このビデオを売って我が総合民間警備部の名を売りますわよ!」

「えぇ…」「聞いてない」「欲しい」

機械化装甲射撃偵察帰宅部の部員たちの反応は様々だった。


──さらに数日後

「特撮の依頼がたくさん来ましたわ!」

「長岡さん…なにか違うんじゃないでしょうか…?」

「絶対うちら映像研か何かだと思われてますよ…!」

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