第11話『FOCUS』

「フォーカス・アクチュアルより監視中のユニットへ、状況を報告せよ」

「フォーカス1、異状なし」

「2、異状なし」「3、異状なし」

「こちらアクチュアル、了解。そのまま待機しろ」


通信機材の搭載された偽装ワゴン車の中ではフォーカス・チーム

…西校の特殊部隊…の指揮官が、チームメンバーと定時連絡を行っていた。

「隊長、ホテル周辺は今のところ異状なしです」

バンの中で監視カメラをモニターしている生徒が報告する

「本会議場の周辺もクリアーです」

同じく別のカメラをモニターしている生徒が言った。

「よろしい」

フォーカス・アクチュアル…フォーカスチーム指揮官である美城が言った。

「交代が来るまで監視を続けろ」

フォーカスチームは輸送機墜落事件での銃撃戦を教訓に検討され、

東校への爆破テロ事件を契機に、そして今回の会議のために

緊急で編成された部隊だった。

人員は能力面だけでなく、人格面、思想面も徹底的にふるいにかけられた

西校生徒会長直属の特殊部隊で、まだ公にはされていない。

会議が終了すれば一旦解散されるのか、それともいざという時のために

常設されるのかも、まだ定かではなかった。


──明らかに人員不足だな。

美城は思った。

チームメンバーは厳しい選抜を経ただけあり、皆優秀だったが、

明らかに与えられた任務と担当範囲が過大だった。

バックアップ班の人数は二交代制が可能な必要最低限、

フォワードに至っては一個分隊を半数ずつ交代させている始末だった。

非公然特殊部隊であるフォーカスチームは事が起こってからでなければ

他の戦力と協力することも出来ない。

なにしろ、"敵"は校内にも存在するのだ。

迂闊に存在を明かすことは出来ない。

だがそうなると…美城は思った。

果たして、

「頼むから何も起きないでくれよ…」

美城の本心からの言葉だった。



──ホテルのロビー

「そこにあったパンフレットだけど、地図も有るし観光地の説明もあったよ~」

メガネが受付横にある観光パンフレットをいくつか持ってきた。

「ほ~、色々有るな…」

「このカフェいいなぁ…」

「えっ!遊園地がある!?」

機械化装甲射撃偵察帰宅部の面々はパンフレットを見ながら騒いでいる。

その会話内容から西校本校の生徒ではないことは誰の目にも明らかだったが、

どこをどう見ても、"間の悪い時に観光に来たおのぼりさん"という他に表現が見つからない彼らは、すっかり無害な存在として無視と失笑の対象になっていた。

「距離的には…こんなもんか。この丸の中で行きたいところを選んでくれ」

部長が地図にシャープペンシルで円を引いた。

「遊園地は範囲外かー」

PPが不服そうにする。東校学区にある遊園地はすでに廃墟となって久しい。

「どのみち出入りが面倒だから、遊園地は無理だろう」

ストレロクが言った。

「さっきのカフェは範囲内だし。パフェでも食べに行かない?」

「賛成」

「新入りはすっかり甘いものが好きになったねぇ~」



──西校 本会議場

西校と東校双方の護衛部隊に周囲を警戒された本会議場の中で、

三人の代表者が儀礼的な自己紹介をしていた。

西風にしかぜ女子高等学校、生徒会長の嶋倉 秋代です」

「東部第二連邦高等女学校、生徒会長の山城 小夜子です」

そして、対峙する二人の間に立った軍服姿の男性が名乗った。

「日本陸軍の国宗 利伸大尉だ。よろしく頼む」

日本陸軍に調停役として派遣された30代半ばほどの大尉は、

この二人の女子高生に対してどのような態度で接すればいいのか思案した挙げ句、

結局、普段どおりの態度を崩さないことを決めた。

こうして厳かに会議は始まりを告げた…。



──カフェの店内

「凄い!写真撮ろ!」

メガネがスマートフォンで到着したパフェの写真を撮っている。

PPもそれに倣った。

新入りはすでにパフェを食べ始めており、

ストレロクはたっぷりのブラックコーヒーを飲み、

部長は「キャラじゃない」と一度は拒否したが、

誘惑に勝てずに結局注文した可愛らしいスイーツを前に、

気恥ずかしそうにしている。

そういう時に通信機の呼び出し音が鳴ったので、部員一同は渋い顔をした。

「…佐藤だ…」

「藤崎だ、会議が始まったが、ちゃんと近くにいるんだろうな?」

会議場内でボソボソと通話する藤崎の声が聞こえる。

「居る。確認だけならもう切るぞ」

「わかっ…」

最後まで言わせずに部長は通信を切った。

そして仏頂面で目の前のスイーツを食べ始めた。

「空気の読めないやつだ」

ストレロクがマグカップを持ったまま言った。



──西校 本会議場

──まったく、馬鹿げた話じゃないか。

なぜこんな娘たちにこんな大きな責任を押し付けているんだこの世界は。

会議室中央上段の議長席に座る国宗大尉は、

大人顔負けの議論をかわす女子高生たちを眺めながら思った。

どこかのバカが責任を放棄して、高校生に政治を押し付けた挙げ句がこのザマだ。

いくら学校の仲が悪くても、爆弾テロなんか、することはないだろう。


「今回の攻撃が西校の総意ではないとしても、

その責任はあなた方にも取っていただく必要がある」

山城がそう発言した時、会議場の外で爆発音が響いた。


実戦経験のない、または少ない、両校生徒会の生徒たちは、

目を白黒させてあたりを見回す。

──あぁ、なんてこった…。

国宗大尉はとっさに伏せて頭を抱えながら思った。

俺はこれを止めるために来たはずだったんだ…。



──会議場近くの市街地

市街地散策を楽しむ部員たちの空気を、

再びぶち壊しにする無線機の呼び出し音が鳴った。

「チッ…佐藤だ」

「藤崎だ!会議場で爆発音!待機してくれ!」

「なにィ…クソッ、全員仕事だ!

会議場の状況を確認するぞ!」


部員たちはガンケースから銃を取り出して全力疾走で会議場に向かった。

「思ったより大事そうだな、これは」

眼の前の光景にストレロクが言った。

「あたしらの手に負えねぇぞ…」

爆発音の正体は西校強硬派のM60戦車が会議場を砲撃したものらしく、

戦車自体はすでに撃破されているものの、

多数の強硬派生徒が会議場に向けて進撃しつつあった。

悪いことに西校の警護隊にも入り込んだ強硬派が居るらしく、

敵味方がまったくわからない混乱状態だった。

「藤崎、まずい状況だ。警備隊はあちこちで同士討ちをやってるし、

西校のが会議場に向かってる…」

「あぁ、最悪だな」

「今から助けに行くが、逃げるアテは有るのか?」

「……、今のところはない…」



──フォーカスチーム指揮車両

「フォーカス・アクチュアルより全ユニットへ、会議場で戦闘発生。

直ちに出動し……要人を脱出させろ!」

美城は一瞬、なんと命令したものか悩んだ末に、無線機に叫んだ。

「こちらフォーカス1、警備隊同士が撃ち合っている、対応を乞う」

強硬派以外の誰もが恐れていた事態が会議場で起こっていることを、

美城は知った。



「空挺部を援護しつつ前進して、会議場に突入するぞ」

「撃たれないかな」

「こればっかりはな…」

部員たちは空挺部に殺到する西校生徒の背中を狙い撃てる場所に居た。

放置された車両に身を隠しながら西校生徒を銃撃しつつ、会議場に近づいていく。


西校生徒たちが突然の背後からの攻撃に狼狽えて逃げ出したすきに、

部長たちは空挺部と合流した。

「おぉい!協力に感謝する!」

空挺部の隊長らしい生徒が言った。

「東校の佐藤だ!生徒会長たちを脱出させにきた!」

部長が言った。

「佐藤!?そんな格好してるからわからなかったぞ

なんでここに居るんだ!?」

「お前らだけじゃ不安だからって呼ばれたんだよ。

防衛線を縮小して、とにかく会議場への侵入を阻止してくれ」

「わかった、やるだけはやってみるよ!」


「全員、話はついたぞ!会議場に突入して安全を確保する!」

勢いよく会議室の扉が開かれた。

すわ襲撃かと誰もが思ったところに、部長の大声が響き渡った。

「東校の佐藤だ!」

「佐藤!よく来てくれた!」

山城が駆け寄る。

藤崎もその後を追って、言った。

「脱出手段だが、大尉を通じて正規軍と連絡が取れた。

正規軍の駐屯地に入ればひとまずは大丈夫だ」

藤崎はそう言いながら、タブレット端末に地図を表示させた。

その時、部長たちの入って来たのとは別の扉があいた。

「部長!」

ストレロクが素早く反応し銃口を向ける。


「待て!撃つな!こちらは西校の特殊部隊だ!」

よく装備の整った生徒…フォーカス1が叫ぶ。

「そうです彼女たちは私の部下です!」

嶋倉が声を張り上げる。


ストレロクは銃をおろしながら呟いた。

「表で撃ち合ってるのもお前の部下だろ」


フォーカス1は部長のところまで来て話しかけた。

「君たちが東校側の非正規特殊部隊か」

「あたしらは観光に来ただけだよ」

部長は肩をすくめる。

「あたしらは近くの正規軍駐屯地に向かうが、

西校の連中はどうするんだ?」

「皆さんも本校に避難するべきです」

嶋倉が提案してきた。

「今更信用できるか、滑走路にお前らの警備隊が居なけりゃ、

さっさと輸送機で飛んで帰ってるところだ」

部長が言った。

「生徒会長、この状況ではたしかに正規軍に逃げ込むのが、一番確実です」

フォーカス1も同調した。

「はっきり言って生徒会の皆さんも、一旦駐屯地に脱出するべきです」

「…それは、できない。そんな事をすれば生徒会の威信は…」

嶋倉は震える声で言った。

「西校の内輪もめはどうだっていい、協力する気が有るなら、

脱出の手伝いぐらいはしてくれ」

部長がフォーカス1に言った。

「了解だ」


「こちらフォーカス1、東校の特殊部隊と合流した。

今のところ要人は全員無事。ただ脱出先について意見の相違がある」

「こちらアクチュアル。どんな相違だ?」

「…生徒会長は西校本校への脱出を望んでいるが、

東校側と正規軍代表者は正規軍駐屯地へ向かうつもりだ。

政治的要請で、西校生徒会は西校に行く以外の選択肢がないそうだ」

無線機の先でため息が漏れるのが聞こえる。

「こちらアクチュアル、了解した。ゲストは会議場の非常口を使用して脱出させろ。

フォーカス4から6が出口を確保している。

会議場周辺の戦闘も落ち着いてきたが、油断はするな。アクチュアル・アウト」

「非常口が使えるそうだ。我々の仲間が確保している」

フォーカス1が言った。

「クルマか何か使えるか?」

「…我々の乗ってきたバンが有る、すぐに回そう」

「ありがとよ」

「フォーカス4、こちらフォーカス1、我々のバン2台を出口に回してくれ」


「バンを手配してくれるそうだ、この人数ならなんとか乗れるだろう」

部長が振り向いて言った。


「この壁が外れて…向こうが出口になっている」

フォーカス1は会議場に隠された非常脱出口を開けた。

「すまないが同行はできない。こちらの生徒会を避難させないといけないからな」

「面倒ばかりだな。別れの握手でもするか?」

「あぁ、そうさせてくれ」

二人は固く握手をしたが、

「冗談のつもりだったんだが」

部長は肩をすくめて言った。


「さぁ大尉もこちらへ」

山城に促される大尉はなんともバツの悪い表情をしている。

一番年長で、正規軍所属の自分が、

なんの活躍もできなかったことを悔いている様子だった。



狭苦しい通路をストレロクを先頭にして一同は進んだ。

出口は会議室のひっそりとした裏庭に通じていた。

「皆さんご無事で。あの二台の白いバンを使ってください」

フォーカス4がエンジンを掛けたまま駐車している二台のバンを指差す。

「了解」

ストレロクが答える。

「部長、あのバンが使えるそうだ」

「よし先頭の方にあたしとストレロク、生徒会長と大尉だ。PP運転頼む。

後ろの方に新入りと藤崎たちだ、メガネ、運転してくれ」

「了解」「車の運転なんて久しぶりだよ~」


「では、我々はフォーカス1と合流します。お気をつけて」

フォーカス4が言った。

「あいよ」

部長がぞんざいに手をひらひらと振りながら言った。


結局道中は何事もなく、彼女たちは正規軍の駐屯地へたどり着いた。

「止まれ!この先は日本政府軍駐屯地だ!」

衛兵がバンを制止する。

「日本陸軍の国宗大尉だ!緊急事態のため駐屯地への退避をさせてくれ!」

窓から顔を出した大尉が叫び返す。

衛兵が本部に確認を取ると程なくして門が開いた。

「これで一安心か?」

部長が言った。

「そう願いたいね」

大尉が呟いた。


西校内の混乱はどうにか収拾し、

翌日には東校の生徒たちは全員、輸送機に乗って帰校した。

空挺部の何人かは担架の上であり、何人かは死体袋の中だった…。

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