第10話『WEST』

──西風女子高等学校 生徒会会議室

「歯型や顔写真から確認できました。襲撃犯は我が校の生徒です…」

「東校と正規軍から猛抗議が予想されます」

「それどころか、場合によっては全面戦争になります…」

西校の会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

自校の生徒、それもよりによって生徒会役員が、他校の学区で破壊工作を行っていたのだから、当然のことではあった。


穏健派で知られる西校生徒会長は厳しい立場に立たされていた。

折よく東校生徒会長とも上手く協議し、険悪な両校の関係をどうにか小康状態に保っていたのが、ここにきて全て御破算になりつつある。

(次期生徒会長選挙も近いこの時期に…

もし強硬派が生徒会長に就任すれば、全面戦争は避けられない…)


「生徒会長?」

「…すまない、考え事をしていた。

とにかく、誠意ある対応を行い、我々の総意ではないことを示さなくてはならない」


会議室の約半数がさかんに頷き、もう半分は苦い顔や無表情を貫いた。

生徒会長は、満員の会議室で、ただ一つだけ、誰も座っていない生徒会役員の席を苦々しく見つめた。



──部室

部室の中にも容赦なく航空機の轟音が聞こえてくる。

「うるせぇな…」

閉め切ったガレージの中で、部長がうちわを扇ぎながら言った。


西校との関係改善に伴い飛行制限が課されていた戦略航空部は、西校による工場爆破事件以降、その活動を再開していた。


「連中は大喜びさ。今まで飛べなかった分、躍起になって飛ばしてるよ」

ストレロクが雑誌をめくりながら言った。

「気持ちはわかるけどね」

BMPの整備をしながらPPが言った。


「ウチのボスはさて、どうする気なんだろうねぇ…」

部長が天井を眺めながら呟いた。



──東校 生徒会室

「会長、西校が協議のため来て欲しいそうです」

「謝るのに自分から出向く勇気はないと…」

生徒会長はこめかみを押さえながら言った。

「まぁ、向こうの内部の力学も有るんでしょうが、褒められたものではありませんね」

藤崎が言った。

「仕方ない、しかし我々の護衛はどうする?

射撃部は部員を殺されているから、西校に行く護衛には不適格だろう」

「困りましたね…」

「因縁がない訳では無いが、佐藤の部活を加えてはどうだろうか?」

「機械化装甲射撃偵察帰宅部ですか?素行が悪すぎませんか?

そうだ、特殊空挺部ならエリートですし、直接の因縁もありませんよ」

「むぅ」

生徒会長は不満げだったが、結局了承した。

…条件付きで。



──食堂

「結局、生徒会長が西校に行くみたいね~」

「自分たちの不始末で人を呼び出すなんていい気なもんだ」

部員たちが食堂のテーブルに、バイキングのプレートを並べながら雑談をしている。

「新入りが撃ったスナイパー、輸送機の時の部隊長だったらしいよ」

「そうなんだ」

「新入り、そういうの興味ないもんね…」

「しかし、どういうわけか生徒会長が、あたしらに別で西校に来いって言ってきてるんだよな」

「どうして?護衛は特殊空挺部でしょ?」

「あぁ、でも旅費と通行証とホテルは生徒会持ちって言ってるんだ」

「マジ?行こうよ部長、正規の同行じゃないなら観光もできるじゃん!」

「メガネは単純でいいね」

「新入りも言うようになったな…」



──部室

「私にもどういうことかわからないが、会長はお前たちを大いに信頼している。

西校に行くならまともな私服を用意しておけ。制服で行くわけにもいかんだろう」

藤崎が言った。

「これじゃ駄目?」

メガネが「裁きの日は近い」Tシャツを取り出す。

「まともな私服と言ったのが聞こえなかったのか?」

藤崎が吐き捨てる。

「あたしらがフォーマルな私服なんて持ってるわけねぇだろ」

部長がタバコを吹かしながら言う。

「私は持っているぞ」

ストレロクがロングコートとハンチング帽を取り出す。

「ずいぶんマシになったが、西でその格好は浮きそうだな」

「似合うじゃねぇか、ドラマに出てくる探偵みたいでよ」

「とにかく、まともな服を見繕っておくように。

風呂にも入って身ぎれいにしておけ」

藤崎は部室を出ていった。

「あたしらをなんだと思ってるんだ」

部長が言った。

「戦いしか知らない蛮族」

ストレロクが答えた。


そして部室の奥から、自信満々に、猫が目からビームを放つTシャツを着た新入りが現れた。

「センスがメガネと一緒!」

PPが叫んだ。



──服飾制作部

「つーことでなんか適当にいい感じの服よろしく」

部長は言った。

「はぁ。じゃあとりあえずフォーマルなので良いのね?」

服飾制作部の生徒が言った。

「佐藤さんは背が高いから男装も似合うと思うの」

別の服飾制作部生徒が言った。

「早速趣味に走ってない?」

メガネが言った。


「あちこち窮屈なんだが」

フォーマルなスーツとズボンを着た部長が言った。

「既製品で雰囲気の確認だから仕方ないでしょ」

「でも確かに似合ってるし、なんかニッチな需要がありそうだよ部長」

PPが言った。

「夢女子が増えますわ」

メガネが同意した。

「完成品では乳袋もしっかり作るから安心して」

「さっきから何一つ安心できないんだが?」


「ストレロクさんも格好いいのが良いわよね」

「いや、私の服は有る。着慣れない物を着る気はない」

「残念…」


「エレーナさんは素材がいいし、どういう方向性にしようかしら」

「久遠さんは小柄だし可愛いのが良いんじゃないかしら」

「中村さんは…まぁ…適当に…」

服飾制作部の生徒たちが議論している。

「コイツラに頼んだのは間違いだったかもしれねぇ…」

「ねぇ、なんか私の扱い雑じゃない?ねぇ?」

メガネが抗議の声を上げた。


結局PPはパステルカラーのワンピースドレスに決まり。

エレーナは見た目と動きやすさを優先して、白のニットキャミソールにホットパンツのスタイルに決まった。

メガネは…

「私だけ経理の事務員って感じなんですけど!」

「よく似合ってますよ、中村さん」

「"似合ってる"の方向性が皆と別だよね!?」

「中村さんは華がないし…」

「そこをなんとかさぁ!?もっと努力してよ!!」

「フォーマルな格好って話はどこに行ったんだろうな」



──部室

「銃はガンケースに入れろ、銃で東校だとバレる」

部長が言った。

「すぐに出せないから嫌いなんだよな。

コートの下に隠してればよくないか?」

ストレロクが嫌そうに答える。

「まぁ、お前の格好と銃ならそれもできるか」

「私、なんか暗殺の準備してる気分になってきたよ」

「不吉なこと言うなよ…」



──東校最寄り駅

「全員、西校の通行証と武器携行許可証は持ってるな?

いつでも出せるようにしとけ。いくぞ」

部長たちは列車に乗り込んだ。


"西"行きの列車は混んでいたが、満員と言うほどではなく

身なりの良い乗客たちが殆どだった。

部員一行の格好と年齢はその中ですでに浮いていた…。


「メガネぐらい大人しい格好で良かったんじゃないか?」

「私の格好も、ビジネス街以外だと浮くと思うなぁ」

メガネが言った。

「というか、統一感が皆無なんだけど」

「新入りのその格好にチェストリグはないんじゃないか?」

ストレロクが言った。



──生徒会室

「会長、An-74の離陸準備終わりました。空挺部も搭乗済みです」

「わかった、行こう。諸君、留守は任せるぞ」

滑走路へ向かいながら生徒会長が尋ねた。

「佐藤たちはもう出発したのか?」

「鉄路経由で今朝出発したはずです」

「通信機は持っているはずだな?」

「連中が忘れていなければ…」

「そうか」



──西校本校前駅

「はー…」

東校の周囲の閑散とした廃墟の入り混じった街並みとは違い、高層ビルが立ち並び、手入れされた美しい街並みに部長たちは圧倒された。

「西校学区との境界線は廃墟ばっかりだったから、似たようなものだと思ってたけど…これは…」

「あのへんは放棄されたあとなんだなー…」


部長の持っている通信機から呼び出し音が響いた。

「誰だい?」

「藤崎だ。ちゃんと持ってきているな。

これから離陸する。1時間半で到着予定だ」

「待ち合わせは?」

「今夜、ホテルで。

今のところ、お前たちの出番はない」

「了解…」

「ではな」

部長は通信機をしまうと言った。

「よーし、夜まで観光だ!」

「やったー!」



──西校 滑走路

西校の報道部の生徒がカメラに向かって語りかける。

「ただいま東校の生徒会長を乗せた輸送機が滑走路に到着しました。

東校学区内の爆破事件について西校・東校・正規軍の会議は明日からの予定です」

「あっ、タラップを東校の生徒会長が降りてきました!

滑走路付近は厳戒態勢で西校の精鋭部隊に警護され、一般生徒は立入禁止となっています。

東校側の護衛部隊も続々とタラップを降りて整列しています…」



──ホテルの一室

「生徒会長たちは高級ホテルであたしらはビジネスホテルか…」

「当然と言えば当然だな…。

同じホテルならわざわざ別々に移動した意味がない。マークされるからな」

ストレロクが言った。


ドアがノックされる。

「誰だ?」

「お前たちの待っている相手だ」

部長はドアを開けた。ストレロクは油断なくAKを構えている。

「回りくどい奴だ」

ドアを開けて入ってきた顔を確認して部長が言った。

「廊下で聞かれたらどうする」

藤崎が部屋に入るとドアをロックし、ストレロクは銃をおろした。


「明日から正規軍代表も交えて本格的な協議が始まる。

お前たちは正規の護衛部隊が動けない場合のためのバックアップだ」

「連中も正規軍のメンツを潰すような真似はしないだろ」

「どうかな。連中の一部はもう一線を越えている」

「それもそうだ」

「内情を聞く限り、西校の現生徒会はかなりギリギリのバランスで、どうにか穏健派が過半数を占めているに過ぎない。

強硬派を完全に抑えきれる確証はない」

「あたしらにどうしろってんだい」

「何かが起きるまでは観光でもしていろ。すぐに駆けつけられる距離でだ…

それと、西校の"信頼できる"特殊部隊もお前たちと同種の任務を実行中だ。

いざという時には協力しろ」

「西校の連中を信頼しろってか」

「そうだ。それしかない」

藤崎はそれだけ言うと部屋を出ていった。


「相変わらず言いたいことだけ言いやがる」

「他の奴らにもここで説明したほうがいいな、呼んでくるよ」

ストレロクが廊下へ出て他の部員を呼びに行った。


「じゃあ観光は西校の近くだけ?」

メガネが言った。

「そうだ」

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