第9話『因縁』
──
歴史あるお嬢様学校である西校に対して、北日本人民連邦共和国(当時)が当て付けのように国境線の北日本側に設立したという創設経緯からしても、
対立の絶えない学校ではあった。
日本再統一により国境線が消滅した後も対立は続き、
世界が一変し教育機関が事実上の国家機能の一部を担うようになってから、
その溝は完全に埋められないものとなっていた。
学区が事実上の国境線として機能する時代の到来は、
両校を"殺るか殺られるか"の関係にしたのだった──
──東校学区内 工業地帯
「ストレロク~アーティファクト拾いで稼いだんでしょ~
少しぐらいわけてくれてもいいじゃない~」
「私の稼いだ金だ」
「それじゃあアーティファクト拾いに連れてってよ~」
「お前だけは絶対に駄目だ」
「アーティファクト一個で何十万円もするんでしょ?
皆で拾いに行こうよ~」
「死体が増えるだけだ…」
ストレロクが吐き捨てる。
アーティファクトの市場価格を聞いたメガネは、
とうとうアーティファクト拾いに興味を持ったようだ。
「メガネ、静かにしろ。パトロール中だぞ」
部長がたしなめる。
彼女たちは、治安パトロールの依頼を受けて
東校学区内の工業地帯を移動中だった…。
──しばらく前 東校 大会議室
「ここ数週間、我が学区内の工場や倉庫の爆破事件が相次いでいる。
これは当然、我が校の戦略上において由々しき緊急事態だ」
生徒会長が壇上から、
会議室に集まったPMC系部活動の代表者たちに向かって説明する。
「各部活は重要性の低い依頼を中止し、
工場地帯と物資集積所の治安パトロールを行ってもらいたい」
「依頼を中止?」「報酬はどうなる」「無期限のパトロール任務は非現実的だ」
聴衆から次々に不満や質問が飛ぶ。
「諸君らの不満は当然のことだが、
このままでは遅かれ早かれ諸君らへの物資補給も止まる。
パトロールはそうなってからでも遅くはないとでもいうつもりか?」
「しかし、我々のパトロールだけで全てのテロを阻止するのは不可能だ」
代表者の一人がなおも声を上げる。
「無論だ。この兵站インフラに依存しているのは正規軍も同じだ、
近いうちに正規軍による介入がある。
だがそれまでは、我々が守らなくてはならないということだ」
「佐藤よ、どう思う?西校だと思うか?」
笹嶋が部長に話しかける。
「さぁな、西校だとしても正規軍と事を構えたくはないはずだが」
隣で話を聞いていた女子生徒が話に入ってきた
「反体制派やスラムの貧乏人、過激派、いくらでも容疑者は居る」
「古風だね、反体制派だなんて」
部長が言った。
「反対する体制なんかどこにあるっていうんだ?」
「ここさ、確かに今じゃ国なんて存在しないも同じだが、
それなら学区は一つの国と同じだ」
「そのうちこの校舎も吹き飛ぶかもな」
「諸君。私語は慎め」
騒がしくなってきた会議室で生徒会長が厳かに言った。
「誰か建設的な提案が浮かんだ者はいるか?」
「提案ではないが、質問がいくつかある」
「よろしい、言ってみてくれ」
「各部活の配置はどうなるのか?」
「それはまさにこれから決めることだ。
まずは現状を諸君らに知って貰う必要がある」
「生徒会長、私にも質問があります」
先程部長に話しかけた生徒が手を挙げる。
「ふむ、なんだ?」
「今回のテロは我が校への攻撃だと考えます、
本校の防衛戦力はどうするのか?
各部活が全て警備に出動するのなら、
本校防衛戦力が完全に分散することになる」
再び会議室が騒がしくなる。
笹嶋が部長に囁きかけた。
「おい、佐藤、そんな事をするのはやっぱり西校に違いないぜ」
「だからって西校と殴り合うつもりか?」
お互いの戦力差を冷静に見極めれば、
とてもそんなことは出来ないと部長は思っていた。
「真相がどうにせよ、正規軍を味方につけなけりゃ、勝ち目はねぇ」
部長は笹嶋に答えた。
「本校の防衛は生徒会が直接実施する、必要であれば生徒の総動員も発令する」
生徒会長は最悪の場合の想定をこともなげに語った…。
──東校学区内 工業地帯
「部長もピリピリし過ぎだって」
メガネが言った。
「お前が脳天気すぎるんだ…」
ストレロクが言った。
「PP、そろそろ他の部活の担当範囲か?」
部長が尋ねる。
「そうね。隣は射撃部の第3班が担当みたい」
「射撃部か、新入り、会って大丈夫か?」
「私は大丈夫」
「…たしかに、お前は大丈夫だろうな」
部長は一人で納得したように言った。
「一応会って情報交換をしたいところだが、まだ来てないのか」
部長がタバコに火をつけながら言った。
「部長、静かすぎる気がする」
新入りが言った。
部長は吸い始めたばかりのタバコを投げ捨てると、
散開して遮蔽物に隠れるように指示した。
「大声をやめてインカムをオンにしろ。連中の話し声一つしないのはたしかに妙だ」
「銃声はなかったけど」
メガネが言った。
「お互いに死角をカバーしつつ前進する。第3班の担当ルートを逆にたどるぞ。
連中がグズグズしてるだけならぶん殴ってやる」
部長は、内心ではもうそんな甘い状況ではないと思いつつあった。
第3班の担当ルートの半分を過ぎたところでストレロクが報告した
「くそっ。部長、死体だ。うちの制服を着て、物陰に隠されてる。
死因はおそらくナイフだな。首もとからに血のシミが見える。
トラップがあるかもしれないから、これ以上近づかないでおく」
「了解。PP、一番近い重要目標は何だ?」
「この東の工場が砲弾の工場で…
…多分爆破されたらこの辺一帯が吹き飛ぶよ」
「PP、司令部に死体発見と工場爆破の可能性を報告してくれ。
全員、砲弾工場に向かうぞ」
──砲弾工場敷地内
「設置はまだなのか」
東校の制服を着てSVU狙撃銃を持った女子生徒が別の女子生徒を急かす。
「私達まで吹き飛んでいいならすぐですよ?」
「冗談を言ってる場合か」
「いいじゃないですか。東校の連中なんていい加減なんですから、
パトロールなのに定時連絡もしてないんですよ?」
そこへ、後ろから別の女子生徒が近づいてきて言った。
「しかし、手早くやるべきなのは、そこの新入りの言うとおりだ。
敵を過小評価するのはよくない癖だぞ、石之」
西校の対東校強硬派リーダーの坂本が、爆弾を設置する女子生徒を諭す。
「新入り扱いはやめろ、私は元生徒会直属の…」
「
それに、それをいうなら私は現役の生徒会役員じゃないか。
さぁ、周囲を警戒してくれ。ここまできてつまらん失敗はしたくない」
SVUを持った女子生徒──小冷はムッとした顔でその場を立ち去った。
「すぐ熱くなる、バカなやつだよお前は。
だから大会の時も、輸送機の時も失敗したんだ」
坂本は、小冷に聞こえないように小声でささやく。
石之がクスクスと笑った。
「工場の様子はどうだ?」
部長がそっと囁く。
「見る限り異常はない、部長」
隠れながら様子をうかがうストレロクが答える。
「PP、本部からはなにか言われたか?」
部長は、通信を終えて合流したPPに確認する。
「近くの部活をこっちに回して、離れてる方は避難するって」
「合理的と言えばそうなんだが、聞かないほうが良かったかもな」
顎を撫でながら部長が言った。
「部長、妙だ、工場の横にうちの生徒がいる」
「うちの生徒が?」
「陰の方でコソコソなにかやってる様子だ。三人ほど見張りがいる」
「爆弾魔を見つけたかな?」
「私もそう思う」
「全員準備しろ、新入りは合図をしたら見張りを狙撃しろ、
私とストレロクとメガネが奥の奴を捕まえる。PPは新入りのカバーだ」
「了解」「了解」「了解」「了解」
遮蔽物に隠れながら部長たちが相手に近づいていく。
新入りはSVUを構えて見張りの一人に狙いをつけた。
「PP、部長が合図したら教えて」
新入りがPPに言った。
「任せて」
PPが答えた。
壁に張り付き突入準備を整えた部長が、新入りたちの方に向かって
大きく手を振り、そして親指を立てた拳を敵の方に向けた。
「新入り、合図よ!」
「了解」
乾いた銃声が響き見張りの一人が倒れる。
「GOだ、GO!」
部長たちがAKを撃ちながら敷地内に突入する。
「なんだ!?敵か!?」
「坂本さん!一人殺られ…」
報告しようとした生徒が背中に銃撃を受けて倒れる。
「坂本さん、設置完了です!早く逃げましょう!」
「小冷のバカはどこだ!?」
石之と坂本は敷地から素早く脱出していった。
「新入り!二人逃げた!あの二人を撃て!」
部長がインカムに叫ぶ。
「駄目!スナイパーに制圧されてる!」
PPが応答した。
「部長、どっちを優先する!?」
ストレロクが生き残りの見張りに制圧射撃をしながら言った。
「……、新入りなら大丈夫だ。逃げたやつを追うぞ!
メガネ、制圧射撃を変われ。あたしとストレロクで相手を追う!」
「了解!」
「ここに来るのがまさかお前だとはな、今度は本気で行くぞ…」
小冷は空き工場の二階の窓から新入りたちを狙撃していた。
──墜落輸送機の一件から生徒会直属部隊を追放された小冷は、
坂本の対東校強硬派グループへ入り、復讐の時を待っていたのだった。
「しかし、なんて精度の悪い銃なんだ」
東校生徒への偽装のために急遽用意したSVUは、小冷の期待する通りの性能を発揮していなかった。銃自体の設計運用思想もさておき、十分な慣熟訓練と調整を行っていないことも原因だった。
お陰で最初の一発で仕留められるはずだった新入りは、
被弾する前に隠れることに成功した。
「PP、狙撃手の位置は!?」
「わからない!」
新入りはそっと頭を出して狙撃手の位置を探ろうとするが、
頭を上げるだけで銃撃を受ける。
完全に位置をマークされていることは明らかだった。
新入りが思いついてインカムに呼びかけた。
「メガネ、狙撃手を排除するか、せめて注意をそらせない?」
物陰に隠れていた見張りを排除した部長たちは
逃げた二人の生徒を追おうとしているところだった。
「メガネ、新入りを援護してこい。
追うのはあたしたちで大丈夫だ」
通信を聞いた部長が指示した。
「了解!
新入り、援護する。狙撃手の位置は」
「こちらから見て、おそらく2時方向」
「りょーかい!」
メガネは部長たちと別れて工場群へと向かった。
「さて、逃げたやつをさっさと捕まえるよ」
「了解だ」
坂本は緊急脱出のために無線でヘリを呼び、
発煙筒を広場に投げ落とした。
「小冷はまだ生きているようだが、工場の銃声が止んだ…
追手が来るぞ。準備しろ」
「私の専門は工兵なんですけどねぇ…」
石之は不慣れな様子でAKS-74Uを手に取り、ストックを展開しようとする。
「あっ…」
石之が呻いたかと思うと、その場に倒れ込んだ。
部長がAKを構えて言った。
「スナイパーの方もじきに片がつく。
もうお前一人だ。…銃を捨てろ」
背後のストレロクのAKからは硝煙が立ち昇っている。
「…」
坂本は、倒れた石之にちらりと目をやった。
胸に空いた穴からゴボゴボという不愉快な音が鳴っている、
援護も爆弾の起爆も期待できそうにない。
坂本は肩をすくめると、
手に持ったAKをほとんど狙いもつけずにフルオートで撃った。
ストレロクが反射的に発砲する。
部長の制止は間に合わなかった。
上空から接近しつつあったヘリはどこかへ飛び去っていった…。
「わざと撃たせたんだ、捕虜にならないために」
部長が言った。
「…くそっ」
ストレロクは舌打ちした。
坂本は即死だった。
「新入り、狙撃手を見つけた!」
メガネが小冷の居る空き工場に突入する。
物音に気づいた小冷が振り向いた…
その瞬間、
新入りのSVUから放たれた7.62mm弾が小冷の後頭部へ命中した。
「うわっ」
メガネの目の前で人体の頭部が炸裂した。
「新入りちゃん、良い腕だけど、グロいわー」
「グロい…?」
新入りは困惑した。
「メガネ、狙撃手を生け捕りにできるか?」
インカムから部長の声が聞こえた。
「え~?いや~、ちょっと無理ですね~」
メガネが答えた。
──しばらく後 砲弾工場敷地内
「信管の解除完了。もう安全です」
東校の工兵科生徒が報告する。
「本部へ、藤崎です。爆弾の解除終了しました」
「ご苦労、引き続き事後処理にあたってくれ」
「了解です」
広域無線で通話する藤崎を見ながら部長が言った。
「あいつも大変だな」
「こっちに歩いてくるぞ」「なんか嫌な予感がする」
ストレロクとPPが怪訝な顔で、歩いてくる藤崎を見ている。
「ご苦労だった。帰って報告書を作成、提出してくれ。明日までにだ」
「…あたしらが?明日までに?」
「そうだ。全員がそれぞれ報告書を出せ、
食い違っている部分があれば詳しく聞くし、
そうでなくても生徒会で証言してもらう」
新入り以外の部員が、げんなりとして肩を落とした。
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