第8話『トレーニング・デイ』
様々な障害物を配置されたトレーニングコースの周囲を、
野戦服姿の女子生徒たちが掛け声を出しながら走っている。
AK小銃を両手で高く掲げてのランニングは、
傭兵の"アルバイト"をしている生徒ならまだしも
普通の生徒にはまったく荷が重いものだが、
2年生ともなると体力も付きどうにかいくらかの生徒たちは及第点を取れていた。
もっとも文化系の生徒たちはウォーミングアップだけですっかり疲れ果てて
校庭の地面に転がって大きく息をしている。
部長とストレロクは難なくランニングを終えて、障害物コースへと向かっていくが
メガネは給水休憩を実施し、PPは「もう一生分の運動した」という顔で荒く息をしている。
──正規軍から出向している教官は、
生徒各自が思い思いのペースで訓練に参加することを許可していた。
はじめは正規軍並みのトレーニングを課していたが、数年の勤続を経て、
まったく実現不可能なことだとはっきり悟ったのだった。
今では当人がそれなりに取り組んでいればそれでよしとすることになっている。
もちろん成績表には達成順に良い点がつくのだが、
採点している当人でさえも、いまや成績表に大した意味がないことはわかっていた。
「メガネはもうちょっと鍛えておかないといつかボロが出るかもな」
「基礎体力だけは無いと話にならないからな」
部長とストレロクが会話しながら障害物コースを進んでいる。
「しかしPPをどうにかしないと…」
「あいついつも、BMPに乗ってるからな…」
二人は小銃を片手に、背の低い障害物を次々に乗り越えていく。
「教官も丸くなったもんだよ」
「まぁ、正規軍と同じトレーニングを女子にやらせるってのが無理ってもんだろ。
あたしらみたいな傭兵はともかく、さ」
「メガネ!PP!体育の時間いっぱいランニングぐらいはやってろよ!」
いつまでも休憩から戻らないメガネとPPに部長が叫ぶ。
「あたしらは傭兵なんだからな…」
部長が呟いた。
「まったくだ。歩けなくなった兵隊は死ぬだけさ」
ストレロクが言った。
そうして二人は障害物コースを再開した。
──食堂
「もう無理…死ぬ…」
体育の時間が終わり、メガネがしゃがれた声で絞り出す。
「メガネ、歩けなくなった時が死ぬ時だ」
「ストレロク、今そういうの良いから…」
食堂のバイキングに並びながらストレロクの正論を聞かされるメガネだった。
「おい、PPの分の飯を運んでやってくれ。立つのもやっとだぞこいつ」
部長がPPを片手で支え、もう片手でバイキングのプレートを持ちながら言う。
「これは二人共、部活で鍛えないとな」
ストレロクが言った。
「え゛!」
メガネは驚愕し、PPには何も聞こえていなかった。
──放課後 部室
「というわけで、メガネとPPの体力向上大作戦~」
部長がやる気のないイントネーションで言った。
「戦場で生死を別けるのは人より長く走れるか、人より長く歩けるかだ」
ストレロクが言った。
「…」「…」
文字通り生死に直結することを知ってはいるメガネとPPは迂闊に抗議もできない。
場合によっては自分が足を引っ張ることで、
チーム全員が死ぬことになるというのも理解はしているのだ。
「お前たちはそれを知らないわけじゃない。だが本気を出せていない」
「いえ、本気です…」
メガネがそっと抗議した。
「新入りに追いつかれたら新入りに殴られるという練習方法でどうだろう」
ストレロクが言った。
「新入り、頼めるか?」
部長が言った。
「わかった」
「わからないで!?」
メガネが今度は大声で抗議する。
「このくらいやらないとお前本気出さねぇからな」
部長がタバコを咥えながら言った。
「PPは、ノルマ達成までクルマ禁止」
ストレロクが言った。
「えっ」
「登下校も全員歩きだ。私達だけがいい思いはしないよ」
「そんな歩み寄りましたみたいに言われても…」
「でもPP殴ったら死にそうだし…」
視線を横に向けると新入りがパンチの素振りでウォーミングアップをしていた。
「あの、新入りさん…どこまで本気なんでしょうか…」
メガネが恐る恐る尋ねる。
「安心して。本気でやるから」
新入りは質問の意味を明らかに取り違えていた。
「そもそも新入りさんのほうが足が速いですよね、
私って走る事もできずにサンドバッグにされてしまうのでは…?」
「それが嫌なら走るんだな」
ストレロクが言った。
「走っても追いつかれるって話をしていますよ?」
「走るしか無いよ」
「そんな…」
ホームで急速にアウェーになりつつあるメガネだった。
「冗談はさておき、とりあえず殴るのは無しだ」
ウォーミングアップする新入りを制止しながら部長が言った。
「ですよね」
「でもお前は走るんだよ」
部長は無情に言った。
「基礎訓練に楽で効率のいい方法なんてものはない」
野戦服姿のストレロクが言った。
「適切な強度で訓練を繰り返す。これ以外に道はない」
「適切な強度。良いですよね。私大好きです」
メガネが言った。
ストレロクが真顔でメガネを睨みつける。
メガネはもう何も言えなかった。
「とにかく限界まで走れ。休憩、終了のタイミングはこちらが指示する」
「はい…」「えぇ…」
「無心で走り続けろ、それが出来なければ死ぬ」
「"危険地帯"から帰ってきてから、なんか当たり強くない?」「わかる…」
「…久しぶりにソロで戦って感覚を取り戻したからな。
全員がソロでも生き残れるようにしておきたい」
「新入り、二人が休まないように後ろから追いかけろ」
「わかった」
「殴らなくて良い」
ストレロクは念を押した。
三人が走り出したのを見届けると、
ストレロクは部長の隣に腰を下ろした。
「久しぶりの危険地帯はどうだった?」
部長が言った。
「最悪だ、後少しで死ぬところだったよ」
「いつものことじゃないか」
「そうだな、いつものことだ」
二人は校庭を走るPPと、メガネと、それに新入りを眺めている。
早くもPPが脱落しようとしており、
新入りはどちらに追従するべきか悩んでいるようだ。
プレッシャーの薄れたメガネの走る速度も落ちてきた。
「新入り!メガネの方につけ!PPは私が追う!」
ストレロクはそう叫ぶと、結局校庭へ駆け出した。
「新入りちゃん!ちょっとペースを落としてもいいかな!?」
メガネが走りながら叫ぶ。
新入りは無言で背後を走っている。
「新入りちゃん!?」
今度は無言で新入りの拳が風切り音とともに繰り出される。
メガネの後ろ髪が風圧で揺れる。
「新入りさん!?」
「走れ」
「はい!」
メガネは全力疾走体制に入った。
「PP、足動かせ!当分クルマ抜きだぞ!」
「嫌だぁ~クルマ抜きは嫌だ~」
PPがヨロヨロと走る。完全にスタミナ切れだ。
「くそっ、私が担いだほうがまだはやいぞ…」
ストレロクが舌打ちする。
「よぉ佐藤、今度は本当に体育祭の練習か?」
笹嶋が部室の前にやってきて言った。
「今日の体育見たらストレロクがやる気出しちまってよ」
「あたしも走るのは嫌だね、膝に来るんだよ」
「お前のは太り過ぎだ。それより何か用があるんじゃないのか?」
「いや?珍しいことやってるから見に来ただけだ」
「暇だねぇ…」
「あぁそうさ、またでかい仕事が有れば誘ってくれ。じゃあな」
笹嶋は自分の部室に帰っていった。
「なんだ、バイト探しか。あいつも大変だねぇ」
部長はひとりごちた。
限界を迎えたメガネが大の字になって校庭に転がり、
PPはストレロクに引きずられながら部室前に連れてこられた。
「これを一日置きに繰り返す。じきにマシになるだろう」
ストレロクが言った。
「ふぁい」
メガネが返事をした。
「PPはこれ大丈夫か?」
スポーツドリンクを手渡しながら部長が言った。
「生きてる」
ストレロクはそういうと手渡されたドリンクを一口飲んで、
PPにもたっぷり飲ませる。
「新入りは…、なんか変なスイッチが入ってるな…」
何故かシャドーボクシングを繰り返す新入りの姿があった。
「アイツのことは、未だによくわからん」
ストレロクがドリンクをもう一口のんだ。
「あの…私にも飲み物くれませんか…?」
メガネが倒れたまま言った…
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