叫んで五月雨、金の雨。
川谷パルテノン
雨
降ったり止んだり、そしてまた降ったり。はっきりとしない天候はそのまま自分に重なった。停めた車の中から見る景色は灰色の空に相まって胸をざわつかせた。気づけば大人に仲間入りしていた僕は準備不足で自分にさえ責任が取れないでいた。学生だった頃の甘えたプライドを見事に打ち砕かれ、自らの無能さを思い知る時、僕が選んだ道は逃走だった。会社から何度も電話がかかっているのを全て無視して、いったい何をやっているのか焦燥と後悔は幾重にも問いかけたが答えのないままここがどこかもわからないまま。ハンドルに手を置いて額でコンコンと小突く。馬鹿野郎、ふざけるな、罵倒が蘇る。静かな河川敷の土手沿いに響く耳鳴りで発狂しそうだ。クラクションがプッと鳴った。
「うぁあああああ!」
叫んでもひとり。何も変わらない。雨がまた降り出した。
僕は傘を持ってないことに気づく。それなのに車外に出ていた。不甲斐なさから溢れた泣き言を雨に洗い流してほしかった。咥えたタバコはずぶ濡れで壊れたブリキのように何度もライターを着火させようとして出来ないならやりますなんて言うなとまた声が聞こえた。川の流れは幾分か勢いを増す。今なら、刹那に死の香り。僕は詩人になった気分でこれは与えられたチャンスなのだと感じた。そんな僕の前を人影が通り過ぎた。それは僕なんて見えないようにそのまま土手を下り川べりへと近づいていく。制服姿の女の子。傘もささずにずぶ濡れだ。それは僕も同じか。待てよ、キミ。早まるなって。エラソーに言った言葉は雨音にかき消されるほどか細かった。
「ちょと待て! ちょと待て! お兄さん! ラッスンゴレライなんですの!?」
……は? 彼女は川に向かって唐突に叫んだ。何やってんだ。
「安心してください! 履いてますよ!」
おい。おいおいおい! 何やってんだ!
「でもそんなの関係ねえ! でもそんなの関係ねえ! はい! 大好っきーーッ!」
わかんねえわかんねえ! なんかアレンジもある!
「ピカソより 普通に タカハシくんが好きーーーーッ! もはやラッセンより〜 普通に タカハシくんが好きーーーーッ!」
僕は雨よりも速いスピードで落涙した。曇り空なのに眩しい。目の前で青春が叫んでいる。僕は、僕は。
「ねえ、キミ?」
「え、なんですか?」
「何 やってるのかな?」
「ワイルドだろぉ?」
「えっとその 傘。僕もないんだけど、その風邪ひいちゃうよ」
「ちっちゃいことは気にすんな それワカチコワカチコ〜ォ」
「……ありがとう なんか元気でたよ」
「イェーーーッィ ジャアスティース! はい ひょっこりはん」
「本当にありがとう タカハシくんとうまくいくといいね」
「ありがとう オリゴ糖」
「僕、なんだか……タカハシくんより普通にキミのことが好きーーーーッ なんちゃって……」
沈黙。調子に乗ってしまった。せっかく励まされたのに。僕って奴は。彼女は徐に僕の方へと近づいて一瞬ニヤッと笑った。
「……ダメーーーーッ!!」
頭のてっぺんに世界で一番さわやかな衝撃が走った。
叫んで五月雨、金の雨。 川谷パルテノン @pefnk
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