第4話 調査スタッフ顔合わせ

 一般人なら中々口にする機会の無い高級料理に酒の力も追加されて気分が昂った2人ではあるが流石に仕事を忘れるほどではない。

 夕食を堪能しデザートに口を付けているとスーツ姿の男2人がナンパ目的で声を掛けて来たがカオルが辛辣に撃退した。中身が男だけあって男が嫌がる言葉は心得ている。表面的には穏便に対応したが酔いなど冷めた男たちは逃げるように自室に戻っていった。


 そんな男たちの背中を肴に2人は遊戯車両でダーツに興じていた。酔って力加減が怪しいが流石にダーツ盤を破壊するようなことは無い。

 カオルよりもスミレの方が器用なのか点差は小さいが確実にスミレの方が上だ。


 遊戯車両の端の席とダーツ盤を借りており2人の最寄りのカウンターにはバーテンダー兼お目付け役がグラスを拭いている。

 2人のことを考慮して都庁からは女の職員が派遣された。


「カオルさん、スミレさん。事件の詳細はご存じですか?」

「報告書に書いてあることだけは」

「笹貫さんは被害者たちの詳細な行動はご存じですか?」


 スミレが笹貫と呼んだ女バーテンダーは長いだろう髪を団子にして後頭部に束ねている。飲食の仕事のための配慮だろう。


「報告書以上の行動は調査機関でも把握できていません。監視カメラも最低限なので聞き取り調査と車両間の扉に付けられたセンサからの予測になります」

「なるほど。だから報告書でも部屋を出た時刻より車両間の移動の時刻が正確だったのか」

「はい。深夜ですから流石に同行者の時間感覚は曖昧ですが、機械に時間は関係ありませんから」

「そして、行方不明者はその時刻から別の使用者が扉を使用した時刻の間に行方不明になる、ですか」

「はい。行方不明事件が起きるのは決まって被害者が1人だけになる車両です」


 笹貫がグラスを2つ用意してシェイカーで混ぜたオレンジ色の飲料を注ぐ。パイナップル、オレンジ、アップルのノンアルコールカクテルだ。

 自分の番が終わってカウンター席に戻ったカオルが口を付ける。笹貫に背中を向けてカウンターに寄り掛かり両肘をカウンターに乗せる姿に女性らしさはない。


……へぇ、三咲先輩が言ってた通り本当に男なんだ。


 カオルが男だと言うことを都庁側は把握している。

 当然、笹貫も三咲から聞いて把握しているが未帰還者同士でもリアルの話はタブーだ。

 公表するかどうかは個人の裁量に任されておりカオルは特に隠していない。しかし周囲が信じていない為に女だと思われ続けている。

 それを都庁側の人間が認めてしまえば恐らく面倒な事態になるだろう。


『裏切ったな』『女だと思っていたのに』『男だから』


 本人がどう言うかなど関係無く周囲から理不尽な反応が発生する可能性はある。

 なので基本的に都庁側の人間はカオルの性別について何も発言しない。

 それがカオルの身を守ることになると分かっているからだ。


 スミレも自分のダーツに集中しているとはいえカオルの恰好は見ている。

 今までも何度もカオルの男ぽい姿は見ているし、同じ女と考えると可笑しい態度のことは何度もあった。


 だから今のカオルの姿にも何も言わないし、男を自称することにも何も言わない。

 スミレとしてはカオルが女の方が今まで通りに付き合えて気楽だが、カオルの主張をずっと自衛用の冗談だと信じなかったのは自分だ。


……私は偶々カオルさんが男でも問題無い程度の付き合いが有りますが、カオルさん本人と接点が無い人からしたら経歴詐称の芸能人のような扱いが始まるでしょうね。


 そんなことを考えながらダーツを投擲。狙いは20のトリプルだが、少し下がり20点に刺さる。手番の3投全て20点、あまり集中は出来ていない。


「うっわ、何で1点とかに刺さらないんですか?」

「ふふ、慣れでしょうか」


 カオルも狙いは20点のトリプルだが少し右に逸れて1点に当ててしまう時がある。そのポイント差が2人の得点差に響いている。

 20点、1点のトリプル、20点

 カオルの3投の結果、また少しスミレがリードを広げる。


 同年代の友人同士によるダーツ勝負、その経過を笹貫は穏やかな笑みで眺めながらスミレがオーダーしたコーンスープを用意する。

 軽く口を付けて細い息を吐くスミレは未帰還者特有の美貌も相まって露出の無い服装なのに煽情的だ。


……美人は得って本当ですよねぇ。


 少しの嫉妬と憧れを感じつつ笹貫はスープやカクテルを用意するのに使用した食器を洗う。


「あと30分で事件が確認された最初の時間ですか」

「それじゃ、そろそろ行こうかな」

「笹貫さんはどうされるのかしら?」

「私はここで待機します。大丈夫、常に2人で居りますから」


 そう言って笹貫は視線でカウンターの端を示すと別のバーテンダーがグラスを拭いている。男バーテンダーも視線で示されたのを察して生真面目そうな顔で軽く会釈した。


「なるほど、被害者は車両の中で1人になるタイミングで失踪している。2人なら大丈夫って?」

「護身用の装備を持っているのでしょうか?」

「はい。時間稼ぎ程度なら」


 そう言って笹貫と男バーテンダーがそれぞれ懐から警報ボタンを取り出し、笹貫だけが試すように押した。

 その信号に反応してカオルとスミレのスマートウォッチが振動しディスプレイに『都庁スタッフ』と表示される。


「なるほど」

「私たちの身に何かあった際には直ぐに連絡します。それを合図に御2人には現場判断して頂ければと思います」

「助けて欲しいとは仰らないんですか?」

「御2人の仕事の達成が優先です。私たちを囮にモンスターが討伐されるなら、そちらが優先です」

「都庁の職員が命懸けてモンスター討伐しなくて良いだろうに」

「私たちは都庁の職員ではありません。都庁に勤務している自衛隊の隊員です」


「自衛隊て、え、本当ですか?」

「はい。先日の高校の調査の一環で多少武装した程度では役不足だと判断されたのでしょう。私たちの装備も隔離都市で研究された物ですよ」

「いずれモンスターに有効な装備が社会に浸透すれば未帰還者は社会に復帰できる道を整えられるかもしれないのになぁ」

「ふふ、他にも様々な課題は有るでしょうけど1つの課題ですね」


 穏やかな笑みを深くしたスミレに同調するようにカオルは小さく頷き、笹貫は小さく笑みを浮かべながら警報ボタンを仕舞った。


「じゃ、見回りに行きましょうか」

「はい。笹貫さん、お気をつけて」

「ありがとうございます。御2人もお気をつけて」


 小さく会釈する笹貫に合わせて2人も軽い身振りで挨拶し、まずは先頭車両へ向けて歩き出す。

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