第3話 列車内視察

 タラップの引戸をスライドさせて車両の中に入れば外観通り伝統的な木製の壁にフカフカの絨毯の廊下が続き、壁には3部屋分の扉と男女別のトイレの扉が並んでいる。


 2部屋は客室で1部屋はシャワー室だ。

 手前がシャワー室の扉だったので興味本位で扉を開いてみれば広い洗面所になっており身嗜みを整えるのに困らないようになっている。恐らく廊下で他の乗客に下手な姿を見せなくて済むようにだろう。

 この辺は伝統的な寝台特急を使用したことが無い2人には一般的なのか日本特有なのか分からない。


 ただ、今回はどうせ自分たちに意外にこの車両に乗客は居ない。スタッフも基本的に来ない。

 多少はリラックスした格好でも良いかもしれないと2人とも考えて、直ぐに止めておこうと思い直す。流石に防犯用の監視カメラが廊下に設置されているし完全な部屋着になる気分にはならない。


 チケットに記された部屋は402号室。

 8両編成の1両目が機関車、2両目が食堂車、3両目と4両目が客室、5両目が遊戯車両、6両目から8両目が客室になっている。


 2人の402号室は4両目の2部屋目ということだ。遊戯車両や食堂車に行きたい他の乗客が廊下を通ることもあるだろう。あまりリラックスした姿で廊下に居るのは控えた方が良い。


「全く、何で部屋が空いてるのに同室なんですかね」

「チケットは実は相当前に確保されていたみたいです。どんなペアだったのかは、まあ言わない方が良いでしょうね」

「そんな前から計画してたって、世論に負けて実利を取れなかったんですかね?」


 ふとした疑問を呟きながら部屋に向かうカオルにスミレが続く。

 引戸を開けば車両の大きさに見合った洋室にベッドが2つ置かれている。広い机も2つ設置されており1晩過ごすには充分な設備だ。


 各々の荷物を別々の机の下に置いて2人とも上着を脱いでカオルはポールハンガーにジャケットを引っ掛け、スミレはコートをハンガーに掛けて皺にならないよう手で伸ばす。


 性格の差が出ているがどちらも見た目と行動のイメージにギャップはない。

 入口の横に小さな開閉式の棚がありカオルが試しに開けば小型の冷蔵庫が有り飲み物が入っている。缶によってスリットのスイッチが閉じられており、缶を取れば分かるようになっている。扉の裏にメニュー表が張ってあり値段が記載されいていることから有料だと分かる。


「何か飲みます?」

「夕飯も近いですし、今は手持ちの飲み物で大丈夫です」

「じゃ、コーヒーでも飲もうかな」


 そう言って机に戻ったカオルは引き出しを複数開けてコーヒーカップと電気ケトルを取り出しコーヒーを淹れた。

 その姿を見ながらスミレは鞄からマグボトルを取り出しミネラルウォーターを少量口にする。


「さて、調査は夕飯の後ですか?」

「ええ。夕飯くらいは楽しみたいってのが本音ですが」

「ここの食事は三ツ星レストランのシェフが作るそうですよ」

「マジですか?」

「食事のメニューが有りますよ」


 スミレが机の中から皮表紙の薄い本を取り出し開いて見せると中には和洋様々な料理の写真が並んでおり、厳つい顔の料理人らしき人たちの写真が載っている。

 カオルも真似して同じ場所からメニューを取り出しコーヒーを啜りながら開いてみた。


 鉄火丼、天ぷらうどん、ステーキ、シチューとレパートリーが多いのは良いがまるでファミレスだ。

 しかし各メニューの下に書かれている食材の情報などを見るとファミレスとは違うのだと分かる。


「超豪華なファミレスって言ったら怒られそう」

「怒ってあげましょうか?」

「え?」

「こら!」

「怒られて喜ぶ趣味は無いんで」

「あら残念」


 互いに冗談だと理解してのお遊びだ。キリも良いところで笑みを交わして会話をリセットする。


「事前情報だと行方不明事件は深夜に発生するみたいです。基本的に個室の外、お手洗いや軽食を食べたくて廊下に出た人が戻って来ないことで事件が発覚している」

「だとするとペアの乗客を狙っての犯行でしょうか?」

「いや、単純にペアの乗客が多いからそう見えるだけかもしれない。一応、1人旅の旅行者でも行方不明の例があるみたいです」

「その場合はどう発覚しているんでしょう?」

「下車の人数が足りずに部屋を見たら荷物は有るのに人が居ないことで発覚したみたいです」

「朝食に出てこないのは気にされないのでしょうか?」

「そうみたいですね。運営会社は被害者が5人なこともあって関係者には警察に任せていると言ってマスコミへの公表は控えているみたいです」

「寝台特急での旅行なんてお金持ちアピールでイメージは良くないから関係者も進んで公表しない、ですか?」

「そういうことなんでしょうね。この辺は予想でしかないです」


 会話の区切りに合わせて2人とも飲み物で口の中を湿らせる。

 時刻は6時半、レストランでディナーを頼めるのは7時以降なのでまだ少し早い。一応、今の時間でも軽食は頼めるがサンドウィッチが2000円もするので庶民の2人は頼む気にならない。ディナーは経費で落ちるので遠慮しない予定だ。


「夕食の後は軽く遊戯室で遊びましょうか。深夜になったら軽く車両を周ろうと思います」

「仕事も遊びも全力ですね」

「ま、仕事は楽しめないですけどね」

「楽しめるような仕事でもないですしね。カオルさんはガンナックルがあるから良いですけど、私は攻撃には参加できませんね」

「補助を掛けてくれるだけで有難いですよ。今回は足場が限られているのでサポートの有無が本当に大きい」

「車両内じゃ今の所はガンナックル持ちの銃剣使い以外だと拳法家くらいしか動けないですね」

「銃剣使いは防御、拳法家は攻撃。性格的に防御の方が得意なんですよね」

「ゲームじゃここまで狭い場所な無いですし、同格のモンスターと殴り合うなら確かにサポート必須ですものね」


 その後も特に意味の無い雑談を交わしながらカオルはキャリーの中を確認して部屋着を取り出す。

 流石にスミレはそこまで開放的ではないようでキャリーからエコバックを取り出した。その中に部屋着や下着、タオルが入っている。


「カオルさんが男性って話、少し信じても良いかもしれませんね」

「今からでも部屋を分けません?」

「無理を言わないでください」

「はい」


 そんな話をしている間に7時半、食堂車に行っても問題無い時間だ。

 カオルがコーヒーを煽って飲み干すと廊下を誰かが歩いていくのが足音と扉の曇りガラス窓で分かった。


「じゃ、行きましょうか」

「ええ。さて、何を頼もうかしら」


 連れ立って席を立ち、廊下に出て食堂車に向けてカオルが前を歩き始める。

 4両目の端の引戸を開ければ列車の速度に見合った強風を受けるタラップになっており、女性の少し大股で3両目のタラップに乗れる。他の客と会う事は無いまま再度タラップを跨いで食堂車に到着して燕尾服の男性スタッフに迎えられた。


「いらっしゃいませ。お好きな席はございますか?」

「特に指定は無いですが、景色が良い席は空いてますか?」

「はい。こちらへどうぞ」


 カオルの要望を受けてスタッフが手を上げると食堂の奥に居た女性スタッフが静かだが素早く寄ってくる。男性スタッフがカオルの要望を小声で伝え、小さく行儀良く頷いてカオルたちへ視線を向けた。

 155センチ程度の女性としては平均から小柄と言えるスタッフが手振りで店の奥に案内すると示す。カオルとスミレはその後に続き最奥から1つ手前の窓際の4人席に2人で着く。


 スタッフより先にカオルがスミレの椅子を引いて促し席に着ける。

 カオル自身は視線でスタッフに遠慮し自分の椅子は自分で動かした。

 メニューを受け取ったカオルが軽く眺めてスミレに渡す。


「まずは飲み物を決めますか?」

「そうですね。私は日本酒のお湯割りを」

「じゃあウィスキーをロックで」

「畏まりました」

「食事は後でまた」

「畏まりました。お決まりになりましたらお呼びください」

「はい」


 基本的に男女ペア客としてカオルが男性、スミレが女性のように振る舞う。

 特にスタッフから不審にも思われなかったようで自然に受け入れられた。


「ふふ、カッコいいですね」

「からかわないでください」

「まあまあ。学校のヒーローを1人締めしているんです、少しは楽しませてください」

「うっわ、少しは本音を隠してくださいよ」

「陰口は言わない主義です」

「本人前にすりゃ何を言っても言い訳じゃないですからね」

「ふふ、違いありませんね」


 口に手を当てて上品に笑うスミレと胸を張って堂々とした姿勢のカオル。周囲からは同姓のカップルでカオルが男性らしい性分にしか見えないだろう。

 5分も掛からず酒が運ばれてきてグラス向けあって乾杯し口に含んだ。


「じゃ、ディナーを決めましょうか」


 スミレが預かったままのメニューを開いて少しで決めた。

 カオルは部屋で見た時点である程度の当たりは付けていたので特に悩まなかった。

 メニューを閉じてカオルが女性スタッフの方を見れば視線が合う。頷いて見せると小さく微笑み席に近づいて来た。


「お決まりですか?」

「ええ。ヒレステーキとシチューのコースを」

「私は和膳セットに細うどんでお願いします」

「畏まりました。食後にデザートとお飲み物が付きますが、いかがしましょう?」

「どこかで見れる?」

「最後のページをご覧ください」


 促された通りに最後のページを開いてスミレも見れるように広げて見せた。


「コーヒーとチーズケーキで」

「ミルクティーとチョコレートケーキかしら」

「畏まりました。少々お待ちください」


 2人の注文を聞いて静かに去っていくスタッフを見送って2人は周囲を軽く見た。

 入口と奥のスタッフ以外では乗客は2組、3人客と2人客がカオルたちから2席離れた場所にそれぞれ着いている。

 3人客は老夫婦と息子で『おめでとう』と聞こえてくるので何かのお祝い、2人客はスーツの男なので仕事の移動に合わせて贅沢をしているのかもしれない。


「何だか良い匂いがしますね。奥で調理しているんでしょうか」

「飛行機みたいに温めるだけだと物足りない気もしますからね。シェフも乗っているそうですし、出来立ての方が有難みもある」

「ふふ、確かに折角の旅行ですし出来立てを食べたいですね」


 酒を飲んでいることもあって2人の口はいつもより軽快だ。

 それは他の客も同じようで身形は良いが時間が経つほどに声が大きくなっていく。それでも普通の居酒屋と比べれば囁き声のレベルだ。

 食堂車の奥、恐らくキッチンであろう場所から漂ってくる良い匂いと酒、窓から見える夜の富士山で気を良くしたスミレのテンションは高い。

 酒はあまり強くないようでお湯割り1杯の半分で顔は赤くなっている。


「スミレさん、顔赤くなってますよ」

「ふふ、後で介抱してくださいね」

「この後、用もあるんですから程々にお願いしますよ」

「あら、そうでしたね。気を付けないと」


 カオルもスミレに指摘しているが酒は強くない。一気に酒が回らないように少し口を湿らせる程度に留めて料理が来るのを待つ。空きっ腹に酒は余計に酒が回るのでここで飲むとしても2杯で止めておくつもりだ。


「ふふ、本当に気を付けないと」


 意味有り気に笑みを深めるスミレに少しの寒気を覚えるカオルだが追及しても応えて貰えないだろう。

 酒の魔力をカオルが実感していると料理が運ばれてくる。


 コースを頼んでいるが同行者のスミレは和膳で1度に全部が出てくるタイプ、メニューに1度に複数の料理が出る事は書いてあり前菜、スープ、シチューが最初から机に並んだ。

 スミレの和膳も共に置かれていくが机が広いので手狭には感じない。

 2人とも料理の写真を撮って冷めるのを嫌い早速食事を始める。


「美味しい」

「ええ。来て良かった」

「本当に。校長に無理を言って正解でした」

「ん?」

「ふふ、また別のネタを掴んでおかないと」

「あー、シチュー美味しー」


 スミレの闇が垣間見えたカオルだが詳しく聞くと大変な事になりそうだったので聞かなかったことにして食事を続けることにした。

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