第2話 寝台特急、搭乗

 寝台特急の仕事は三咲の連絡の翌週には正式な依頼が回ってきた。

 学園長へ都が依頼書を発行し、カオルへ通達される。

 正規の手順ではあるが少々の遠回り感はある。

 しかし依頼が直接個人へ連絡されると山積みに仕事が増える可能性が有るので今の状況は丁度良いのだろう。


「カオルさんは中々暇になりませんね」

「仕事したら休みが欲しいですね」

「ふふ、物理崩壊なんて無くても仕事は常に同じ人に集まってしまうものですけどね」

「急ぎの仕事は忙しい人に回せ、なんて言葉も有ったくらいですしね」

「ああ、有りましたね。最低の言葉が」

「ね、最低の言葉」


 寝台特急の仕事の前日、デスクでスミレと苦笑を交わし合うカオルはスマートフォンで荷物の確認をしていた。

 着替え、ガンナックル、スマートウォッチ、メモとペン。


 念の為に1箱5本の鉄製ダーツ持っていく。鋭く、場所を取らず、威力を出せる。

 鉄製カードでも良いが取り出す際に手を切る可能性が有る。サイコロも良いが精度が荒い。


 そう考えるとダーツは投げやすさでも携行性でも優れた投擲武器だ。

 カオルは戦闘用にジャケット、ノースリーブジャケットの裏にそれぞれペンホルダーを縫い付けており、そこにダーツを納めて使用する事もある。


「そうそう、私も乗る事になったんですよ、寝台特急」

「……ん?」

「女の1人旅はご時世的に怪しいし、変に目立ってトラブルが起きるのは避けたい。私は特に見た目が一般人寄りですし、前衛と後衛でバランスも取れる。性格的にも都市外活動で問題は起き辛い。カオルさんと円滑にコミュニケーションが取れる」

「うわ、完全に外堀が埋まってる」

「役人さんが同行するって話もあったみたいですが、前回の高校の事件で戦闘力が必要って話になったみたいですよ」

「まあ、三咲は居ないと困るけど戦闘になったら足手纏いにしかならないしなぁ」

「ふふ、意地悪ですね」


 役割の違いなので当然なのだがカオルの言葉には遠慮が無い。

 都市外でカオルが活動する為には三咲が必要だったので彼女が居なければ良かった訳でもない。

 しかし、今回はそれを押しても戦闘力を重視すると都は決定したようだ。


「学園長からチケット、貰いました?」

「……あ」

「ふふふ」


 意味深な笑みでスミレは袖口からペアチケットを指で挟んでカオルに振って見せた。

時間も学園長から聞いていた通りだ。


「うわぁ、完全に外堀が埋まってる」


 乾いた笑みを浮かべてカオルは背凭れに体重を預けた。


▽▽▽


 平日の午後4時、東京駅の新幹線ホームに設置されたベンチに2人の女性がそれぞれハンドキャリーを持って座っていた。


 1人は細身で桜色のメッシュの入った白いショートヘアを帽子で隠している。ジーンズとジャケットの組み合わせはヴィジュアル系バンドのメンバーのオフ姿のようにも見える。


 連れの女性は正反対に大和撫子を連想させる艶の有るロングの黒髪だ。冬らしく白いロングコートを羽織り足元は厚めのタイツを穿いているのでコートの中はスカートだろう。


 正反対の美女がそれぞれコーヒーと緑茶を飲んで和やかに話す姿に自然と視線が集まっている。


「カオルさんの私服って初めて見たかもしれません」

「職場以外で会う事も有りませんでしたからね。こちらもスミレさんの私服は初めてですよ」

「ふふ、ちょっと新鮮ですね。しかし」

「ん?」


「どこぞのロックバンドのオフの姿みたいですね」

「髪色が派手なのを隠すために帽子被ってますからね」

「寝台列車に乗ったら取るんですか?」

「ええ。部屋に荷物を置いたら列車の中を散策しますしね」

「ふふ。まるでミステリー小説ですね」


 確かに今回の調査任務は寝台特急で2泊の旅。行先は京都で丸1日掛けて列車移動、深夜に京都に到着し朝から京都観光。夜9時に京都を出発して翌日の午前に東京に帰ってくる予定だ。


 初日の移動中が最も列車の中で活動する時間が長く取れる。帰りは寝るだけに近い時間ではあるが多少の活動時間は取れるので調査としては初日の方が適しているだろう。

 既に寝台特急のスタッフには行方不明調査の人員と通達はされており、2人が未帰還者であることも連絡されている。今日のスタッフは事前に全員が2人のことを口外しないと契約済みで契約内容にはSNSでの発信禁止も含まれている。


「厳重ですね」

「正直、どこまで拘束力があるのか疑問ですけどね」


 ノンビリとした様子の2人だが話している内容は物騒だ。

 周囲に会話が聞こえる距離の乗客は居ない。

 そもそも寝台特急での旅行は非常に高価だ。更に11月の平日という条件もあり旅行客などほぼ居ない。

 お蔭で2人は普段の声量で会話をしていても特に周囲に内容を聞かれる心配はしていない。


「これなら調査もし易そうですね」

「ええ。あとは事件が起きてくれるかどうか。起きなかったら普通に京都旅行を楽しみましょうか」

「ふふ。まるでデートですね」

「見た目は女同士ですけどね」

「私はカオルさん相手なら女同士でも構いませんよ?」

「ご冗談を。男だって言ってるでしょう」

「さて、このチケット、同室なんですよね」

「本当に馬鹿げてる」


 今までの和やかな雰囲気が嘘のように疲れた様子のカオルが額に手を当てて俯いた。

 昨日、チケットを見せてもらった時点で分かっていたのだが、スミレの持っていたチケットは2人1部屋だったのだ。

 ただでさえ先日、ヤ・シェーネと気まずい事件があったばかりで別の女性と同室で宿泊は気が重い。


 そんなカオルの状況を知らないスミレは静かに笑うだけだ。もしかしたら何か知っているのかもしれないがカオルには知る術もない。

 静かに微笑むスミレに多少の恐怖は感じるが下手に突っ込んでも藪蛇だと自分に言い聞かせカオルはコーヒーを飲み干した。


「来ますね」

「ええ。私たちの車両に他の乗客は居ないそうです」

「夕飯までは自由行動だし、それまではノンビリしましょうか」

「本当なら部屋や遊戯室、食堂車から外の風景を楽しむんでしょうね」

「行きで解決したら帰りはただの旅行ですから。それに、仕事には適度な休憩が必要ですよ」

「……ふふ。そうですね」


 珍しく仕事中に遊びを出してくるカオルに少し驚いたスミレだが早々に切り替えて笑みを作る。

 折角の寝台特急と京都だ。ただの仕事で終わらせるなんて勿体無いことはせずに楽しもう。

 アイコンタクトで同じ考えなことを確認して2人はホームの入ってくる寝台特急に視線を向ける。


 寝台特急の見た目は蒸気機関車だ。伝統的なデザインを模倣して見た目から上客を楽しませる。運転の動力は流石に通常の電車と同様に電力だが意図的に速度は遅めで煙突からは水蒸気を噴き出して雰囲気を出している。


「凄いわ。本当に蒸気機関車にしか見えない」

「車両も映画やドラマでしか見たことがない伝統的なデザインですね。じゃ、乗っちゃいましょう」


 各車両の前後にタラップが突き出しており少し大股になって乗り込む必要がある。

 先にカオルがタラップに乗り、奥にキャリーを置いてスミレに向けて手を出した。

 素直に手を掴んだスミレを強過ぎない力で引っ張りタラップに持ち上げる。

 スミレの未帰還者としての肉体スペックなら全く必要無いが、こういうのは雰囲気だ。


 カオルがふざけたのが分かっているのでスミレも微笑みながら付き合った。

 ここまでは準備で、ここからは仕事だ。

 2人は少しだけ気合を入れ、列車に乗り込んだ

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