3章 寝台特急探索任務

第1話 新任務の通達

 厄介な事が重なった日々も落ち着き日常を取り戻したカオルは学園の自席でコーヒーを啜っていた。

 午前シフトの都市周辺警備の仕事は終わり、昼食を終えた今は特に用も無い。モンスター出現に備えて待機の今、カオルは非常にリラックスしノートPCでヤ・シェーネの動画を見ている。


……追い込むの上手いな。


 先日の一件で彼女が対人での追い込みが上手いのは分かった。そのルーツがゲームだと言うのなら今まで敢えて見ないようにしていた彼女の動画を見て対策を練る事にしたのだ。

 同居人が自分に見せない部分を暴くような事はしたくないが今後の為にも対策は必要だ。何の対策も無しにいきなり追い込まれては良いように殴られてしまう。


……そう、これは自衛。決して暇な午後の時間潰しではない。


 完全に言い訳だ。

 暇なのは確かだし、ヤ・シェーネへの対策を模索しているのも事実だが、それで待機任務中にゲーム実況動画を見るのはモラルに反する。

 そのモラルを押し退けて気紛れに動画を見ているのは単純に彼女への警戒心からなのだが、そもそも彼女を知る手段がこれしか思いつかない。

 普段の会話で彼女を探ろうなんて器用な真似が出来るなら動画を見て研究などしていない。


 実況動画としてはよく見るタイプで彼女のアバターが画面左下に配置され、出来るだけゲーム画面が広く見えるようにされている。ゲームの進行に対して彼女がコメントを挟んだりツッコミを入れたりと忙しない。

 普通にゲーム実況として楽しい動画なのでヤ・シェーネの弱味や戦略分析をする気も起きない。


……しかし、コメントが平和だな。


 生放送の際に視聴者が入力できるコメントに攻撃的なものが無く治安が良い。普段から視聴者も特に強い言葉、汚い言葉を使っていないようだ。

 時折、ゲームキャラクター同士の会話パートが入るがゲーム進行の妨げにならない程度に茶々を入れている。その茶々も視聴者の気持ちを代弁していたり彼女特有の反応で視聴者が既存プレイヤーの視聴者が新鮮な気持ちで見れるような反応のようだ。

 カオルもタイトルは知っているがプレイした事の無いRPGだったので単純に知らないゲームのシナリオが楽しめる。


……いけない、緊急連絡には反応できるようにしないと。


 ついついシナリオとヤ・シェーネのプレイに引き込まれたが今は待機任務中だ。

 連絡が来た際に動画を見ていて気付きませんでしたでは職務放棄で大変な事になる。

 あくまで今は待機任務中と自分に言い聞かせて動画を停止、緊急連絡がスマートウォッチからでも受信できる事を確認して席を立った。

 無線イヤホンを耳に刺し、スマホを操作して音だけ先ほどの動画の続きを流すようにした。


 授業開始直前なので廊下に生徒は居ない。

 一部の生徒たちから人気のカオルではあるが、教員が多数休憩している待機室にまで押しかけてくる生徒は居ない。以前に個室を持っていれば入り浸ったと言われた事があったので今の共同部屋で良かったと本気で安心したこともある。


……何も無いと良いけど、モンスター出現の法則も原因も分からないしな。


 平均して5日間の待機任務の中、3日程度は緊急連絡でモンスター討伐に呼び出される。

 出現する種類にすら法則性が見出されていないので5日の内3日というのも何の目安にもなっていないのが実情だ。


 そんな益体も無いことを考えて校舎内をフラフラ歩いているとスマートウォッチが小さく短く震えた。

 緊急通信ではなくメール受信の合図だ。スマホを取り出し動画を止め、メールソフトを起動する。

 送信者は三咲で先日のお礼が友好的な文章で書かれている。

 しかし、最後には新しい仕事の依頼らしき内容が書かれておりカオルは眉を歪めた。


……寝台特急って、泊りでの仕事か。


 内容は先日の高校と同様の異常事態。

 都市間を繋ぐ寝台特急で行方不明事件が多発しているというものだ。

 物理崩壊によって世界には様々な被害が出たが、その最たるものが空と海の移動が難しくなったことだ。


 空母程の怪獣と呼んで違和感のない巨大なモンスターが物理崩壊によって現実に顕現した。それは空と海に複数体が陣取っており、戦闘の為の足場が確保できないので未帰還者による討伐どころか護衛も難しい。

 まともな防衛戦力が無いので国家間程の長距離を移動する飛行機や船に多大な被害が出てしまう事例が多発した。


 その為、現在は空も海も危険な移動方法と考えられ、陸路が一般的になった。

 日本では物理崩壊以前は寝台特急を廃止していたが、現在は安全で風情がある人気の旅行方法として復活した。


……ゲームの時はモンスターに知性なんて無かったけど、蝙蝠女みたいなのは別だったな。


 モンスターはあくまで現実世界でいう狂暴な野生動物なのだ。確かに極一部、狡猾なモンスターは居たがそれは擬態能力が高いという意味で人間のように暗躍して人間社会に隠れ潜むものではなかった。


 正直、異常な事件が起きれば全てモンスターを疑うというのは賛成できない。そんな思想が蔓延すればやがて冤罪の温床になる。

 それでもゲームを知らない者が無知から恐怖心でモンスターを疑うのは理解できる。


……冤罪、未帰還者への差別、兵器の代わり。使い勝手は良いだろうな。


 リヴァイアサン、ガルーダなどゲーム内では神と呼ばれたそれらの大型モンスターは一般人にとってはインフラや人流の妨げとなる危険な存在だ。


 しかし、政治家や未帰還者にとっては意味が異なる。

 例えば政治の世界では自動操縦の飛行機や船を敵対国家付近でウロウロさせて大型モンスターを誘導すれば立派に生物兵器の代わりになる。

 例えば未帰還者にとっては大人数で討伐の為に最大限対策を練って対応しなければならない危険な存在になる。


「頼むよ、本当に」


 平和が1番。

 この半年、カオルが何度も心に刻む事になった言葉だった。

 三咲からのメールではまだ詳細はこれから詰めるのだろう、寝台特急で起きている事件の解決依頼をするかもしれない、程度にしか書いていない。

 今の内にヤ・シェーネやスミレに泊まりの仕事が入るかもしれないと言っておく必要があるだろう。

 話せば土産を強請られるだろうが、長距離の旅行が非常に高価な今は仕方がない。


……ま、旅行代は政府持ちだろうし良いかな。


 荷物が多くなるのは面倒なのだが、普段から交流の有る相手に土産を用意する程度の手間は掛けても良いだろう。

 息を1つ吐いて気分を切り替え待機任務に集中する事にした。

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