第7話 後始末

 翌朝、ヤ・シェーネはベッドに裸で寝ている状態で目を覚ました。

 普段は無いような倦怠感に額に手を当ててみると冷えピタが張られており自分の体調が平常とは異なるのだろう。記憶を辿っても自分で張った覚えもない。そもそも自室に戻った覚えすらない。


 カオルに身体を弄ばれたはずだが、それにしては尻に違和感は無い。

 冬でも部屋は暖房で適温に保たれており、裸だからと寒いという事もない。


……え、もしかして、夢? あんな激しくされたのが、夢?


 発情期に欲求不満が重なりでもしない限りあんな夢を見ると思えない。

 もしかして自分は相当に恥ずかしい状況に陥っていたのだろうかと考えながらヤ・シェーネは怠い身体を何とか起こして部屋着に着替えた。

 机に置いてあるスマホを見ればカオルから『のぼせたので部屋で寝かせた』とメッセージが来ている。


 どこまでが現実でどこまでが夢が分からない。

 唇を指で撫でてみたが記憶の感触を思い出せる。胸は、よく分からない。尻は確認する勇気が持てなかった。

 とてもじゃないが恥ずかしくてカオルに全てを聞く気にはなれない。それでも事実を知らないと恥ずかしすぎてカオルとどう付き合えばよいか分からない。


「えぇい、女は度胸!」


 声に出す事で気分を切り替え、自分の頬を叩いて気合を入れ部屋を出た。

 リビングからはテレビの音がするのでカオルも居るのだろう。

 扉を開けてみればマグカップを口に運ぶカオルがヤ・シェーネに気付いて視線が合った。


「おはよ」

「……おはよ」

「どうしたの?」

「昨日、私、何をした?」

「あ~、先に覚えている事を聞いても良い?」

「言いたくない」

「OK。一緒に風呂に入って、キスして、君がのぼせたからベットに運んだ」


「……キスしかしてないよね?」

「えっと、尻は揉みました」

「そこまでで良いのよね?」

「はい。そこまでです」

「……良かったぁ」


 思わず息を吐いて床に崩れ落ちたヤ・シェーネを見てカオルも大体の状況は察した。

 とんでもない夢でも見たのだろう。それも今後の付き合い方を考えるような。

 どっちが加害者かは知らないが、夢の内容を詳しく聞いたら自分も気まずくて困るレベルなのだろう。


 直ぐに会話を切り替える事にしてカオルは手振りで机に着いたらどうかと促した。

 素直に従ったヤ・シェーネだが一緒に風呂に入ってキスをした時点で相当に気まずい。それも相手は今後も顔を合わせる同居人だ。昨日の今日ではどんな顔して話せば良いかも分からない。


「身体は怠い?」

「え、あ、うん」

「のぼせた後だし水を多めに飲もう」


 そう言って席を立ったカオルはカウンターキッチンに回り冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 片手でグラスを持ってヤ・シェーネに向けて軽く手を振ったので『グラスは要るか?』と聞かれているのだと分かり、首を振って応えた。

 席に戻ったカオルからペットボトルを受け取ったヤ・シェーネは水を煽る。


「あまり一気に飲まない方が良い。体に染み込ませるように少量ずつね」

「うん」


 素直にアドバイスに従うのを見て安心したカオルにヤ・シェーネは拗ねたような視線を向けた。


「結局、昨日は私が迷惑を掛けたって事よね」

「まあ同居してるんだしそういう事もある」

「そうなんだけどさぁ」

「こっちもやり過ぎたと思ってる」


「へぇ。そうよね、良い大人が観察保護の女の子に手を出したんだもんね」

「ゴメンて」

「誘ったのは私なんだけど?」

「乗っかっちゃいけないんだよ、良い大人は」

「そりゃそうよね。でもこのままカオルさんが悪い、じゃ私は気分が悪いの!」


 ここまでくるとヤ・シェーネのプライドの問題だ。

 自分が悪い誘いを強行したのに悪いのは相手だなんて言われれば自分には責任能力が無いと言われているのと同じだ。今年で17、流石にその程度の責任能力を持ち合わせていると言いたい。


「へぇ、良い心がけ」

「大人な対応だ」

「まあ大人だからね」

「……今度はちゃんと責任持って誘うから」

「えぇ、そっちぃ?」


 悪戯を成功させた子供のように笑いながらそっぽを向いてヤ・シェーネは再度水を口に含んだ。


「何でこんな事になったかな」

「私みたいな子供が頼れる大人に憧れるのは普通じゃない?」

「まあ分かるけど、そんなに頼れる?」

「そりゃ隔離都市のシステムを作り上げて、今もモンスター退治をしてて、東京の役人から仕事を受けて、観察保護の子供を世話してて、頼り甲斐有り過ぎじゃない」

「……言い返せない」

「これで言い返されても困る」


 完全に言い負かされたカオルが凹んでいるのが面白くてヤ・シェーネはつい手を伸ばした。

 慣れていないので少し乱暴だが頭を撫でる。


「子供に頭を撫でられた」

「今は私の方が優勢よ」

「……言い返せない」

「言い返させない」

「何で追い込むのが上手いんだよ」

「ゲーム実況者がゲーム下手じゃ話にならないでしょ?」

「何であんな仕事を紹介しちゃったかなぁ」

「感謝してる。社会に出るのは嫌だけど動画配信者としてこんなに上手くできるなんて知らなかった」


 ヤ・シェーネの保護者になった時に彼女が高校や大学に行く気が無いのは分かった。

 だからといって何もしないで引き篭もった生活が向いていないのは3日で分かった。


 その為に彼女が得意な事、好きな事を知ったカオルが暇潰しを兼ねてバーチャルアバターで動画配信が出来るように準備した。

 面白半分で勧めたものだったが想像とは異なりヤ・シェーネの動画配信は趣味の範疇から仕事にまでランクアップしている。

 今や彼女はサラリーマンの平均年収の3割増し程度に稼ぐ程だ。


「確かグッズが出るんだっけ?」

「2回目がね。1回目は想定より受注が多くて困ったけど、何だろう、今回も同じくらいくるって自信は持てないんだよね」

「登録者数も同時接続者数も増えてるのに?」

「何でだろうね。自分に自信が持てないからかな?」

「ああ、何か分かるなぁ」

「どうして上手くいってるのに自信が持てないのかしら?」

「経験か、気分か、何だろうね」

「答えを教えてくれないの?」

「分からないが本音」

「素直」

「経験が無いし、嘘を言ってもね」

「そっか」


 2人で苦笑を交わしカオルはコーヒー、ヤ・シェーネは水を飲み干した。


「昼は外食にしようか。何か思いっ切り食べたい」

「肉が良い。ガッツリ食べたいわ」

「ステーキとかトンカツとか?」

「まあ、レストラン街に行けば何かあるでしょ」

「ああ。出る準備をしよう」

「うん」


 やっと調子を取り直したヤ・シェーネに安堵しつつ、体良く引き篭もりの彼女を外出させる事に成功し内心で笑みを浮かべるカオルだった。

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