第4話 神奈川県北部緊急出動

 午後、カオルの仕事は学園の警備と共に関東でモンスターが発見された場合の駆除だ。

 警備用のマスターキーで屋上に忍び込み、缶コーヒーを片手に学園の周囲を見渡す。


 街の規模に対して通行人は多いようには見えない。

 未帰還者と、政府が派遣した物理崩壊に対応する人材だけの街だ。

 人口は1000人程度。大人は戦闘訓練や未帰還者以外がモンスターに対処できる武器の研究が仕事となる。

 学生は学園に集め、可能な限りモンスターと戦えるマインドセットを行い将来は自発的にモンスター討伐の職種を選ぶように誘導している。


 元の生活は完全に破壊された。

 誰も彼も今の環境について言いたい事はあるが、言ったところで何にもならないと諦めてしまっている。


 半年間。

 それだけの間、約1億人から『お前は自分たちとは別の生き物だ』と目を向けられれば諦めも付く。

 カオルも似たようなものだ。

 自虐のように小さく笑ってコーヒーを飲み干して街を囲う城壁、その外に広がる森を見る。


 モンスターはゲームと同様に特定の地点で出現するのかと思われたがその様子は無かった。今までにモンスターが出現する現場を捉えた者は居ない。

 多少の目撃情報はあったがデマ、勘違い、思い込みでカメラなどの映像証拠は半年経った今でも確認されていない。

 しかもゲームと同様に様々なモンスターの幼体が発見されていない。


 モンスター出現の法則が分かれば未帰還者たちが隔離されている現状を変える事も出来るかもしれないが今まで出現方法が全く確認されていないのだ。今後も簡単に見つかるとも思えない。


 溜息を吐いてから大きく伸びをして屋上から校舎に戻ろうと思ったところでスマートウォッチが振動した。

 連動したスマートフォンの着信を知らせる振動だ。

 待機中に義務付けられている左耳のインカムをタップして通話を起動するとモンスター出現の警報だった。


『神奈川県にてモンスターが発見されました。現地の警察が通常兵器にて抑えています。当直の防衛班は現場に急行しモンスターを討伐してください』


 聞き慣れたオペレーターからの一斉通信が当直の討伐隊に向けて繰り返しアナウンスを流していた。


 スマートウォッチをタップして指示を確認したと自動返信を送る。駆け出しながらハードカバーを開いてパンツスーツ姿から銃剣使いのコート姿に切り替え、目的地の途中に設置されたゴミ箱に空缶を放り込み、校舎横のヘリポートに駆け込んだ。


 カオルとは反対の方角からヘリポートに走り込んできたガルドとアイコンタクトを交わし衝突しないようにヘリに搭乗する。


「出します! ベルト締めてくださいね!」


 ローター音に負けないようにパイロットが声を張り、2人がベルトを締め切らないタイミングでもお構いなしにヘリを離陸させる。

 縁を掴んで衝撃に耐えながら席に着いた2人はパイロットに従いベルトを締める。

 ガルドがインカムを周囲との通話が出来るよう設定しパイロットに状況の確認を始めた。


「状況は?」

「モンスターは神奈川県北部に出現。数は少ないですが悪魔タイプで通常兵器の効果が薄い上に飛行しており迎撃が困難です。一般人の避難は完了していませんが現着次第、即座に討伐してください」

「了解した。俺たち以外の未帰還者は?」

「我々が先行している状態です。他の隊員は我々の現着後、3分で到着予定です」

「ディフェンダーが先行できて良かった、と考えるべきか」

「ええ。物理アタッカーだけでしたら射程不足、遠距離アタッカーだけでしたら防御不足で初動の難易度が段違いでした」

「慰めでも有難い。カオル君、フォーメーションを確認するぞ」


 パイロットとガルドのやり取りから考えらえれる現地での対処をスマートフォンでリストアップしていたカオルは呼ばれてガルドを見た。

 カオルが反応したことで直ぐにガルドは話し始める。


「俺が先行して多少の無茶を込みで敵を集める。一応、攻撃はしてみるがメインの攻撃は君に任せる」

「了解。継続回復を掛けるので切れたら声を掛け合いましょう」

「助かる。銃剣使いが同行者で本当に良かった」

「できればヒーラーか魔法剣士が欲しかったですが、無いもの強請りはせずに時間を稼ぎましょう」

「おや、こういう時はこう言うんじゃないのかい?」

「「別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」」

「おっと、2人とも知っていたのか」

「パイロットなんてしてますがゲームもアニメも好きですからね。当然、知ってますよ」

「終わったら一杯行きましょう。良いお酒が飲めそう」

「おっと、英雄殿にお誘い頂いたら断れませんね」

「うっ。ご存じでしたか」

「そりゃ知ってますよ。ご自分の知名度を軽く見ない方が良いですよ」

「全くだ。カオル君は実績の割に自己評価が低くて困る」

「ははは、ガルドさんは英雄殿に手厳しい。降下ポイントまで10分です。準備を」


 雑談から一転、声を硬くしたパイロットに合わせガルドもカオルも武器を確認する。

 ガルドは鎧の継目や斧の握りを確認し、カオルは銃剣の弾丸やシリンダの開閉に異常が無いかチェックする。


 パイロットの警告から10分、余裕を持って装備の確認を終えた2人の目にも現場が見えてきた。

 大通りではなく火の手は上がっていないが、悲鳴と銃声が聞こえてくる。

 ビルに挟まれた片側1車線の道路で車が縁石を乗り越えたり電柱に激突したりと事故が散見される。その間を縫うように人々が逃げ惑う中、警察がパトカーや自動車を盾に拳銃で何かと戦っている。


 イビルアイ。

 ゲームでは雑魚敵の1種で1メートルほどの巨体から蝙蝠のような羽根と人のような足が生えている。眼球の毛細まで見える為に気色が悪く現実化して最も嫌われたモンスターの1種だ。空中からの蹴り、目から飛び出す火球など遠近バランスの良い攻撃方法を持ち、レベルが上がると視線が合うだけで麻痺や魔法防御力低下の状態異常を与えてくる。


 今回出現したイビルアイは最弱のタイプでカオルもガルドもステータス的にダメージは無いに等しい。未帰還者ならばレベル10程度で倒せるのだが生身の人間が拳銃だけで戦うには心許無い相手だ。


 何よりも厄介なのは数である。

 正確な数は分からないが明らかに20匹は居るだろう。

 2人揃って舌打ちをしてパイロットが下したロープを掴んだ。


「死者は居ませんが、時間の問題です。ご武運を」

「何、楽な相手だとも」

「飲屋探しておいてください」


 それぞれの言葉で不安そうなパイロットに声を掛け2人はガルドを先頭に降下する。

 ロープの金具が地上付近で2人を止め、金具から手を放して地上に着地した。


 モンスターの群れと警察の間。

 警察は上空のヘリを見て銃撃を止めてくれていた。


「俺を見ろぉ!!」


 戦闘の空気に興奮していた警察官が驚いて固まる程の咆哮。

 ゲーム的なスキルで敵の注意を引き付けるガルドの特技だ。

 その巨体と大声に大半のイビルアイがガルドに注目する。


 2匹ほどがガルドではなく警察官を見ているがカオルが銃剣の引金を引きながら2回空振りし、雷が投槍の形状を取る遠距離魔法攻撃スキル【サンダーショット】を発射し2匹を直撃した。片方は目の真ん中を貫いて倒せたが、片方は羽に穴を開けて地上に引きずり下ろしただけだ。

 倒した個体は黒い煙に変わり空中に煙が拡散するように消滅する。


「時間を稼ぎつつ数を減らすぞ!」


 吠えながらイビルアイの群れに飛び込んだガルドが斧がギリギリで届く高さのイビルアイに斧をぶつける。

 一撃でその個体は倒しきれるが、他の個体はまだ空中のままだ。

 斧を投げでもしない限り攻撃は届かないので最初にカオルが落とした個体に向け突進する。


 それが分かっているからか、カオルは羽を破壊したイビルアイの事は無視して狙いの荒い【サンダーショット】を連射してイビルアイの飛行能力を削ぐ事に集中する。

 見た目は気色悪いが元々は雑魚モンスター、現実の動物と同様に羽を落としただけで死にはしないが羽を傷つけられないという事は無い。

 1匹1匹と確実に落ちてくるイビルアイだが、カオルに直接攻撃できる個体は居ない。

 落とされた恨みでカオルを見ても、その前にガルドが立ち塞がる。


「オオッラァ!」


 強引な突撃からカオルの前へ戻るヒット&アウェイを行うガルドをイビルアイの攻撃力では崩せない。

 一応、空中に居るイビルアイから火の玉がガルドに数発直撃はしているが、彼の身体が定期的に薄緑に光り傷を癒す。

 降下直後からカオルが銃剣使いの能力でガルドに施した継続回復魔法【タイムヒーリング】により、単純なステータスでダメージがほぼ無いのに直ぐに傷が癒えていく。


 イビルアイからしたら無理ゲー状態だ。

 戦闘開始から3分、丁度カオルが全てのイビルアイを空中から地上に落とした直後にカオルの背後で複数の着地音がした。


「アンソン、レミアの両名、現着しました」

「よく来た2人共。アンソン君は後方から確実に敵を減らしてくれ! カオル君は俺と前に出るぞ!」

「了解」

「ガルドさん、サポート開始します!」

「任せたレミア君! アンソン君、レミア君を狙う個体が居たら優先して攻撃しろ!」

「アイサー!」


 矢継ぎ早な作戦会議をしながらガルドとカオルが前に出る。

 アンソンも中折れ式銃を直ぐに構えてイビルアイに狙いを定め、射撃。

 狙って当てれば一撃で倒せる事を確認しレミアを狙う個体が居ないか確認して可能な限り群れが左右に広がらないよう端の個体から狙っていく。


 ゲーム時代の銃や弓はFPSでは無い為に狙いを付ける必要は無かった。

 しかし、物理崩壊と共に現実化した銃や弓は個人の力量で狙い撃つ必要が有る。

 その為、弓使いはスキルで弓矢を増幅させて弾幕として命中させる事が定着した。


 すると銃はどうするか。

 ゲームが中世ヨーロッパの文明レベルの為、未帰還者たちはアンソンが持つような中折れ式の銃が一般的だ。必然的に狙いを付けるのは自身の力量に依存する。

 唯一の救いはシステムの恩恵で銃弾が尽きる事は無い、という事だ。

 その為、銃使いの中には訓練時の全ての時間を射撃訓練に費やす者も多い。


 アンソンは深い深呼吸の後に再度引き金を引く。

 実銃など、物理崩壊以前には触った事も無い。

 FPSのゲームは画面酔いする為に殆どプレイした事が無い。

 それでも銃使いで居るのは単純に弓や魔法の様な範囲攻撃が肌に合わず、かといってモンスターに肉薄する勇気が無い為だ。


 だから、正面で戦う2人よりも苛烈な攻撃を行う。

 前衛職は気色の悪い相手に肉薄し、後衛に攻撃が向かないように必死に敵の視線を釘付けにしているのだ。


 なら、自分はその間に確実に敵を潰していく。

 その程度の事はしよう、という義務感からアンソンは引金に指を掛ける。


 銃身に付いたサイトの先に見えるイビルアイ、その中心と視線とサイトの3つが並んだ瞬間、引金を絞る。

 発砲による轟音すら気にならない集中の中、狙ったイビルアイの眼球を銃弾が貫くのが見えた。

 黒い霧になって消える事も確認せず、アンソンは次のターゲットを探すためにサイトから目を離して周囲を見る。


……見つからない。隠れているの。どこ!?


 反射的に流れていく思考に従って何度も周囲を見渡し、いきなり左足を軽く叩かれた。


「アンソン、もう敵は全滅したよ」

「レミアちゃん」


 隣でガルドとカオルのサポートの為に回復魔法を準備していたレミアに叩かれたのだ、と気づいた時には既にモンスターは全滅していた。

 右手に握った銃の木製グリップは自分の握力が強すぎてギチギチと小さく軋んだ音を立てている。


「アンソン君、今日はもう休んで。君、午前中も頑張っていたし寝た方が良い」


 頭一つ以上小さいカオルが心配そうに下から覗き込んでいる。

 女にしては無自覚な距離感だ。


……案外、本当なのかも。この人が男だって。


 自分だって男の見た目で本当は女なのに、何を考えているんだと自嘲気味に笑みを浮かべて口を開く。


「あっはは、まあ頑張っちゃいましたからね。じゃ、今日は休ませてもらいますよ」


 いつものチャラい口調で3人の心配そうな視線を躱して適当に手を振りながら背を向ける。


 シリアスな顔を人に見られたくない。

 ヘリパイロットにどんな顔を見られたか分からない。

 それでも何とか取り繕って神卸市に戻ってもらうよう伝える事は出来た。

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