第3話 物理崩壊

 遡る事、半年前。

 世界に1つの変化が起きた。


 それは特に前触れも無く平日の木曜日の夜に起きた。

 とあるオンラインゲームの難易度調整と不具合解消のアップデートが実装された、よくある普通の平日の夜だ。


 そのアップデートはメンテナンス期間を設けて実行され、メンテナンス終了と同時にそれなりの数のプレイヤーがゲームを起動した。

 平日の夜とはいえ日付変更程度までプレイしているプレイヤーは多い。

 その日付変更と同時、問題のオンラインゲームは突如プレイ不可能になり運営へ大量の問い合わせメールが届く事となった。


『ゲームがプレイできない』『自分がアバターになった』『どんなアップデートを行ったのか詳細を出せ』


 批判的な内容は全く無いにも関わらず悪戯とも恐喝とも取れる内容も多い。しかし深夜という事もあり殺到する問い合わせメールに反応できた職員はその時点では誰も居なかった。


 何故なら、アップデートの結果を確認する為にゲームにログインしていた職員たちもまたパニックに陥っていたからだ。

 問い合わせの中にある『自分がアバターになった』は運営側のテスターにも起きており、突然現れた見覚えのない姿の同僚に夜勤中のスタッフたちもどう対処して良いか分からずに混乱するしかなかった。


 その事件はSNSを通じて即座に世間に拡散され、デマニュースとして夜更かしをしている人々を一瞬だけ騒がせた。


 ただ、現実に事件は起きている。

 翌朝にはSNS上でよくあるデマや不確かな情報としてではなく、全国版のテレビと新聞にその情報が載り、プレイヤーが学校や会社にパニックになりながら連絡した事で現実として世間に発信される。


 ここで問題になったのは世間へのこの騒動の浸透率だ。


 スマホとPCの普及によりテレビも新聞も見ない若者たちが増加しているのが現代社会だ。買い出しや助けを求めて外出した者たちの中には身体に鱗や尻尾を持つ明らかに人外の者たちもおり店員たちが恐怖から警察を呼ぶ事態が多発した。

 社会の混乱が落ち着くまでに1ヶ月。そこでようやく社会に変化が訪れたのだと全員が知覚するに至った。


 ここで1つ、新たに問題が発覚する。


 ここまでで発覚したのはプレイヤーの肉体がゲームのアバターに置き換わるという異常事態だが、それ以外にゲームから現実にはみ出したモノがあった。


 ゲームに登場するモンスター。


 剣と魔法のファンタジーらしく、巨大な獣から漫画やアニメを彷彿とさせる異常な生命体の発見報告が世界各地で頻発した。

 最初はUMAの発見報告として合成写真やデマ情報とバカにされたが、数の異常さと世界各国の報道機関がカメラに押さえた事で爆発的に情報が広まる。そして同時期に発生したプレイヤーのアバター化。

 ゲーム運営会社へのバッシングが起きたが、同時にほぼ全ての人々がこの会社のせいではないだろうと理解していた。


 物理崩壊、又はワールドクライシス。


 何の捻りも無くそう呼ばれ始めたこの事件が人間の手で起こせるものだとは誰も考えなかった。

 ゲームとはプログラムの塊であり、プログラムは現実の世界に出現するモノではない。

 そんな事が出来るのなら、それはプログラムではなく別の存在だ。

 世界中にスマートフォンが普及する現代ではその程度は人類全体の常識だった。


 その為、運営会社は偶々神か悪魔の悪戯に当たった企業でしかない、というのが社会の共通認識になっていく。

 モンスターに対しては出現が確認された時点で各国がそれぞれに捕獲、殺傷を試みてある程度は達成された。


 しかし問題も散見される。

 ゲーム開始直後の街の周辺に出るような雑魚モンスターは現代兵器で問題無く駆除できたが、発見例の少ないゲーム中盤のモンスターになると途端に銃の効き目に難があった。

 ライオンのタテガミにも似て非常に強靭な肉体を持つモンスターたちには銃の効き目が薄く、ゲームのアバターの肉体を持つ者たちはレベル相応のダメージを与え瞬殺する事すら可能だった。


 ゲームのモンスターにはゲームのアバターが有効。


 この特性は直ぐに世界中で共有され、各国は自国のアバターと化したプレイヤー、『未帰還者』を各国の方法論で囲っていく。

 また、ゲームが運営されていなかった為に未帰還者が居ない国々からは未帰還者数の多い国に対して対モンスター戦力としての提供を求める声も上がった。


 そんな社会情勢の中、日本で未帰還者を取り巻く環境は決して良いものではなく、とある事件を境に全国に神卸市のような隔離施設が建設されていく事になる。


「ここまでが現代史の基本です。次のテストの範囲なので理解しておいてください」


 カオルたちが都市外周部を巡回している最中、和服姿でタブレットを操りながら生徒たちの前に立つスミレは生徒たちの表情から特に知識に不足が無い事を察した。

 この内容はこの半年で彼らが実際に経験した内容だ。一部ボカシを入れて差別や人体実験等の情緒教育に良くないとされる内容に踏み込まなかったりしているが彼らもそれは理解しているだろう。


「スミレ先生ー」

「何かしら、N2さん」

「神卸市が出来る時に頑張ったのがカオルさんなんですよね?」

「……当人は否定していますが、そうですね。彼女が居たから関東圏では迅速に未帰還者が神卸市に集まったと言えます」

「やっぱスッゴイのね」

「ええ。でも、テストには出ないから皆でカオルさんを質問攻めにしないようにね」

「ちぇー」


 N2というのはお調子者の女子生徒のあだ名ではなく、彼女が自分に付けたプレイヤーネームだ。

 この国立神卸学園は生徒や教師の種族や実性別とアバター性別などの問題から下手に分類訳が出来ない。その為、物理崩壊前によく見られた男女での隣席という法則は設けていない。

 その為、スミレの前には単純にプレイヤーが自分で自分に名付けた名前順を基にして生徒たちが席に着きスミレの授業を受けている。


 人数は32人。神卸市に住む関東の学生未帰還者を全て集めたこの学年の総数だ。

 生徒1人1人は授業用に支給されたタブレットを持っている。今はタブレットを机型PC端末に有線で繋いでスミレが有線でタブレットと繋いだ黒板型モニターに表示された内容で授業を受けている。


「この街では定期的に未帰還者が都市周辺を巡回してモンスターを討伐しています。そして関東圏でモンスターの発見報告が起こった場合、当直の防衛班職員たちが現地に赴き討伐します。皆さん全員にその役目が背負わされる訳ではありませんが、この街で自分の身を守る為にも最低限のレベルは必要になります。なので戦闘訓練の授業は真面目に受けてくださいね」


 素直に同意する生徒たちを見て、表情だけ笑顔を浮かべスミレは授業を再開した。


▽▽▽


 午前の巡回を終えて神卸学園に戻ったカオルは自席に着いて大きく息を吐いた。

 命の危機というには弱いモンスターを相手にしていたが、それでも1時間以上の緊張状態から脱した解放感には抗えない。途中で買ってきたスポーツ飲料を勢い良く飲み、学園で提供される昼食に手を掛けた。

 この昼食は給料から天引きされるので弁当を作ればより安上がりに成るが面倒なのでカオルは昼食を注文している。


「お疲れですね」

「スミレ先生、お疲れ様です」


 授業終わり、どこかに寄っていたのかチャイムから少し遅れてスミレが隣の席に戻ってきた。

 この穏やかな表情を崩さない同僚が腹の中ではそれなりに色々な感情を抱えている事を知っているカオルとしては自分だけが疲れていると言う気は無い。そして、抱えながらも周囲に理不尽に感情をぶつけない部分を好ましく思っている。


「スミレさんはお弁当、自作の日ですか?」


 朝と違ってタブレットだけでなく包みを持っている。

 スミレが週の内、何日かは弁当を自作するのはもう見慣れた光景だ。


「ええ。ゲームみたいに一気に作れれば簡単なんですけど、逆に自分の腕が鈍らないっていう利点は有りますね」

「クラフトの仕様は戦闘職以上に謎ですからね。一括製作は出来るけど1個だけ製作は実作業しないと作れないってよく分からないな」


 席について自作の弁当を広げるスミレと他愛も無い会話をしながらカオルは部屋に備え付けのテレビに目をやった。

 朝とは違い未帰還者に肯定的なコメンテーターが自分なりの今後の社会の有り方を話している。未帰還者と一般人が同じ環境で生活する事を前提に自分なりに社会の将来像を話しているが、その為に超えなければならないハードルの話はしていない。

 そもそもどんなハードルが有るか予想も出来ないのだろう、他のコメンテーターやMCも自分なりの意見を展開しているがハードルに対しては言及しない。


「カオルさんは戦闘職メインでしたか?」

「ええ。鍛冶師は面白いので育ててましたけど、初心者なんで戦闘職もクラフターもカンストはしてないんですよ」

「あれだけ戦えるのに?」

「あ~、まあゲームと実戦は違いますから」

「いや、そうなんでしょうけど、凄いですね。物理崩壊初期の戦闘じゃ廃ゲーマーたちより派手に立ち回ってたって有名なのに」


 食べる事も忘れたように目を見開くスミレを相手にカオルは苦笑するだけだ。

 実際、物理崩壊が起きたばかりの頃、まだ政府が警察や自衛隊でモンスターへ対処しようとし2次被害が乱発していた時にレベルマックスでもないのに暴れたのは事実だ。


 何せ大型犬程度のネズミのように銃や警棒でどうにかなるレベルなら良いが、コモドオオトカゲのような硬い皮膚を持つモンスターには無謀だ。

 だからといって街中で自衛隊がライフルを乱射するような事態になれば周辺への被害が大きくなる。


 何より問題だったのはドラゴンや毒を撒く異常生物の中には銃弾を弾く特性を持ったモンスターも多かった事だ。

 銃による殺傷を待っていたらその間に周囲が跳弾と火と毒で破壊され死傷者が大量に出る状況だった。


 それで自分で戦おうというのも無謀だと自覚は有ったが、それ以外に対処方法が思いつかず周囲の未帰還者数人を巻き込んでモンスター迎撃に向かったのだ。


「まあ、ゲーム的に考えたら問題無く倒せる相手だったので、試してみたんですよ。上手くいって本当に良かった」

「勝てる確証も無いのに突っ込んだんですか!?」

「あ~、周囲に人も多くて、被害が拡大する前にどうにかしたかったんですよ」

「それで戦っちゃうのは無謀です!」

「ま、まあ、お蔭でレベルとステータスが有効って分かったんで、結果オーライという事で」


 身を乗り出して怒るスミレが想像以上に近く自分でも言い訳だと自覚しながら反論を返す。

 まさか怒られるとは思わなかったので目を伏せて反省する素振りを見せる事でスミレを落ち着かせようとして、静かになったので薄く目を開けてみる。


「ま、まあ私も無事に済んだのは知っているのでこれは許しますが、本当に無謀な事はしないでくださいね」


 少々顔を赤くしたスミレがブツブツと呟きながら自分の席に戻り弁当に箸を伸ばす。

 随分と慕われていると思いつつカオルも口数は少なめで食事に戻る。

 スミレのように気の置けない相手にまで自分の事を意識されると息が詰まるので出来れば彼女には自分に対し多少の距離感を持って欲しいのが本音だ。

 若干の面倒臭さを覚えつつ最近の噂で話を逸らす事にする。


「しかし、そろそろモンスターの大規模襲撃があるって本当なんですかね?」

「むう、話を逸らす気ですね。まあ良いですが。巡回や討伐隊の強化を行う方針が固まったそうです」

「本当ですか。そうなると、何かしらの確証が有ったのかな?」

「そこです。今の所は理由が発表されてなくて憶測だけが飛び交っている状態なんですよ」

「う~ん。単にモンスターの被害を重く見て警備レベルを強化したい、という考えも有るかもしれませんが、未帰還者の数は限られてるからなぁ」


 モンスターの危険度は社会に理解されており、警察や自衛隊よりも未帰還者が有効なのは常識といっても良い。

 しかし、だからといって未帰還者の数が増える訳では無いので下手に未帰還者の負担を上げて本当の有事にパフォーマンスを落としては意味が無い。


 政府が確認した未帰還者は全員が一般人で自衛隊所属の人間は居ない。警察官は数名居たが、それも若い層に数名居るだけで軍隊のような規律の取れた活動をするには数年の教育期間を必要とする。

 また職業選択の自由が保障されている日本で未帰還者に戦闘を強要する事は出来ない。


「過激な人だと未帰還者は全員自衛隊の所属にして国の警備をさせるべき、何て言う人も居るみたいです」

「スミレさん、箸がギリギリいってる」

「あら、すみません」

「いえ、未帰還者なら誰でも怒る意見でしょうから」

「職業選択の自由は未帰還者は例外、なんて差別発言だって自覚してないのでしょうね」

「ま、その手の意見は実行されないよう立ち回るしか無いですね。全く、平和に生活したいだけだってのに」


 意識的に明るい口調でスミレに応えたところで昼食を食べ終わり、返却口へ空になった弁当箱を返す。

 その後も適当な雑談で昼休みを終え、それぞれの午後の仕事に向かっていった。

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