第2話 防衛班の外回り
カオルが学園から向かうのは校舎の外、学園から約500メートル離れた十字路の一角に建てられた4階建ての建物だ。
角の内の1画だけが円柱状だがそれ以外は通常の角ばった建築物だ。入口は目立つ円柱部に設置されており入口が分かり辛いといった事はない。
それほど大きい印象は無く池袋や新宿に乱立する商業ビル程度だろう。各フロアに10人程度のデスクが置かれればそれなりに手狭に感じる、その程度のサイズだ。
複数の建物が隣接しており体育館程の大きさから商業ビル程度の大きさとサイズ感に統一感は無い。
慣れた足取りで2階へ上がり唯一の扉を開けば中には広いデスクが1つ、応接机とソファが1セット置かれている。壁には棚が設置されているが本棚ではなくオブジェや荷物を置く為の物だ。
デスクには出鱈目に大柄な男が着き、応接ソファには身長1メートル程度の非常に小柄な少女とエルフのように耳が尖った長身痩躯の優男が向かい合って座っている。
「お、来たかカオル君」
「どうも。今日はこのメンバーですか?」
リーダー格らしき大柄な男と短い会話を交わしたカオルは少女の隣に腰を下ろす。
間を置かずに少女が机の上のティーポッドからカップに紅茶を注ぐ。
お礼を言って口を湿らせ苦笑する。
「本当ならこんなに淹れたてに出来るはずないのにな」
「ええ。これは未帰還者の特権でしょうね」
苦笑を交わし合って少女も紅茶を口に含む。
この部屋で長居する訳ではないので茶菓子は無い。
カオルが少し落ち着いたのを視線で確認し合い4人は腰を上げた。
大柄な男が号令を掛ける。
「では本日は俺ガルド、カオル、アンソン、レミアの4人で巡回を行う」
「カオルさん、今日はマスコミに捕まらないでくださいよ?」
「知らないって」
「そうですよ、アンソン。カオルさんは被害者じゃないですか」
「レミアちゃんは今日も俺は呼び捨て、カオルさんは『サン付け』かい」
「相手を選んでますから」
「言い切りやがった」
「茶番はそこまでにして装備を確認しろ」
「はーい」
「了解」
「すみません」
思い思いの返事と共に3人が何処からか本や巻物を手に取った。
カオルは洋風のハードカバーだが付箋でページを探すような事も無く無造作に本を開く。真っ白なそのページは開いた瞬間に直ぐに文字が浮かび上がる。
まるでゲームのステータス画面のように現在の彼女のプロフィールが表示される。右側の武装は空欄で服装はパンツスーツの装備情報。左側にはステータスやレベル、職業が書かれている。
装備画面の1点をタップし装備のショートカットを呼び出すと複数の項目の中から『銃剣』を指定し装備する。
同時に彼女を包む様に薄く発光する円柱が現れ姿を完全に隠し、内部では彼女の姿に変化が現れる。
瞬間的な発光の後、パンツスーツではなく軽鎧にボタンを閉めないコート姿で背中の革製ホルスターに妙な形状の剣を背負う。
銃剣の名の如く柄が銃になっておりリボルバーのシリンダから銃身ではなく片刃の刀身が伸びている。
現実には考えられないゲーム的な光景だが、他の3人も似たようなものだ。
カオル以外も円柱に覆われ、円柱が霧散すれば各々が鎧や斧、魔法使いの杖を身に着けている。
大柄な男ガルドは体格に見合った分厚い全身鎧を身に着け、2メートルの身長と長さの変わらない巨大な斧を背負っている。
長身痩躯のアンソンは軽鎧の上からレザージャケットを纏い、時代錯誤なロングバレルの中折れ式銃を腰のホルスターに納めている。
異常に小柄なレミアは赤いローブを着込み、先端に赤い宝石の嵌め込まれた鉄杖を右手で引っ掛けるように持っている。
「今日はアタッカー俺だけかぁ」
「カオル君に期待するんだな」
「こっちはディフェンダー。ダメージはそっちの領分じゃないかな?」
「そうですよ! 何でもかんでもカオルさんに頼らないでください」
「あの、レミアさん、そういうのは自分で言えるからね?」
「あ、すみません。出しゃばったマネを」
「あ~、まあ心配してくれてるのはありがたいから」
微妙に気の合わない会話を交わしながら建物を出た4人はガルドを先頭にして郊外へ向けて歩き出す。
学園と同じ様に異形の美男美女ばかりの街中を物騒な武装者4人が歩いても騒ぎが起きる様子は無い。それどころか知り合いたちと適当に手を振り合って挨拶すらしている。
「半年前は普通にサラリーマンしてたのにな」
「カオル君は社会人だったな」
「何でも出来るバリバリのキャリアウーマンだったんですか?」
「まさか。普通に失敗するリーマンだったよ」
「またまたぁ。カオルさんなら男どもが放っておかないでしょう」
「アンソン君、未帰還者の見た目なんて当てにならないでしょ」
「はは。違いない。俺なんて本当は女でしたしね」
「「え」」
「ふっふーん。意外でしょ?」
「うん。男子大学生だと思ってた。それもパリピ系」
「カオルさん、結構ストレートっすね」
「でもカオルさんの言う事も分かります。駅前でナンパとかしてると思ってました」
「そんな暇あったらゲームしてるけどね」
「あ、こっち側だった」
「そりゃそうさ。でなきゃ未帰還者なんかになってないって」
「うっわ、アンソンのクセに正論言ってる!」
「レミアちゃん、俺だって正論は言うぜ」
ワーワーと言い合うアンソンとレミアを放置しカオルはガルドに声を掛けた。
「アンソン君の意見も正しい。少し心許ないですが、今日は攻撃優先にします」
「ああ。余程の大物が釣れない限りはそれで行こう。またカオル君のイケメン度が上がりそうだな」
「ガルドさん」
「ふ、済まない」
熊のような巨躯に見合った厳つい顔を小さく歪ませ適当に手を振るガルドに言い負かされた事を悟りカオルも下がる。
ガルドから事前に配布された巡回ルート情報を開いたハードカバーに表示させる。カオルの知る限り危険なルートではないが神卸市の最東端であり、この市を取材する為に多くの出版社が支部を構える騒がしいエリアでもある。
「そろそろ出るぞ。全員気を抜くな」
ガルドの注意と共に全員が表情を引き締め無駄口を止めた。
建設中の城壁が左右に伸びる厳つい門だ。門の上の監視台には弓や銃といった遠隔武装、杖や本を持った魔法使い気取りの者たちが居る。
「お、巡回組か。マスコミに気を付けてな」
「ああ。そちらも警備、頑張ってくれ」
「ありがとよ。開門だ!」
号令と共に物々しい騒音が鳴り始め門が両側に開いていく。
4人が門を抜けてガルドが門番に向けて手を振るのに合わせて門が閉じる。
先程よりも気を張った表情の4人だが、ふと気づいたといった様子でカオルが口を開く。
「さ、今日も平和だって確認に行こう」
その一言に一瞬だけ驚いた顔をして3人が苦笑する。
先頭のガルドが同意するように軽い仕草で前に進むと指示を出し、全員でそれに続いた。
門の外は開発前の秩父市の山間部らしく木で覆われた森だ。特別に背の高い木が生えている訳では無いが巡回ルートは単純に木が多く昼間でも薄暗い。
一行はガルド、アンソン、レミア、カオルの順で歩いている。ガルドが先を、アンソンとレミアが左右を、カオルが後方を注視しながら時折全体を見る。
4人の進み方は明らかに敵が居る事を前提としたものだ。警戒しながら少しずつ進む歩みで現代日本では考え辛い行為ではある。
しかし、程無くしてアンソンが短く全員を止めた。
「左警戒。居るっすわ」
長身だけあって視界が広いアンソンが真っ先にそれに気づく。
他の3人もアンソンの言葉を確認する為に左へ視線をやり、彼らが警戒していた相手を発見した。
日本の関東エリア、それも東京に隣接したエリアでは考え辛い程に巨大なネズミが数匹居た。その横には植物のような蔓から葉を生やした直立で浮遊する異形も居る。
モンスター。
彼ら4人が警戒していた相手で、彼ら本来の実力なら警戒など不要な相手だ。
しかし、彼らの表情は硬い。
「俺が先行して引き付ける。カオル君、アンソン君は可能な限り迅速に殲滅してくれ。レミア君は回復に集中して攻撃は考えなくて良い。回復が必要なければそれが1番良い」
「了解」
「よっしゃ、2人でやっちまいましょう」
「ガルドさん、ご武運を」
ガルドの指示を全員で支持し、先行するガルドに続く形でカオルがネズミに切り掛かる。その背後でアンソンが銃を抜いて植物へ銃口を向ける。レミアが杖を空に掲げ、彼女の周囲を青白い靄が囲んだ。
一気にモンスターたちに肉薄したガルドは背負った斧の上段に背負い、1匹のネズミに振り下ろす。
渾身。
ネズミと自分の体格差など考慮しない全力の一撃だ。
それ程の強敵なのかと言われれば、やはりネズミは4人と比較して非常に脆く、鮮血らしい黒い液体をまき散らしながら絶命した。
絶命の証拠のようにネズミの体が黒い霧に成って霧散していく姿はゲーム的で現実で見るには奇妙な光景だった。
一撃でネズミを殺害したガルドの迫力に圧され残ったネズミも植物もガルドに敵意を向け襲い掛かる。
ネズミの牙が、植物が蔓の先端から吐き出す高速の液体が、ガルドの鎧を揺らす。
そのダメージは殆ど無いと言って良い。子猫のパンチよりも更に弱い衝撃しか感じない。ダメージと呼ぶ事も無いような打撃にガルドは恐怖心が解消されたような安堵の息を吐く。
その横を抜ける様に前に出たカオルが銃剣でネズミを切り付ける。
ガルドの渾身とは異なり最短最小のモーションで羽虫を払うような一撃だ。
確実にネズミの首付近を捉える斬撃の後、カオルは足を止める事無く横にステップを踏んで別のネズミに踏み込む。
横薙ぎに銃剣を振り払い、ガルドに飛び掛かろうとする個体を含め2体を切り殺し、植物へ向き直る。
その瞬間、発砲音と共にガルドとカオルの間を銃弾が通り抜け、投影面積の少ない植物の中心の蔓を正確に打ち抜いた。
着弾と同時に衝撃を起こす効果があるのか、植物は全身に打撃を受けたように仰け反り崩れ落ちる。
静かに歩み寄ったカオルが切っ先で植物の葉の1枚を突き刺し黒霧として霧散していくのを確認した。
「状況終了」
「ふぅ。元はスタートポイントの雑魚モンスターとはいえ、やはり実物相手の緊張感はとんでもないな」
「ホントっすわ。俺はまだ遠距離武器だから良いですけど、ディフェンダーとか近距離武器の人はキッツイでしょ」
「私たち、こんなモンスターからの攻撃なら怪我もしないのに、やっぱり怖いですものね」
戦闘が終わった解放感から口数の多い4人だが、これで終わりではない。
巡回は午前中で今はまだ11時、あと1時間は彼らは巡回を続けモンスターを狩らなければならない。
全員が緊張と疲労を追い出すように大きく息を吐いて、再度ガルドを先頭に森の中を進み始めた。
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