『ウンディーネさんと町の領主さんからの提案』
ティーニヤさんのお屋敷に向かっている途中で……。
「母さん……お帰りなさい。母様は……元気だった?」
アンデイルさんに会いました。
もちろんアスィミさんも一緒です。
わたしは足を止め、アンデイルさんに言葉を返します。
少しだけ苦笑いを浮かべて。
「ウンディーネさんはお元気でしたよ。まあ、色々あって今はお疲れだと思いますが……」
「色々? 何が……あったの??」
不安げな顔をする、アンデイルさん。
ちょっと言い方が悪かったですね。
でも、隠し事とかしたくないのです。
アンデイルさんと約束しましたからね。
そこでわたしは、今日起きた出来事を話すことにしました。
急いでいるので、かなり掻い摘んでいますが。
「……ということが、あったんですよ」
「あのドラゴンのブレスを……母様が防いだの? す、凄い……わたしでも……出来る様になるのかな……」
「できると思いますよ。今回ウンディーネさんに教えた魔法は、バブルドームよりも簡単ですから」
ウォーターバレット・スパイラルショットもスパイラルウォーターランスも、一番重要なのは回転速度です。
わたしが使う魔法で最も高速で回転するのがバブルドームなので、そのバブルドームを習得したアンデイルさんなら、すぐに扱えるようになるでしょう。
そんなことを思っているわたしから、アンデイルさんは少しだけ視線を逸らしました。
「そうなんだ……ところで……何故エリミアが……此処に居るの? 帰るのは無理だって……言ってたのに……」
怒っている……というワケでもなさそうですね。
表情は普段と変わりませんから、ただ単に知りたいだけなのだと思います。
少し前まで一緒にいた相手ですから、その気持ちはわからなくもありません。
ですが……。
「アンデイルさん、今ここでそのお話をするのは止めておきませんか? それに……こちらのハイエルフさんはエリミアさんではなく、エイシアさんですよ」
最後のほうは声を落として、耳元で伝えました。
それにハッとするアンデイルさん。
「あ……そうだった。ごめんなさい……」
アンデイルさんは周囲をキョロキョロと見渡したあと、申し訳なさそうに頭を下げます。
でも……問題なさそうですね。
わたしたちの横を町の人たちが何人か通り過ぎましたけど、エイシアさんが『エリミア様』であると気付いている様子は一切ありません。
それもそのハズ。
アンデイルさんの声はたどたどしい上に小さいので、傍にいないと聞き取れないのです。
まあ、エイシアさんはヒヤヒヤしていたみたいですが……。
フードで隠しているのに、お顔が真っ青でした。
わたしはエイシアさんから、アンデイルさんに視線を移します。
「お話したいことがたくさんあると思いますが、あとにしてくださいね。これからティーニヤさんのお屋敷に行かなくてはいけないので」
「それなら……わたしも……行きたい……ダメ?」
ま、まさか……コレはっ!
そんな上目遣いでお願いされたら断れないじゃないですか!!
なんて……別に大したことでもないので、迷うことなく了承します。
あとアスィミさんとは、ここでお別れしました。
お家の見回りをするそうなので。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すっかりお日様が落ちたところで、ティーニヤさんのお屋敷に到着。
出迎えてくれたのはメイド長さんである、メイリーさんでした。
そのメイリーさんさん向かって、エイシアさんが軽く手を振ります。
「やあ、メイリー。久し振りだね」
「え……エリミア様っ?! しょ、少々お待ちくださいっ!!」
メイリーさんは酷く動揺した様子で、階段を駆け上がっていきました。
あ、階段を踏み外して脛を思いっきりぶつけましたね。
すごく痛そうです。
「あんな慌てたメイリー、初めて見たよ」
「わたしもです。でも……そうさせたのは、エイシアさんですよね? なんでいきなり声を掛けたんですか??」
「つい何時もの習慣で……」
一応反省しているみたいなので、これ以上なにも言いませんが。
このあとしばらくして、わたしたちはティーニヤさんのいるお部屋に通されます。
ちなみにメイリーの怪我は、
それはさておき。
5年振りのご対面となる、ティーニヤさんとエイシアさん。
先に口を開いたのは、意外にもエイシアさんでした。
「ティーニヤ様……ご、ご無沙汰しております……」
「あらあら、まあまあ。そんなにかしこまらなくても良いんですのよ? 以前の様に砕けた感じで話して下さいな」
「そ、そんな訳には……」
「わたくしが良いと言っているんですのよ?」
ティーニヤさんは微笑んでいますが、とてつもなく圧を感じます。
「…………」
それに耐えられず、エイシアさんは黙ってしまいました。
こうなると、お話になりませんね。
ティーニヤさんのことを一番会いづらいと言ってましたし。
エイシアさんにはハードルが高過ぎたようです。
時間も遅いですし、本題に入るとしましょう。
「あの~、ティーニヤさん。ちょっと相談したいことがあるんですけど……いいですか?」
「ディーネさんが、わたくしに? 珍しいですわね。ええ勿論、良いですわよ」
「ありがとうございます。実は……」
わたしはティーニヤさんに訊ねます。
誰も悲しませることなく、エイシアさんをイールフォリオに迎え入れる方法はないかと……。
それを聞いて、ティーニヤさんは特に考える仕草も見せず、すぐに返事をしました。
「その悲しませたくない中にはエリミ……いえ、エイシアさんも入って居ますのよね?」
「はい……やっぱり難しいですか?」
「いえ、全く。考えてみてくださいな。エリミアさんは既にお亡くなりになってますのよ? でしたら、エイシアさんとして滞在すれば良いではありませんか」
「それで上手くいきますか? お名前は変わっても、見た目はエリミアさんそのものなんですよ??」
「ええ、そうですわね。ですからエイシアさんは……エリミアさんの双子の妹と言う事にすれば良いと思いますの。どうかしら?」
双子の妹さんですか……。
なるほど、これは盲点でしたね。
双子さんなら見た目が同じでも怪しまれませんし。
もし疑われたとしても冒険者カードを見せれば別人であると認めざるを得ません。
なにせ冒険者カードは偽造不可能ですからねっ!
いやあ、ティーニヤさんに相談して正解でした。
これなら誰も悲しませることなく、エイシアさんはイールフォリオにいることができそうです。
ところが……このティーニヤさんの提案に、今まで黙っていたエイシアさんが口を開きます。
「どうかしら、って……そんな事が許されるの?」
「許すも許さないも、ありませんわ。今此処で『実は生きてました』と公表したらどうなると思いますの? 間違いなく領民たちは混乱しますよわよ?? メイリーさんが良い例ですわ」
「確かにそうかも知れないけど……謝らなくて良いのかな?」
「謝罪する気持ちがおありなら、もう二度と領民たちを悲しませる様な事はしないで下さいな」
「うん、わかった。約束する」
「ようやく、何時もの調子が戻って来たみたいですわね。ところで……今後はどちらで過ごされる予定ですの? 屋敷の離れなら、空いておりますわよ??」
エイシアさんの住むところ……。
全然考えてませんでしたね。
離れのお家は、わたしのお家よりも広いですし、かなりの好条件です。
それなのに……エイシアさんは首を横に振りました。
「ううん、気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ。私は……お師匠様と一緒に暮らしたいんだ」
「お師匠様? それは何方の事を仰ってますの??」
「あ、わたしです。話の成り行きで、エイシアさんをお弟子さんにすることになりました」
「あらあら、まあまあ。そうでしたの。ディーネさんのお家も賑やかになりますわね」
「さすがに一人増えると、お部屋が狭くなるので……これを機に増築しても良いかもしれませんね。もしくは、別にお家を建てるとか……」
今のお家をフウカさんとエイシアさんに譲って。
わたしとシュヴァルツさん……それとアンデイルさんとアスィミさんのお家を新たに建ててしまいましょうか。
建築はもちろん、アルマさんに頼みますよ?
それが一番ですから。
シュヴァルツさんと二人きりの新居。
えへへ……夢が膨らみます。
そこに現実に引き戻す声が……。
「ディーネさん? お顔が緩みっぱなしですわよ??」
「すいません。想像したら楽しくなってしまって……」
「でしたら今から申し上げる事は、酷かも知れませんわね」
「酷? なにがですか??」
「ディーネさんのお家は、
「そう言えば、そんな事もあったね。あの時は大変だったなぁ……」
当時のことを思い出すように、エイシアさんはしみじみと語ります。
あのお家の元所有者さんだけに、いろんなご苦労があったみたいです。
ですが、そんなことよりも……。
「ファルグラテル王陛下って、誰のことですか? はじめて聞くお名前なんですけど……」
「ディーネさんは、ファルグラテル王陛下をご存知ありませんの?! 精霊王と言えば、子供でも知ってますわよ??」
精霊さんの王様?
あー、王都の王様のことでしたか。
「それなら知ってますよ……で、お家を建てるなら王様の承認が必要なんでしたっけ? だったら、問題ないですよ」
「問題ないとは……どう言う事ですの?」
「わたし……
そう言って、宰相さんから受け取った任命書をティーニヤさんに見せました。
すると、それを隣から覗いていたエイシアさんと一緒に……。
「「え? ええーーーっ?!」」
声を揃えて驚くのでした。
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