『ウンディーネさんと悩める精霊術師さん』

 わたしが辺境伯さんですか……。

 なんだか、とんでもないことになってしまいましたね。


 これから先、何をすれば良いのでしょうか?

 全然わかりません……。


 夕焼けに染まるお空を眺めながら、途方に暮れてました。


 とりあえず領主さんのお仕事については、ティーニヤさんに訊くとして。

 今やらなくてはいけない、最も難しい問題に取り掛かろうと思います。


 さて……行きますか。


 意を決して歩き出したところで、シュヴァルツさんに呼び止められました。


「ご主人様、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫ですよ。いきなり凄い貴族さんになってしまったので、ちょっとビックリしてますけど……」


「その事では、ありません……フウカの事です」


 シュヴァルツさんの言葉に、ビクッと体が震えます。


 わたしが抱えている最も難しいの問題……。


 それはフウカさんの今後のことでした。


 ここまま、わたしたちと暮らすか。

 それとも、エリミア様と暮らすか。


「シュヴァルツさんは気付いていたんですね……」


「これまでのフウカの行動を見ていれば判ります。それで……ご主人様は、どうされるおつもりですか?」


「フウカさんが望むなら……え、エリミア様と……一緒に……」


 って、あれ?

 言葉に詰まって、上手くお話しができません。


 涙が止めどなく溢れ出てきて……。


「お、おかしいですね……」


 無理に笑顔を作ります。


 すると……。


「おかしくなど、ありません」


 そう言って、シュヴァルツさんに抱きしめられました。


 温かいですね……。

 やっぱりシュヴァルツさんは、わたしの大切なひとです。


 そんなシュヴァルツさんの腕の中で、わたしは自分の想いを打ち明けます。


「わたしは一度命を失って、こちらの世界にやって来ました。ですから向こうの世界の家族に会うことはできません。でも……フウカさんは、出会うことができました。一番大切な家族に……だから、フウカさんが望むのなら、背中を押してあげたいと思います。ただ……フウカさんとお別れすると思うと辛くなってしまって。フウカさんも大切な家族ですから……」


 シュヴァルツさんは黙って、わたしの話を聞いてくれました。

 より強く抱きしめながら。


 苦しくなどありません。

 むしろ安心感を覚えます。


 するとシュヴァルツさんが、呟くように言いました。


「……私は何があろうと、ご主人様の傍に居ります。私にとっての一番大切な家族は、ご主人様ただ一人でございます」……と。


 今、なんて言いました?

 一番大切な家族??


 その一言にドキドキが止まりません。

 いえ、逆に心臓が止まりそうです。


 見上げると、ほんのり頬を赤く染めたシュヴァルツさんが、優しく微笑みかけてくれました。


 それがなんだが恥ずかしくて……。

 すぐさまシュヴァルツさんの胸に顔を埋めます。


 この時、気付いたのです。

 シュヴァルツさんの鼓動が異常に早かったことに。


 だから……。


「わたしも同じですよ」


 と返事をしたのです。


 ここから少し時間をかけてクールダウン。

 熱がなかなか冷めてくれません。

 心身ともに。


 でも……シュヴァルツさんのお陰で勇気が湧いてきました。


 それでは、行くとしますか!


 気を取り直して、フウカさんのところに向かったのです。


 やはりと言うべきか、フウカさんはエリミア様と一緒にいました。

 感動の再会……と言うには、お二人の様子に違和感を覚えます。


 フウカさんは真剣な表情をしているのに対し……。

 エリミア様は、あきらかに困り顔。


 まさか……人違いなんてことはないですよね?


 一応確認のため、エリミア様と思わるハイエルフさんに声を掛けてみました。


「あの~、すいません。エリミア様でお間違えないですか?」


「え? お、おし……」


 おし? あー、惜しいってことですか。


 そう言えば、お名前が変わってましたよね。


「今はエイシア様でしたね。気が利かず、申し訳ありません」


「な、何故……名前を変えた事を知ってるの?!」


「エリサさんへのお手紙に、そう書いてあったので。あ、勝手に読んだワケじゃないですよ! 誤解しないでくださいね」


「そうなんだ。秘密にしてって言ったんだけどな……」


 まあ、あの内容では秘密にしますよね。

 生きていること自体が秘密なんですから。


 それはさておき。

 人違いではないのなら、なぜフウカさんとエリミア様……ではなく、エイシア様の表情に違いがあったのでしょうか?


 首を傾げていると、フウカさんがこちらを見たのです。

 真剣な顔はそのままで。


「フウカ……ディーネ様ニ、オ願イガアルデス!」


 お願いですか。

 なんとなく想像はついてます。


 でも、大丈夫。

 シュヴァルツさんに勇気をもらったので……。


「はい、なんでしょう?」


「エ、エリミア様ニ……ツイテ行ッテモ良イデス? モウ、離レタクナイデス……フウカハ、フウカハ……ゴメンナサ……デ……ス……」


 少し前のわたしと同じように、フウカさんは言葉に詰まりました。


 そして、大粒の涙を流していたのです。


「もういいですよ。フウカさんの気持ちは良くわかりました」


 そこまで答えて、エイシア様に視線を移します。


「もしご迷惑でなければ、フウカさんのことをお願いしてもいいですか?」


「別に構わないけど……貴女はそれで良いの? この子の主なんだよね??」


「そうですけど……フウカさんはずっとエイシア様のことを想ってましたから、ダメだなんて言えないですよ。でも……ひとつだけ約束してもらっていいですか?」


 エイシア様に向かって、人差し指を立てました。


「な、何?」


「もう二度と……フウカさんのことを置いて、いなくならないでください」


「うん……分かった。約束する」


 そう答えたエイシア様の表情は、少しだけホッとしたように見えました。


 そのエイシア様が、今度はわたしに訊ねてきたのです。


「ところで……貴女はお姉ちゃんと、どう言った関係なの?」


 どういった関係?


 これは意外と悩みますね。


 ただのお知り合いでも、ないですし。

 だからと言って、お友達と呼べるような間柄でもないような。


 まあ、強いて言うなら……。


「師弟関係? みたいなものでしょうか」


「し、師弟? 貴方とお姉ちゃんが?! どどど、どう言うこと??」


 動揺し過ぎてませんか?

 震えかたが尋常じゃないですよ??


 エイシア様がこんな感じなので、わたしは落ち着いて答えることにします。


「えーっと……エリサさんは自分が無力であることを許せずにいたんですよ。ラドブルクの神官さんなのに、石化除去ストーンリムーブを使えずにいましたから」


「うん、知ってる。でも今は使えるようになったって、手紙に書いたあったよ。ついこの間まで麻痺解除リリースパラライズまでしか使えなかったのに、たった数日で有り得ないと思った。もしかして……貴女が何かしたの?」


「何かってほどのことでもないんですけどね。ちょっとレベル上げのお手伝いをしました。そしたら、『お師匠さま』と呼ばれるようになってしまって……」


 その時のことを思い出して、苦笑します。


 一方で、エイシア様の目つきが鋭くなったのです。


「何それ、ズルい。私も弟子にして欲しい」


「え、エイシア様? ずるいと言うのは、なんですか?? そ、それに弟子って……」


「お姉ちゃんばっかズルいって思ったの。あと、『様』とか要らない。私も貴女を『お師匠様』って呼びたい。お願いします! 私を弟子にして下さいっ!!」


 その目は真剣そのもの。


 ですが、いきなりの申し出に、今度はわたしが動揺します。


「で、でも……わたしはイールフォリオの神官さんですし。お、王都には頻繁に来れないですよ?」


「それなら…………私がイールフォリオに帰りますっ! これで万事解決ですよね? お師匠様!!」


 高らかに断言する、エイシア様。


 そこには先ほどまでの悩んだ姿は一切なく。

 何かが吹っ切れたような、清々しい表情を浮かべてました。

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