『精霊術師さんと風のお掃除精霊さん』

 お城から飛び立つバハムートを見つめながら、私は複雑な思いに駆られていた。


 エンシェントワールドで何度も死に追いやられた、バハムートのブレス。

 私はリアルの世界で、そのブレスに打ち勝った。


 一回が限界だけどね。


 それでも、大きな自信に繋がったと思う。

 少しくらいは、お師匠様に近づいたと感じたからだ。


 だけど……それは大きな勘違いだと言う事に気づかされる。


 お師匠様が、私たちの前に現れて早々に、バハムートはブレスを放ってきた。

 一度だけでなく、五回も連続で。


 いくらお師匠様でも、この数のブレスを防ぐには無理がある。

 これは間違いなく犠牲者が出る。


 そう思っていた。


 ところが……ブレスはひとつとして、此方に届く事はなかった。

 全て空中で消滅してしまったからだ。


 もちろん、お師匠様の魔法によって……。


 魔法名は『ウォーターバレット・スパイラルショット』。

 私がアレンジした、ちゃちな魔法とは比べ物にならない威力。


 凄いなんてもんじゃない。

 次元が違い過ぎる。


 だって、そうでしょ?

 私は一度防いだだけで魔力切れを起こしてフラフラになっているんだよ??


 それなのに……お師匠様は全く疲れた表情を見せていないんだからっ!!


 極め付きは、ワイバーンに施した蘇生リザレクション

 伝説の回復魔法を使っても、お師匠様は涼しい顔をしていた……。


 女神様にも匹敵する、桁外れの魔力量。

 その魔力は、どの様にして得たのだろうか?


 知りたい……物凄く知りたいっ!!


 圧倒的な力の差を見せつけられて、落ち込んでいたけれど。

 今は欲求の方が勝っている。


 ではなくて、本当のお師匠様になって欲しい。


 そんな願望を持ちつつ、お師匠様の行動をチラチラと確認する。


 ちょっと前まで人族の兵士と話していたけど、今度は……ウンディーネ様と話してる?!


 二人は知り合いだったんだ……。


 正直、驚いたよ。

 だけど、納得もした。


 ウンディーネ様がバハムートのブレスを打ち消した『スパイラルウォーターランス』と言う水魔法。

 どことなくだけど、お師匠様の『ウォーターバレット・スパイラルショット』に似てたから。


 あれはきっと、お師匠様がウンディーネ様に教えた魔法なんだろうね。


 回転の掛け方とか、想像だけで再現できるものじゃない。

 それは、お師匠様の魔法を研究してた私が、一番良く理解している。


 良いなぁ……。

 私もお師匠様から直に魔法を教わりたい。


 そんな心の声が漏れたのだろうか。

 不意にウンディーネ様が此方に視線を向けてきた。


 おっと危ない。

 私は慌てて顔を背ける。


 それにしても疲れたよ……。


 緊張しているのもそうだけど。

 魔力切れの影響で、まだ息が荒い。


 呼吸を整え、再びお師匠様の方を確認する。


 すると……お師匠様と目が合ってしまった!


 どどど、どうしよう。

 動揺し過ぎて、体が硬直する。


 そして次の瞬間……。


「エリミア様-ッ!!」


 名前を呼ぶ声と同時に、胸に激しい衝動が走った。

 あまりの勢いに尻餅をつく。


「痛たた……」


 一体誰なの?

 胸元に視線を落とし、そして驚いた。


 この子……風のお掃除精霊だ!


 伸ばした髪で顔を隠しているのに、良く私だと気付いたね。

 いや……気づいちゃうか。


 精霊は魔力で個人を判別できるって言うからね。


 しかし、泣き過ぎだよ。

 涙で顔がぐちゃぐちゃになってるじゃない。


 でも……こうなったのは、私の所為か……。


 私は何て声を掛けて良いか分からず、ずっと頭を撫でていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 風のお掃除精霊が落ち着きを取り戻した頃。

 お師匠様の姿は消えていた。

 傍に居たメイドも一緒に。


 あのメイドって、深淵の谷アビスバレーで見た黒いフェンリルと同じなんだよね?

 擬人化パーソニフィケイションできると言う事は……最高位の神獣様ってこと??


 そんな存在を従えてるなんて、お師匠様の凄さは異常だと思う。


 ただ……今は、お師匠様の事を考えている場合ではなかった。


 何故なら……。


「ドウシテ、フウカノ事ヲ置イテ行ッタノデス? 理由ヲ教エテ欲シイデス!」


 訴えかけるような目で、風のお掃除精霊に問い詰められていたからだ。


 もし再会する事があるのなら、絶対に訊かれると思ったよ。


 その『もし』が現実に訪れている。

 うーん、困った……。


『それは君が低位の精霊で、慣れない環境だと衰弱しちゃうからだよ』


 なんて言えるワケがない。


 この子を置いて行ったのは、私が全てを言い出せなかった弱さにある。


 だから私は謝る事しか出来なかった。


「ごめんね……」


「モウ、離レタクナイデス……ズット、一緒ニ居タイデス……」


 その気持ちは嬉しいよ。


 だけど……。


「君は『フウカ』って名前を付けて貰ったんだよね? 主の事はどうするつもりなの?? 私はイールフォリオに帰れない。既に死亡した事になっているから……」


 これは言い訳だよね。

 私は町の皆に謝るのが怖いだけの臆病者だ。


 それに、この子は明らかに主従関係を結んでいる。


 恐らく……血盟の儀式をしたんじゃないかな?


 血盟の儀式を行えば魔力が上昇する。

 だから聖なる森ホーリーフォレストから遠く離れたこの地に居ても衰弱しないんだろうね。


 何故、私はそうしなかったのだろう?

 血盟の儀式をしていれば、この子を悲しませずに済んだのに……。


 後悔する私に向かって、風のお掃除精霊は真っすぐな気持ちを伝えてくる。


「ダ、ダッタラ……エリミア様ニツイテ行クデス。ディーネ様ナラ、フウカノ気持チヲ解ッテクレルデス!」


 やっぱり、この子の主はお師匠様か。

 一緒に居たから、そんな気はしてたんだよね。


 それなら尚の事、この子の気持ちを受け入れる事などできやしない。

 お師匠様の大切な家族を奪う事になるからだ。


 だからと言って、此処で拒めば、この子を再び傷つける事になる。


 ああ……私はどうすれば良いんだろう?

 助けて、お姉ちゃん。


 救いを求めていた所に、お師匠様の姿を見つける。


 今まで何処に……なんて事はどうでもいい!

 タイムリミットが来ちゃったか……。


 でもまだ少しだけ猶予はある。

 ギルマスがお師匠様を呼び止めたからだ。


 この間に答えを出さなきゃダメだよね。

 どちらかを悲しませてしまう答えを……。


 ううん……本当は知っている。

 誰も悲しませない方法があるってこと。


 だけど、それを行動に移す勇気が無い……。


 やっぱり私は……臆病者だ。

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