『ウンディーネさんと授かった爵位』

 聖なる森ホーリーフォレストの領主さんになるには、任命書というものが必要だそうで。


 宰相さんが、その書類を目の前で作成してました。


 この時、王様からこんなことを訊かれたのです。


「其女は水の大精霊と同じ名だと、ロベルグから聞いたのだが……それは真か?」


「本当ですよ。これが証拠です」


 わたしはバッグの中から、金色の輝く冒険者カードを取り出しました。


 それを見た王様が、一瞬顔をしかめます。


「其女ほどの実力を有しながら、何ゆえゴールドランクなのだ?」


「えーっとですね。わたしは素材の回収や調査関連の依頼しか受けていないので、ギルドへの貢献度が低いんですよ」


「成程、そう言う事であったか。して、名の方は……ふむ、確かに水の大精霊と同じ名であるな」


 王様は冒険者カードをじっくり見つめると、納得するようにゆっくり頷きました。


 そんな王様に対して、わたしは苦笑いを浮かべます。


「ウンディーネさんと同じお名前だなんて、恐れ多いですけどね。わたしは人族なワケですし……」


「身分を気にしておるのか。だが、其女も貴族になるゆえ、そこまで気にする事はなかろう」


「そうですかね」


「ふむ、不安であるのなら……『四大精霊貴族』より上の身分を授けるとするかのう。それならば問題あるまい。其方におられる神獣様も、そうは思いませぬか?」


 今……なんて言いました?

 ウンディーネさんたちよりも上の身分??


 シュヴァルツさんも納得したように、頷かないでください。

 わたしはそんな大それた身分など、欲しくありません。


「いえいえ、問題ありまくりですよ?! わたしの身分なんて、もっと低くて構いませんからっ!!」


「そうか? バハムート様と肩を並べる其女ならば、余と同等の身分でも足りぬくらいなのだが……其女は真、欲が無いのう。では、う……ウンディーネよ。其女に辺境伯の爵位を授ける」


 辺境伯さんですか。

 お名前に『辺境』とついているくらいですから、高い身分ではなさそうですね。


 なんとなくですが、村長さんみたいなものだと思います。


 なので、宰相さんから渡された任命書を眺めて、ホッとした気持ちになりました。

 シュヴァルツさんは、ちょっとだけ不満そうにしてますけどね。


 それよりも……気になることがあったのです。


「あの~、王様。わたしの名前ですが……言い辛かったりしてませんか?」


「うっ、鋭いな。いやなに、その名を口にすると、どうしても水の大精霊の顔が頭に浮かんでのう。奴とは古い付き合いなゆえ、違和感が拭えぬのだ」


「でしたら、わたしのことは『ディーネ』と呼んでください。ウンディーネさんにも、そうしてもらってますから」


「うむ、あい分かった。では、ディーネ殿と呼ばせて貰う事にするかのう」


「あ……『殿』とかいらないですよ?」


 そうお願いしたところ、王様は首を横に振りました。


「本来ならば其女は、余がひれ伏すべき格上の御相手様。こればかりは譲れぬな」


 断固拒否の構え。

 王様から強い圧を感じます。


 まあ、女神様と呼ばれるよりはマシですか。

 ここは素直に応じておくことにしましょう。


「はあ……わかりました」


「うむ。宜しく頼むぞ、ディーネ殿」


 ため息を吐く、わたしとは対照的に、王様は微笑むのでした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お城の中から出たところで、ロベルグさんと遭遇します。


 どうやら、わたしのことを待っていたみたいですね。


 その証拠に……。


「おう! 陛下とは何を話したんだ?」


 と訊かれましたから。


 別に隠すようなことでもないので、わたしは起きた出来事をそのまま話します。


「今回の件で、ご褒美をくださると言うので……そのことについて色々と……」


「ほう、色々ねぇ。金貨一万枚とか、請求したのか?」


 金貨一万枚?

 日本円にしたら十二億円じゃないですか!!


「まさか、そんな大金要求しませんよ」


「そうかぁ? 俺からすりゃあ、妥当だと思うがね。なら、何をお願いしたってんだ??」


「新作魔法披露会に招待して欲しいと、お願しました」


「はあ? なんだそりゃ?? あんなもん、いくらでも見れるじゃねぇ……」


 そこまで言いかけて、ロベルグさんはハッとした顔をします。


「悪い……お前さん、人族だったな。アレが貴族の見せもんだって事を忘れてたぜ」


「いえいえ、お気になさらずに。ところで……先ほどの口ぶりだと、ロベルグさんは新作魔法披露会をご覧になったことがあるように思えるのですが……」


「ああ、俺はこれでも貴族だからな。っつても、一代限りの騎士爵だがな」


「へえ、そうなんですか。ちなみに……ウンディーネさんにも騎士爵さんみたいな呼び方って、あったりします?」


「水の大精霊様は、公爵様だな。既にご逝去されたが、陛下の弟君とご結婚されてたからな。この国では陛下の次に高い地位にある。爵位で言ったら一番上だな。他の四大精霊貴族様も大体そんな感じだ」


 アンデイルさんには、お父さんがいないのですか……。

 お家に帰っても、そのことに触れるのは、やめておきましょう。


 それにしても……ウンディーネさんは、やはり身分の高い精霊さんだったんですね。

 王様と親戚関係にあったのも驚きです。


 あと、このお話を聞いて、気付いたことがありました。


「あの~、貴族さんって……『ナントカ爵』って、つくことが多いんですか? わたし、そのあたりのことは全然知らなくて……」


「大雑把に言うと、そうだな。お前さん、爵位とか興味あるのか?」


「興味ってほどのことでもないんですけど……今回のご褒美で、王様から爵位をいただいたんですよ。そうしないと、新作魔法披露会を見にいけないそうなので」


「成程な。お前さんの働きなら……男爵様って事はねぇよな。伯爵様ってところか?」


「あー、そう言う感じではないですよ。わたしがいただいが爵位に『爵』って言葉はありませんでしたから。爵位なのに『爵』がないって、ヘンですよね。多分、貴族さんでも一番下なのだと思います」


 わたしは笑って答えますが……。


 ロベルグさんは、とても真剣な表情をしてました。


「お前さん……陛下から、なんて言う爵位を頂いたんだ?」


「えーっと、辺境伯さんですね。イールフォリオよりも更に奥地にある、聖なる森ホーリーフォレストの領主さんになったので、こんなお名前なんでしょうね」


「辺境の地にあるから、辺境伯。そいつあ、間違っちゃいねぇが……貴族の階級は、一番下じゃねぇぞ?」


「え? それじゃあ、下から二番目くらいですか??」


「逆だ逆! 上から二番目なんだよっ!!」


 声を荒げるロベルグさんの言葉に、わたしは酷く動揺します。


「う……上から、二番目? それって、つまり……」


「公爵様の次、侯爵様と同等って事だ」


 公爵さんと侯爵さん?

 聞こえてくる言葉の響きは同じなのに、頭の中では別のものだと認識しています。


 これが、こちらの世界の言語を理解する能力ですか。

 今になって、ようやく実感しましたね。


 ……って、そうじゃなくて!


 辺境伯さんが、侯爵さんと同等?!


 確かにウンディーネさんよりは下ですけど……。


「貴族さんとしては、ものすごく上じゃないですかーっ!!」


 夕日が照らすお城の前で、わたしの叫び声が虚しく響いていました。

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