『ウンディーネさんと王様からのご褒美』

 なんだかんだと王都には長居をしてしまい、気付けばお日様が随分と傾いていました。


 そろそろイールフォリオに帰りたいところ。


 ですが……エリミア様に甘えるフウカさんを見ていると、それを口にすることができません。


 ずっとお会いしたかったのですから、もう少しこのままにしておきましょうか。

 それでもダメなら……って考えは、今はやめておきます。


 わたしは雑念を払うように首を左右に振り、お二人の前から立ち去りました。

 そして、少し離れたところで、声を掛けられたのです。


「おう! ちょっといいか?」


 声の主は王都のギルドマスターさんである、ロベルグさんでした。


「あ、はい。なんでしょう?」


「実は陛下が、お前さんに会いたいと言ってな……」


「陛下って、王様のことですよね? なんでまた、わたしなんかに会いたいんですか??」


「『なんか』って事はねぇだろ? これだけの騒ぎを治めたんだ。話くれぇ聞きてぇだろ??」


「そうですか? そのわりには、皆さん落ち着いているような気がするんですが……」


 深淵の谷アビスバレーでご一緒した兵士さんたちなんて、お祭り騒ぎでしたけどね。


 再び頭の中に蘇る『女神様、バンザイ!』コール。


 あの時とは打って変わって、目の前にいる衛兵さんたちは、その場に座り込んで静かにしてます。

 元気なのは、先ほどまでお話ししてたリベルさんくらいです。


 それだけに、わたしがしたことなど大したことではないと感じていました。


 むしろ余計なことだったのかも知れませんね。


 背後に感じてた視線は、賞賛ではなく非難。

 そんな相手を『女神様』などと呼ぶハズありませんから。


 衛兵さんたちの態度から、そう思ったワケです。


 ところがロベルグさんは……。


「落ち着いてるだあ? 衛兵こいつらは、ビビって腰を抜かしてるだけだぞ??」


 わたしの考えとは異なる言葉を口にしたのです。


「え? そうなんですか?!」


「あんなおっかねぇモン見ちまったからな。無理もねぇ話だ。おい、お前。ちょっと立ってみろ」


 ロベルグさんは、男性の衛兵さんに向かって、そう言います。


 ですが衛兵さんは『無茶言わんでください』と右手を激しく振って、拒否したのです。


 本当に腰を抜かしているんですね……。


 言葉にはせず、目で答えました。


「な! 俺の言った通りだろ」


 得意げな顔をする、ロベルグさん。


 このあと衛兵さんたちから、感謝の言葉をたくさんいただきました。


 どうやら、わたしの思い過ごしだったようです。

 うう、恥ずかしい……。


 わたしは顔を赤くしたまま、お城の中へと足を運ぶのでした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お城の中は、とっても広くて、とにかく豪華!

 ティーニヤさんのお兄さんのお屋敷が霞んで見えるくらいです。


 やはり王様のお住まいはレベルが違いますね。

 いたるところに絵画とか彫刻とか、高そうな壺なんかがあったりします。


 あと、綺麗なメイドさんが、何人も働いていました。

 すれ違うたびに立ち止まり、丁寧なお辞儀をしてくれるのです。


 わたしも頭を下げましたよ。

 歩きながらですけど。


 その中でも特に綺麗なメイドさんとお会いした時のことです。

 シュヴァルツさんは、そのメイドさんを凝視していました。


 まさか……タイプの女性なのでしょうか?


 不安が頭を過ります。


「成程。これが王に仕える者のメイド服ですか。参考になりますね」


 興味があるのはメイドさんのお洋服でしたか。


 あー、良かった。


 このあと何段もある階段を上り、長い廊下を進みます。


 すると突き当りに、大きな扉と衛兵さんの姿が見えたのです。

 衛兵さんは、わたしたちに向かって一礼したのち、扉を開けてくれました。


 キョロキョロしながら、お部屋の中へ。


 うわぁ、このお部屋もかなり広いですね。

 しかもすごくお洒落です。


 左右の窓は一面ガラス張り。

 真ん中には赤い絨毯が敷かれています。


 あっ、その奥で椅子に腰をかけているが王様ですよね。

 いや……女性ですから、女王様と呼ぶべきでしょうか?


 隣に立っている男性は、テラスでもお見掛けしましたね。

 誰なのかはわかりませんが。


 そんなことを考えながら、王様の前で足を止めます。


 そこでロベルグさんが膝をついたのです。


「陛下。例の冒険者をお連れ致しました」


「うむ、ご苦労であった。下がって良いぞ」


「はっ! 失礼致します」


 あれ? ロベルグさん、帰っちゃうんですか??


 扉が閉まるまで、その様子を目で追いかけ。

 ロベルグさんの姿が消えると同時に、再び王様に視線を戻しました。


 こういう時、どんな作法をするべきなんでしょうね?


 とりあえず……。


「わたしも膝をついたほうが良いですか?」


「そのままで構わぬ。いや……余が態度を改めるべきか」


 そう言うと、王様は椅子から立ち上がり、今度はわたしの前で跪こうとしたのです。


「な、なにをしているんですか? やめてください!」


「そうか? しかしだな、其女はバハムート様と肩を並べる者。失礼があったらいかぬと思うのだが……」


 バハムートさんとはお友達同士ですが、それとこれとはお話が別。

 王様を跪せるなんて、できるハズありません。


 なので丁重にお断りさせていただきました。


「大丈夫です。全然失礼じゃないですから! いつも通りにしてください」


「ふむ、あい分かった。では本題に入らせていただくとする。其女……褒美は何を望む?」


 わたしと会いたい理由って、ご褒美のことだったんですね。

 もっと他のことを聞かれるのか思い、ドキドキしちゃいました。


 とりあえず、わたしの答えは決まってます。


「特にないですよ」


「無欲なのだな。だが、それだと国を救った英雄に何もせぬ事になる。宰相よ、それは王としてどうなのだ?」


 隣の男性は宰相さんでしたか。


 その宰相さんですが、王様の耳元でなにかお話ししています。


 アドバイスをしているんでしょうね。

 王様は、うんうんと何度も頷いていました。


 そして宰相さんが離れると、王様は険しい表情を浮かべたのです。


「やはり民たちの間で不満が生じるか……今一度訊くが、望みはないのだな?」


 ここで同じことを答えてしまうと、王様の評価が下がるんですよね?


 だからと言って、欲しいものとかありませんし……。


 うーん、困りました。


 しばらく悩んで……そして、閃いたのです。


「あの~、今年も建国祭って開催されますよね?」


「其女のお陰で都は守られたからのう。通常通り執り行うが……それが褒美と関係あるのか?」


「はい。建国祭で新作魔法披露会というものが行われるじゃないですか。それに招待して欲しいんです。わたし人族なので、見たことがないんですよ」


「ふむ、あれは貴族のみが観覧を許される催し物ゆえ。人族が見れぬのは当然か……あい分かった。その望み、余が叶えると約束しよう」


「ありがとうございます!」


 新作魔法披露会にはウンディーネさんが出場しますから、その雄姿を見届けたかったんですよね。

 一応、お披露目する魔法の開発者でもありますし。


 楽しみですねー、建国祭!


 ウキウキした気分になっていましたが……。

 それすら吹き飛ばす言葉を、王様が口にしたのです。


「流石に平民を参加させる訳にはいかぬゆえ。其女に貴族の地位を与える事にする」


 ……はい? わたし……貴族さんになるんですか?!


 驚くわたしをよそに、王様は話をどんどん進めます。


「其女は聖なる森ホーリーフォレストに家を持っておると、バハムート様に話されていたな。ではあの一帯を其女の領地とする。これで良いな?」


「全然良くないですよ! それに……聖なる森ホーリーフォレストは、ティーニヤさんの領地じゃないですか!!」


「ティーニヤと言うのは、アルヴェリッヒのもう一人の娘の事であるな。誤解のないよう言っておくが……聖なる森ホーリーフォレストは誰の領地でもないぞ? 強いて言うなら、イールフォリオのギルドが定期的に調査しているにすぎぬ」


「そうなんですか?」


「うむ。憂いは晴れたな。心置きなく領主として振舞うが良い」


 憂いとか、まったく晴れてないんですけど……。


 むしろ心配事が増えた気がします。


 わたしに領地の経営が務まるのでしょうか?


 とんでもないご褒美をもらってしまったと、わたしは深く後悔するのでした。

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