『ウンディーネさんと初めてのお仕事 ③』

「あの~、普通のフェンリスヴォルフさんと黒いフェンリスヴォルフさんとでは、なにがどう違うのですか?」


「基本的な攻撃は同じだと思うわ。ただ、黒いフェンリスヴォルフの爪には麻痺の効果があったのよ。恐らく牙にもね。黒いフェンリスヴォルフなんて、目撃情報が少ないから詳しいことはわからないけど……」


 まあ、希少種レアと呼ばれるくらいですからね。

 簡単には出会えないと思います。


 それよりもドーラさんのお話を聞いて、背筋が凍る思いがしました。

 ソロで活動するプレイヤーさんにとって、麻痺は最も恐ろしい攻撃だからです。


 麻痺の状態になると、なにもできなくなります。

 攻撃や魔法はもちろんのこと、アイテムも使えません。


 無抵抗のままHPだけが減っていく……。

 そして、神殿へと送られます。


 あの恐怖を、わたしも何度か体験しました。


 しかし、さすがは希少種レアのフェンリルさんですね。

 特殊攻撃は麻痺ときましたか。


 あれ? アバターがフリーズしたのは、それが原因だったのでは??


 一瞬、女神様の顔が頭に浮かびました。

 でもすぐに気持ちを切り替えて、お話に戻ります。


「なるほど……確かにそれだと、回復術士ヒーラーさんでは治療できませんね。状態解除の魔法は解毒アンチドーテしか使えませんから」


「そうなのよ。だから、ディーネの力を借りたいの。一応確認しておきたいんだけど、麻痺解除リリースパラライズの魔法は使えるのよね?」


 麻痺解除リリースパラライズは神官さんにしか使えない魔法のひとつです。

 回復術士ヒーラーさんから神官さんに転職し、最初に覚えたのが、この魔法でした。


 あれは確か、レベルが60に上がった時だと記憶しています。


 なので……。


「もちろん使えますよ。ですが、寝たきりなら完全回復フルリカバリーの方が良くないですか? 体力も落ちていると思いますし、わたしとしてはそちらをお勧めします」


 完全回復フルリカバリーもまた、神官さんのみが使える魔法のひとつです。

 あらゆる状態異常を解除し、さらにHPも満タンにするので、お得な回復魔法だと言えます。


 何を隠そう完全回復フルリカバリーは、わたしの一番のお気に入り魔法。

 クエストの時は、この魔法ばかり使ってます。


 わたしにとっては日常的なものなので、気軽に勧めてみたのですが……。


 ドーラさんは、目を丸くしてました。


「え? あんな高等魔法を使えるの?!」


「ええ、まあ。神官さんですし」


「いやいや、ハイエルフの神官様でも使えるのは、大神官様くらいよ?」


「そうなんですか? 神官さんなら、蘇生リザレクションくらい使えないとダメだと思うのですが……」


「まさかとは思うけど、ディーネは使えるの?」


「ええ、まあ。神官さんですし」


「ディーネって、女神様だったのね」


「いえ、神官さんです」


「…………」


 あれ? そんなに驚くことですか??

 蘇生リザレクションはレベル100を超えた神官さんなら誰でも覚える魔法です。


 まあ、死亡判定がされてから一分以内に発動しないと、神殿送りになるんですけどね。

 こちらの世界で使うと、そのあたりのことは、どうなるんでしょう?


 ちなみに完全回復フルリカバリーは、それよりも遥かに低い、レベル80で覚える魔法です。


 ごく普通なことを言っているだけなのに、何故かドーラさんは黙ってしまいます。

 なので、わたしがお話を進めることにしました。


「ではドーラさんのお母様には、完全回復フルリカバリーで対応するってことで良いですよね?」


「……あ、うん。それで、お願いするわ。報酬は金貨6枚で良いかしら?」


「そんなに、いただけるんですか?」


「神官への依頼になるからね。これくらいは当然よ。もしかすると、もっと高いかもしれないし……正直な話、完全回復フルリカバリーを見たことがないから、なんとも言えないのよ。麻痺解除リリースパラライズの依頼料が金貨3枚だから、その倍くらいかなって思ってね。もし足りないようなら、もう少し出すわよ? 人族だとお金とか大変でしょ??」


 人族だとお金が大変?

 その意味は理解できませんが、わたしには関係ないので首を横に振りました。


「いえいえ、正規の料金がわからないなら、金貨3枚で良いですよ。それに、お金には困ってませんから」


「お金に困ってないって……ディーネって、本当に人族なの? なんか別次元の種族を見ている気がするわ」


 まあ、別の世界から来ましたからね。

 ドーラさんの言っていることは、あながち間違いではありません。


 もちろん、そんなことは口にしませんが。


 とりあえずお話がまとまったので、これがわたしの初めてのお仕事になりそうです。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「シリフィ、あとのことは任せるわね」


「はい。リジェンさんに、よろしくお伝えください」


「元気になったらね。じゃあ、よろしく!」


 ドーラさんはシリフィさんに手を振り、ギルド会館をあとにしました。

 わたしもドーラさんに続きます。


 お家に向かう間、わたしたちは他愛もないお話をすることに……。


「ドーラさんのお母様って、どんなかたなのですか?」


「そうねえ。この町唯一の水の魔法使いアクアウィザードにして、元冒険者……そんな感じかしら」


 ほお、お水の魔法を使う冒険者さんですか。

 なんだか親近感が湧きますね。


 思わず笑みがこぼれます。

 ところがドーラさんは呆れた表情を見せていました。


「昔は名をはせた冒険者だったみたいだけど、フェンリスヴォルフに襲われるなんてね。エルフなのに、どうかと思うわ」


「その言い方だと、エルフさんはフェンリスヴォルフさんに襲われないように聞こえるのですが……」


「少なくとも、この町に住んでいるエルフは襲われたりなんてしないわよ? あたしたちは『聖なる森ホーリーフォレスト』の番人でもあるからね。そこで暮らしているフェンリスヴォルフも、それは理解しているはず。でも、母さんは襲われた。なんでそうなったのか見当はつくんだけど……まっ、いいか」


 そこまで話すと、ドーラさんは口を噤んでしまいました。

 ちょっと気になりますね。


 でもそれ以上にわたしの気を引いたのが『聖なる森ホーリーフォレスト』の存在です。

 もしかすると、あの黒いフェンリルさんに会えるかもしれません。


 怖さよりも、あのモフモフに触れたいと言う気持ちが強まっていました。


 ここを立ち去る前に、もう一度『聖なる森ホーリーフォレスト』に寄るとしましょう。

 そう心に決めた時……。


 カンカンカンカン!


 ……と激しい鐘の音が町中に鳴り響いたのです。


 それを聴いていたエルフさんたちが、突然怯えだし始めました。

 その一方で隣にいるドーラさんは、明らかに不快な態度を示します。


「ちっ、こんな時に……」


 そう言いながら南の空を見上げました。

 わたしはドーラさんの視線の先を目で追いかけます。


 すると町から1キロほど離れた上空に、真っ赤に染まった飛翔体が見えたのです。


 飛翔体それにはコウモリさんのような翼と長く伸びた尻尾がありました。

 遠くにいても、ハッキリと確認できます。


 間違いありません。

 あれは『エンシェントワールド』でも最強かつ、最大級のモンスターさんのおひとり……。


 ドラゴン族のフレイムドラゴンさんです。

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