『ウンディーネさんと初めてのお仕事 ②』

 わたしに声を掛けてきたのは、幼いエルフさんの女の子でした。


 見た目は10歳くらいでしょうか?


 サラサラの金色の髪に、翠色の大きな瞳。

 お人形さんみたいで、とっても可愛いです。


 でも、相手は長寿として知られるエルフさん。

 恐らくわたしより年上だと思われます。


 その証拠にギルド職員を示すバッジを胸に付けていました。


 なるほど、だから『ギルド会館へようこそ』と言ったのですね。


 幼くは見えますが、お仕事をされている大人の女性のようです。

 言葉遣いも、とても丁寧でした。


 ん? ……言葉??


 そう言えば、お話の内容が完全に理解できますね。


 文字だけでなく言葉に対しても、しっかり適応できている。

 これで難なくコミュニケーションが取れそうです。


 わたしはホッと胸を撫でおろします。

 そんなわたしとは対照的に、エルフさんは少し戸惑った様子を見せていました。


「あのー、どうかされましたか?」


「いえいえ、なんでもないですよ。ところで……このお金って、この町でも使えますか?」


 手に持っていた金貨を、エルフさんに見せます。

 するとエルフさんは目を丸くしました。


「き、金貨?! あ……失礼しました。ギルド共通の金貨ですね。もちろん使えますよ」


 金貨1枚で、そんなに驚きますか?

 まあ、価値のあるものだとは思いますけどリアクションが大袈裟ですよ。


 それよりも、共通と言うことはどこでも使えるってことですよね。

 なら、お金で困るようなことはなさそうです。


「教えてくださって、ありがとうございます。それと……この『エリミア湖の水源調査』のクエストなんですけど、まだ受け付けていますか?」


「はい。受け付けてますよ。ただし推奨ランクがシルバーとなっていますので、中級冒険者向けのクエストになります。見たところ、お一人のようですが……単独で受けられるのでしょうか?」


「そのつもりです。これでもゴールドランクの冒険者さんなので」


「……え?」


 その顔は信じていませんね?

 でもまあ、わたしの姿を見れば、そう思うのも頷けます。


 なのでわたしはバッグの中から金色に光る、冒険者カードを取り出しました。


「これが証拠です」


「ほ、本当にゴールドランクの冒険者だったのですね……疑うような真似をして、申し訳ありませんでした」


 ペコリと頭を下げるエルフさん。


 その一方で、ホールにいた冒険者さんたちが、なにやらざわつき始めました。

 何故かこちらを見ながら。


 なにかヘンなことでもしちゃいましたか?


 でも思い当たることがないので、そのままエルフさんに視線を戻しました。


「いえいえ、お気になさらずに」


「ありがとうございます。では手続きをしますので、冒険者カードの提出をお願いします」


「どうぞ」


 わたしはエルフさんに冒険者カードを渡します。


「お名前は……ウンディーネ様っ?!」


 今度は名前で驚かれてしまいましたか。

 ウンディーネさんって、こちらの世界でも有名人なんですかね。


 もちろんわたしは、赤の他人ですが……。


「あ……精霊族ではなく、人族なのですね。年齢は16歳。ジョブは……神官様っ?!」


 よく驚きますね。

 このエルフさん。


 可愛いから、見ていて飽きませんが。


 それよりも……神官さんって、そんなに珍しいジョブでしたっけ?

 回復術士ヒーラーさんから転職できる、誰にでもなれるジョブだと思うのですが。


 こんなことで驚くようなら、女神様から与えられたユニークスキルを見たら腰を抜かしますよね。


 そう思っていたのですが、これ以上エルフさんが驚くことはありませんでした。


 ……と言いますか、ユニークスキルは読み上げません。

 何故でしょう?


 そこに違和感を覚えつつ、冒険者カードを返してもらいます。

 本来なら、これで手続き終了のはず。


 ところがエルフさんのお話は終わりませんでした。


 しかも瞳をキラキラと輝かせながら、わたしを見つめているのです。


「人族の身でありながら、ハイエルフにしかなれないと言われる神官様になられるとは、ウンディーネ様は清い心をお持ちなのですねっ!」


 神官さんが……ハイエルフさんにしかなれないジョブ?

 それに、清い心ってなんですか??


 エルフさんの言葉に耳を疑います。


 でもそれが事実なら、確かに驚きますよね。

 エルフさんからしてみれば、ありえない存在なのですから。


 ただ……『エンシェントワールド』では、人族以外の種族は選べません。


 清い心については、どうなんでしょう?

 全く心当たりがありません。


 恐らくゲーム用に仕様を変えただけだと思われます。

 ディーシャ様なる、創造神様の手によって。


 まあ、それはさておいて。

 まずは、この状況を誤魔化すとしましょう。


「いえいえ、それほどでもないですよ? それで……今日からクエストを開始しても大丈夫ですか?」


「問題ありません。ですが……こちらのクエストを行う前に、ひとつ別なお仕事を依頼しても宜しいでしょうか? 是非、ウンディーネ様のお力をお借りしたいのです」


「わたしにできることなら構いませんけど……どんなお仕事ですか?」


「それは依頼主から説明させます。大変申し訳ありませんが、少しばかりお時間を下さい」


 そう言って、エルフさんは急いで壁際にある階段を駆け上がりました。


 掲示板の前に一人残されるわたし。

 そんなわたしに向かって、冒険者さんたちはヒソヒソと内緒話をしている様子。


 なんですかね、このアウェイ感……。


 それからほどなくして、エルフさんは階段を下りてきます。

 赤い髪をした、スタイルの良い綺麗な女性を連れて。

 もちろん、この女性もエルフさんです。


「ドーラさん、早くして下さい!」


「一体なんなのよ? ……って言うか、ここでは『ギルマス』って呼ばないとダメだからね?? いくら幼馴染でも、メリハリをつけてもらわないと困るわ」


「そんなの、どうでも良いですからっ!」


「なに? シリフィってば反抗期なのっ?!」


 お二人は言い争いをしながら、わたしの前にやってきました。


 そして、ドーラさんと呼ばれるギルドマスターさんが、わたしに視線を向けたのです。

 ルビーのような真っ赤な瞳で。


「誰? この子??」


「冒険者のウンディーネ様です」


「ウンディーネ? 髪は金色だけど、背は低いし、胸はないし、耳も短い……どう見ても人族じゃない。なんで人族相手に『様』とかつけてんのよ?!」


 髪が金色なのは先天的なものです。

 両親は共に日本人なので。


 それにしても酷い言われ様ですね。

 まあ、事実なので言い返せませんが……。


「そう言うのギルマスとして、どうかと思いますよ? それにウンディーネ様は神官様です。失礼のないようにお願いします」


「神官? ウソでしょ?! 人族なのに??」


「本当です。冒険者カードを確認しましたから間違いありません」


「そうなんだ。だから、あたしを連れてきたってわけね……」


「はい。リジェンさんの件、ウンディーネ様のお力があれば解決できると思います」


 うーん、お二人のお話を聞いていて疑問に思ったのですが……。


 人族ってエルフさんたちの間で差別でもされてるんですかね?


 ドーラさんは格下さんを見るような態度で、わたしを見てますし。

 ギルドに入って早々、冷たい視線を向けられたのも、それが原因なのでしょうか?


 そもそも『エンシェントワールド』に、そんな設定ありましたっけ??


 そこでゲーム内に記載されていた種族表を思い出します。


 確か……最上位の種族は神族でしたよね。

 女神様はこの中に属します。


 次が精霊族で、妖精族、亜人族と続いて……最後が人族。

 ハイエルフさんは精霊族に準じますが、エルフさんは妖精族だったはず。


 なるほど、人族のわたしは思いっきり格下さんと言うわけですか。

 ゲームをしている時は種族の序列なんて気にしてませんでしたからね。


 実際影響とかありませんでしたし……。


 ですが、そう言うことなら話は早い。

 ここは速やかにクエストをクリアして、できるだけ早く別の地域に行った方が賢明のようです。


 海を渡って王都に行くのが良いかも知れませんね。

 あそこなら人族も、たくさん暮らしていたはず。


 そんな計画を立てている時のことでした。

 ドーラさんと呼ばれているギルドマスターさんが、わたしに向かって突然頭を下げてきたのです。


「さっきは、ごめんなさい。あなたのコトを知りもしないのに、見下すような態度を取ってしまって……」


「別に気にしてませんよ。エルフさんが上位種族であることは事実ですから」


の人族なのに、あなたは随分と変わってるわね。名前もそうだけど」


 その言い方だと、魔力を持つ人族が少ないみたいな感じがしますね。

 ゲームではあり得ないお話です。


 いや、今はそんなことよりも……。


「お名前のことは、あまり触れられたくないのですが」


「良いじゃない。ウンディーネなんて名誉ある名前よ? ジョブが神官って言うのはウケるけど」


「完全に名前負けしてますよね。できたら、わたしのことは『ディーネ』と呼んでくれませんか?」


 実はこの名前……『エンシェントワールド』のアカウント名だったりします。

 雲泥寧々本名の間の二文字を取って付けました。


『でいね』なので『ディーネ』、実に安易な名前です。


「ディーネね。わかったわ。あたしはドーラ、この町のギルマスをしてるわ。それでディーネに仕事を頼みたいんだけど……良いかしら?」


「それって……先ほどシリフィさんとお話されてた、リジェンさんと言うかたのことですよね? ドーラさんのご家族かなにかですか??」


「リジェンは、あたしの母さんよ。三日前のコトなんだけど、母さんがフェンリスヴォルフに襲われてね。今、寝たきりの状態なの。生憎この町には神官様が不在で、治療できるハイエルフがいないのよ」


「そうなんですか……でも、フェンリスヴォルフさんの攻撃って、鋭い爪と牙による噛みつきぐらいですよね? その程度なら回復術士ヒーラーさんでも治せませんか??」


「普通のフェンリスヴォルフなら、そうなんだけど……母さんが襲われたのは少し変わったフェンリスヴォルフでね。黒い姿をしてるのよ」


 黒い姿のフェンリスヴォルフさん?

 それって、もしかして……。


 ドーラさんのお話を聞いて、わたしはゲームの中で最後に出会った、希少種レアのフェンリルさんを思い出すのでした。

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