『ウンディーネさんと土下座する女神様 ②』
「実在する神殿? すいません。言っている意味がわからないのですが……」
「そ、そうですよね。では、きちんと説明させて頂きたいと思います」
そう言って、女神様は顔を上げました。
金色の長い髪が微かに揺れ、藍色の瞳と視線が合います。
それと同時に細い指先が、真っ白なローブの襟元を正しました。
女神様だけあって、とても綺麗ですよね。
でもどこか頼りなさそうな感じるのは何故でしょうか?
そんなわたしの不安を他所に、女神様は説明を始めたのです。
「貴女が先ほどまで滞在していた『エンシェントワールド』は、『フォルンヘイム』と言う実在する世界を元に創られています。我らが創造神……ディーシャ様の手によって」
「創造神? ……と言うことは、神様がゲームを作ったのですか?! なんでまた、そんなことを……」
「ディーシャ様は新し物好きなところがありまして……それで、VRMMOと言う仮想現実の世界を知った時『我ならもっとリアルな世界を創れるぞっ!』と、変な闘争心を燃やしてしまったのです」
「それで『エンシェントワールド』を作ったというわけですか」
「……はい」
確かに『エンシェントワールド』の世界は本物と見間違えるほど景色が美しいんですよね。
建物なんかもそうですし、NPCの皆さんは本当に生きている人のように会話もできたりします。
これも全て神様のなせる業ってことですか。
「なるほど……神様が『エンシェントワールド』を作ったと言うのは理解しました。でも何故、わたしがこちらの世界に転生してしまったんですか? それがイマイチ理解できません」
「そ、それはですね。復活の準備をしている時に、貴女のアバターが突然フリーズ状態になったからです」
「あ……持病の発作が起きたからですね。でも、そう言う時は強制ログアウトされませんでしたっけ?」
「本来なら、そうあるべきなのですが……私は臨時の対応で
「それで、この世界に転生させたと」
「……はい」
「はあ……一応理解しましたけど、元の世界には戻れるんですよね?」
そう訊ねたところ、女神様は再び土下座をしたのです。
それもすごい勢いで。
「す、すいませんっ!」
「えっ? 戻れないんですかっ?!」
「はい……かなり強引な方法で転生させてしまったので、肉体と魂が離れない限り無理かと」
「肉体と魂……それって、一度命を落とさないとダメってことですか?」
「そ、そうなりますね……」
「では、こちらの世界で命を落としたとして……元の体に魂を戻すことはできますか?」
「そ、それも無理かと。あれからかなり時間が経っていますので、肉体が魂を受け入れないと思われます。元の世界に戻るとしたら、新たな命として誕生するほかありません」
「赤ちゃんからってことですか……それだと戻る意味がないですね」
「ほ、本当にすいません……」
ぷるぷると震えながら土下座している女神様を見て、わたしは軽く溜息を吐きました。
そして言葉を返します。
「わかりました。どうか頭を上げて下さい」
「許して頂けるのですか?」
「女神様は、わたしを生き返らそうと頑張ってくれたんですよね? なら責められないですよ」
「あ、ありがとうございます。ですが貴女のご家族にはなんと謝罪して良いのか……大切なお嬢さんの命を奪ったようなものですし……」
「そのことなら、気にしなくても良いですよ? わたしはとても病弱で、持ってもあと数年の命だと、お医者様に言われてましたから。なので、両親も覚悟していたと思います」
「そ、そうでしたか……」
「ちなみに、こちらの世界でも病弱だったりしますか?」
「いえ、その様な事はありません。この世界の貴女は『エンシェントワールド』と同じ能力を引き継いでいますので、健康体そのものです」
健康な体……。
それを聞いてホッとした気持ちになります。
ですが、新たな疑問が頭を過りました。
「ゲーム内と同じ能力? それって……魔法なんかも使えたりするんですか??」
「もちろんです。因みに所持しているアイテムは全てこちらにお持ち致しました」
そう言うと、わたしの目に前に見覚えのある、大きなレザーバッグと赤い宝石が埋め込まれた杖が現れたのです。
二つとも、わたしが普段使っている旅の必需品。
バッグは肩掛け仕様で、無限に入る収納機能付き。
いわゆる『マジックバッグ』と呼ばれるものですね。
しかも所有者にしか使えない安全設計。
杖は魔力を使わずに低位の炎魔法が扱える『炎の杖』。
戦闘ではなく、火を灯したり、威嚇などに使っていました。
バッグと杖を手に取り、女神様に訊ねます。
「えーっと……このアイテムもゲームと同じように使えるんですか?」
「元々こちらの世界にあるものですから、問題なく使用出来ます。ただ……とても希少なアイテムですので、所持している者は殆ど居ないと思われます」
へえ、こちらの世界でもレアなアイテムなんですね。
なにを隠そう、この二つのアイテムは超がつくほど難易度の高いクエストのクリア報酬だったりします。
なのでゲームの中でも、持っているプレイヤーさんは少ないはずです。
いやぁ、あの時は苦労しましたね……。
当時の記憶が蘇ります。
そんなわたしに向かって、女神様は右手を差し出してきました。
そして小さく頭を下げたのです。
「思い出に浸っているところ申し訳ありません。早速ですが、こちらの世界で暮らすために住民登録をさせて下さい。冒険者カードはお持ちですよね?」
「持ってますけど……冒険者カードで登録ができるんですか?」
「出来ますよ。冒険者カードはレベルやギルドの貢献度だけでなく、個人の情報も含まれてますから。むしろこのカードが無ければ世界中を旅する事が出来ません。言わばパスポートと同じなのです。ですから当然身分証として使えます」
「なるほど」
女神様の説明に納得し、わたしはバッグの中から、金色に輝く冒険者カードを取り出しました。
カードを渡すと、女神様は不思議そうに首を傾げてきたのです。
「レベル100オーバー? それなのにギルドの貢献度はゴールドランクなのですね。プラチナランクでも、おかしくないと思うのですが……討伐クエストなどに参加された事はないのですか??」
確か今のレベルは127でしたよね。
それが高いかどうかは、わかりません。
なにぶん他の人と比べたことが無いですし……。
ただ、ギルドのランクに関しては、そこそこ高いほうだと自負しています。
ランクは上から数えて、ミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン、ウッドとなっているので、三番目に高いランクです。
伊達に5年も冒険していませんよ!
えっへんと得意げに胸を張ります。
もちろん女神様の言う通り、討伐クエストをクリアすればランクは上がりやすいかもしれません。
得られる貢献度が桁違いだといいますからね。
でもわたしは……。
「戦闘が苦手なものですから、普段は素材の回収や調査ばかりしています」
「成程、ジョブは神官ですものね。それに楽しみ方は人それぞれだと思います」
「ですよね。こちらの世界にもギルドとかあるんですか?」
「勿論ありますよ。お仕事はギルドを通して行いますから。基本的には『エンシェントワールド』と同じです」
「基本的に……と言うことは異なる部分もあるんですよね?」
「鋭いですね。こちらは現実の世界ですから、レベルや能力値など数字で確認できるものは一切ありません。現在冒険者カードに記載されているものも、登録が完了すると見えなくなります。勿論、経験を積めば体力や魔力など上昇します。ギルドのランクに関しても貢献度に応じて上がりますから、そこは変わらないと思います」
ふむふむ、今後はレベルの概念が無くなるんですね。
でも普段からあまり気にしてないので問題なさそうです。
まあ、HPや魔力の残量を確認できないのは不便ですが、それはなんとかなるでしょう。
それよりも、もっと気になることがありました。
「言葉とかどうなりますか? さすがに日本語は通じませんよね??」
「そのあたりの事は、ご心配なく。こちらの世界に適応出来るように転生してますから、誰とでもお話する事が可能です。文字なども問題なく読める筈ですよ」
「それは助かります」
「では、一通り登録が終わりましたので、最後にお名前をお願いします。『エンシェントワールド』で使用していたアカウント名にされますか?」
「うーん……せっかくなので、本名でも良いですか?」
「大丈夫ですよ。では、登録するお名前を教えて下さい」
「
わたしの名前を聞くと、女神様はハッとした顔をしました。
「あ、貴女はウンディーネさんだったのですか。最近お見掛けしないと思ったら、あちらの世界にいらしたのですね。通りでお会い出来ない筈です。見た所、お姿も変わってますし……」
うんうんと女神様は納得した様子で、冒険者カードへの登録を進めます。
そんな女神様に向かって、わたしは否定するように右手を左右に振りました。
「いえいえ、わたしの名前は、
「え? うんでい……?! ああっ! す、すいませんっ!!」
驚いた直後、女神様はすぐさま三度目の土下座をしたのです。
そして両手を震わせながら、わたしに冒険者カードを差し出してきました。
そこに記載されていたのは『ウンディーネ』の文字。
「これ……名前の変更はできますか?」
「強引な方法で登録してしまったので、肉体と魂が別れない限り無理かと……」
また、それですか。
手に取った冒険者カードを見つめながら、わたしは深い溜息を吐きました。
「はあ……」
最初に感じた不安は的中してしまいましたね。
最後にとんでもないミスをしてくれました。
こうしてわたしは、ウンディーネさんとして『エンシェントワールド』の元になった世界で生きて行くことになったのです。
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