第六章

第一話

 うなじで結んだ銀色の長髪をなびかせる麗人。貴族が着るような詰め襟のコートはワインレッドで、皺ひとつない。灰色の瞳が艶めく長身。地球ならアイドルか俳優かモデルか。そういうものにスカウトされる類いの人種だ。その中でも、図抜けてファンがつく部類だろう。

 それを自分と比べてへこむほど、俺は図太くはない。しかし、隣でエミリーが色めきたったことには不愉快になった。

 渡會の一件から、何かを学んだりしたのか。しなかったのか。さっぱり分からないまま、エミリーは通常運転に戻っていた。


「そういうのやめたんだろうが」

「真剣なら文句もないでしょう?」

「なら、残念だったな」


 麗人の隣には、小柄で物静かな日本人の子がいる。淡いピンクのフェミニンなトップスに白のロングスカート。さらさらと揺れる黒髪は絹のようだ。二人はしかと身体を寄せ合っている。関係性など聞くだけ無粋だ。


「寝取っ」


 ぺちんと額を押すように叩く。


「真剣さはどこに言ったんだよ」

「冗談じゃないですか」

「冗談に聞こえない」

「私だってかっこいい人には胸弾ませますよ」


 それは物理か。と、つまらない放言は飲み込んだ。

 班員が特殊なので他に見惚れているやつはいなかったが、あれだけ整っていれば男でも目に留めるだろう。胸弾ませるかはさておき、注目はする。彫刻だとか芸術品だとかの域だ。


「丞さんだって、亜美さんたちに鼻の下伸ばしてたじゃないですか」

「伸ばしてなかっただろうが」

「連絡先を交換しておいてどの口が?」

「しつこいぞ。大体、エミリーのほうがいい女だろ」


 やり取りが中断され、唖然と見上げられる。眉を顰めると、ぱしりと肩を叩かれた。


「なんだよ! 褒めたんだろ」

「セクハラです!」

「理不尽だぞ」


 ふんと顔を背けたエミリーは、逃げるようにキクたちの輪に入っていく。前よりも一層に何を考えているか分からなくなってきているかもしれない。


「栄斗」


 エミリーとの距離感を測りあぐねていると、キクがこちらを振り返って名を呼んだ。顎をしゃくって、キャンピングカーを示す。行こう、ということだろう。俺はポケットから鍵を取り出して歩を進めた。


「安井さん、ステリィさん。出発します」

「ああ。すまない。お願いするよ」


 悠々と構えるリスティに、安井寧音やすいねおんがおしとやかに頭を下げて続く。雰囲気のある二人だ。

 渡會を日本へ送り届けた後、俺たちはすぐに安井を迎えに行って異世界へとんぼ返りした。異世界でリスティと待ち合わせをしているという安井を送り届けにきたところだ。この後も、引き続き案内役として契約されている。安井に依頼されての案内であるが、どうやら二人の旅行であるようだった。

 カップルのコンダクターほど、居たたまれないよう鬱陶しいような。半端な気持ちになるものはない。それはどれだけ見目麗しかろうとも関係がなかった。今も隣同士で笑い合っているのが、バックミラーにちらちらと映り込んでいて苦々しい。掛け値なしの親密な姿は、本来微笑ましいものであろうに。

 年相応の妬みだろうか。それとも、近頃昔のことばかり思い出すからだろうか。恋人という関係性がやけに苦い。どうしてこうも、眩しく純朴に映るのか。自分が穢れているなどと胡散臭いことを言うつもりはないが、眩しいものは眩しい。

 一途さやひたむきさなんてものを、俺はどこかに置いてきたのだろう。だから、持っている人間に出会うと眩しい。

 諦めることを知っている。そんなふうに積んだ経験で悟ったような顔をした、自堕落的な思考回路が忌々しい。諦めるだけの努力をしたことだってないくせに。

 そんな歳じゃねぇだろ、と思惟の青臭さに嘲笑が零れそうだった。


「デートスポットのう」

「ストラテの洞窟なら結晶石が見られますけど」

「確かにあれは壮観じゃな」

「キク先輩の壮観は魔石の宝庫という意味でしょ?」

「壮観は壮観じゃろうが」

「ですが、テトラテの洞窟に行くには山を越えねばならないでしょう?」

「ステリィは知っているの?」

「うん、そうだね。でも、人が簡単に行ける場所ではないから」


 苦味を噛み締める顔も整って、さまになっている。もはや感嘆しながら、ハンドルを叩いてキャンピングカーを示して口を出した。


「こいつなら、それほど難しくないですよ」

「それほど万能な乗り物なのかい?」

「万能ではありませんが、キクの補助魔法でちょっとした崖くらいなら乗り越えられるので、よほどの僻地でなければある程度は問題なく進めますよ。スピードもありますから、時間もこちらで想定されるよりずっと短縮されます」


 徒歩。よくても馬車。特定のもののみは魔法移動。そんな交通機関しかない異世界人にしてみれば、その短縮は予期するよりもずっと大きなものになるはずだ。ストラテの洞窟がどこにあるのかは知らないが、それでも短縮されることは請け負える。


「しかし、周囲は危険ですよ」

「対応策はあるわい」

「危険度はどれくらいだ?」

「三くらいじゃろ」


 これはうちの会社が勝手に定めてある基準だ。一応、地球人の人間。つまり、この班で言えば俺が生き残れる確率を元に導き出してあるという。若干ガバガバな気もしているが、あくまでも目安と言われてしまえば、こちらからはいいようもない。

 三は森や洞窟で言えば、いわば平均値だ。危機回避は十分可能なレベル。一人で太刀打ちするのは困難だが、班員に戦闘員が混ざる構成になっていれば問題なし。生存率は八〇%以上。これで高いのだから、異世界のサバイバル具合は容易に測れる。


「それなら問題ないな。エミリー、場所は分かるか」

「任せてください」

「本当にいいんですか?」

「もちろんですよ。宿泊先は問題ないんですよね?」

「ええ。僕のところに帰るので」


 そうして二人が顔を見合わせて笑う。甘くて反吐が出そう、とは捻くれ過ぎだろう。俺は微苦笑で応えた。


「それではストラテの洞窟に向かわせていただきます」


 後の雑談は後ろに任せる。俺はエミリーのナビゲーションに従って、ハンドルを切った。

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