第三話
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前を行く上司。地球人の丞浪栄斗は、掴みどころのない人だった。
ワイシャツにスラックス姿。そこに、パーカーを羽織っている。地球の社会人を少しラフにしたような格好をした、黒髪短髪で長身の成人男性。マイペースな行動はやる気があるようには見えなかったが、仕事には真面目だ。
人の行動など気にしていないように見えて、よく周りを見ていた。誰かがピンチになれば、すかさず反応できる反射神経もある。私の男性を誘うような態度を諌めるくせに、当人は女性に対して手慣れた様子があった。紳士的、というには慣れ過ぎている。そう思う瞬間が、いくつかあった。
全体的にちぐはぐで、よく分からない。それが我らの副班長だ。
それが遊び人だったと聞いて、どこかで腑に落ちる。謎めいた気怠さと色気。同時に併せ持つ真剣さ。人を誑かすには過不足ない要素だろうと、何故だか潔く納得した。
具体的な事象を提出しろと言われると困るけれど。けれど、この知り合いの方……薫さんと言うらしい。薫さんの口ぶりから常態化していたのであろう過去を想像するのは容易かった。
「エミリーちゃんは、今日は何を楽しむつもりなの?」
「タピオカを飲もうと思ってます」
「クレープにタピオカか。食べ歩きだね」
「ニホンの食べ物は面白いですね。映えだと聞いたので」
「ああ、なるほど。それで、栄斗がレインボー綿あめ持ってるわけだ」
薫さんの瞳が前を行く丞さんを捉える。追従すると、綿あめはさっきよりも少なくなっていた。
「ちょっと、丞さん。勝手に食べてますね?」
「食うの?」
「食べますよ!」
「クレープ食べてんじゃん」
「贅沢するんですよ」
「はいはい」
生返事で、しれっと綿あめの割り箸を渡される。どうでもよさそうで、ちゃんとこちらの意を汲む。やっぱりちぐはぐであった。マイペースなのに気が回るものだから、そう思うのだろうか。
「他は? 何か食うのか?」
「チーズなんとか? というのはダメですかね?」
「チーズは平気だよな?」
「何の確認?」
間髪入れずに差し込まれた薫さんの疑問に、丞さんの視線が流れた。会話を遮られたことが面倒くさいとも隠しもしない丞さんの雑さにも、薫さんは怯まない。にこにこ笑って答えを待っている。
根負けしたのは丞さんで、小さくため息を零した。これは丞さんの癖だと思う。押し負けると、観念したように吐息を零すことが多かった。
「菜食主義だから」
「正確には違う気もしますけど、多分それなので」
「多分?」
「エルフだからな」
シンプルなまとめだ。薫さんはぱちくりと目を瞬いて、こちらを見る。しかし、そこに詮索するような様子は見当たらなかった。
昨日、一人で歩いているとき。正確にはブラックもいたが、あのときはペットのような状態であったからノーカンだろう。
とにかく、昨日一人で歩いているときには、不躾な視線もあった。今日も少なからずあったが、丞さんの存在もあって薄れていたように思う。というよりも、丞さんが集めている視線のほうが多かったかもしれない。
私は地球人、日本人との関わりが希薄だ。この職に就いてからの交流しかない。しかし、この短い中で、丞さんがイケメンの部類に入るのだと理解はしている。
三白眼の目つきは決していいとは言えないけれど、よくいえば切れ長の涼しい瞳だ。清潔感もあり、女慣れもしている。私はずっと歩道側という位置を歩かされていたし、エスコートされていた。
丞さんには、そういうところがある。お姫様抱っこしかりだ。いくら咄嗟のことと言えど、そこまで造作もなくするものだろうか。日本人はそういう振る舞いをどこか気恥ずかしく思っているような男が多いのだと聞くのに。
丞さんは、両世界に存在する物語の王子様のような立ち居振る舞いを時々していた。少し前に案内した亜美さんは、実際丞さんをそう評していたのだ。丞さんが知っているのかは知らないが、あの子は多分年上のお兄さんに懐くように、憧憬と愛情に近いものを抱いていただろう。
「耳が目立っているけど、他に変わったところはないんだね。似合っているから違和感はないし、何よりエミリーさんは美人さんだ」
思考を遮るように自然に零されて驚いた。
こうして、現代日本。彼らのテリトリー内に現れた異生物に対する反応として、薫さんのそれは実に柔軟だ。
遊び人だったという丞さんの友人は、丞さんと同じようなところがあるのだろうか。衒いなく美人だと笑う薫さんは、それこそ好青年だった。すらっとしたスタイルに、柔和な顔立ち。物腰も柔らかく、モテそうな人だ。
「まったく、役得だよね。栄斗は」
「……そんなに焚きつけたいのか」
「だって、栄斗をからかうのは生きがいのようなものだからね」
「そんな生きがいは捨てちまえ」
「ひどいな。それは死ねってこと?」
「そこまで言ってないだろ。エミリーとの関係を曲解するな」
「こう言ってるけど、どうなの? エミリーちゃん」
どうやら薫さんは、私が丞さんといい感じになっていると思っているらしい。いや、本気でそう思っているのかは分からなかった。半分くらいは冗談でからかっているだけのようにも感じる。しかし、もう半分は本気であるような気もした。
何にしても、薫さんは私の立ち位置が気になっているようだ。
「ただの上司ですよ」
「えー、つまんないなぁ」
「そんなに俺が遊んでるのがいいのかよ」
「だって、なんか釈然としないじゃん?」
「知らねぇよ」
あしらった丞さんは、行くぞと歩を進める。
いつだって迷子になるくせに、歩調だけには迷いがなかった。妙な判断力のせいで、迷子になっているだろうに。今日は一段としっかりしている。もしかすると、日本では問題ないのだろうか。
しかし、その安い考えはすぐさま突き崩された。
「栄斗。タピオカならあっちのお店じゃないの?」
「……」
黙って足を止めた丞さんが、くるりと反対側へ折れ曲がる。どうやら、方向音痴は筋金入りのようだ。
けれど、これだけたくさんの店が並んでいれば仕方がないのではなかろうかとも思う。私だって森では無敵だが、ここではとても用をなさない。一人で置いていかれたら、キャンピングカーまで円滑に戻れる気がしなかった。
電車という乗り物も、丞さんがいなければ切符の買い方も乗り方も分からない。移動に便利なのは分かるが、文明には厄介な手順が含まれている。
「どうせなら美味しいって評判のところがいいでしょ?」
「はい」
「栄斗リサーチしてるの?」
「してない」
「何それ、珍しい。女と寝るためなら何だってやってたのに」
「いい加減にしろ! エミリーに聞かせるな」
どうして過去を話されるのを執拗に嫌うのか。いつも私を諌めている手前、都合が悪いと思っているのだろうか。それほど頑なでなくてもいいだろうに。丞さんは、やっぱりよく分からない。
私のことを小さな子どもだとでも思っているのだろうか。それとも、そうしたものに耐性がないとでも思われているのか。純情ぶっているつもりもないのに。
「なーに? エミリーちゃんに誤解されたくないってこと?」
「しつこいぞ。黒歴史を明かしてほしくないだけだ。エミリーだからって話じゃない」
「そんなこと言うと、エミリーちゃんが大事にされてないって誤解しちゃうと思うけど?」
「だから、しつこい」
丞さんは語彙力を喪失したかのように、しつこいと繰り返す。本気で辟易しているようだ。
「そんな不器用なことしてると誰かに取られちゃうよ」
丞さんは、もう薫さんを相手にしなかった。そこまで頑なであり続けられると、相手として名を上げられている身としては些か腹立たしい。
しかし、そうされることで、相手を探していたことに意識が切り替わった。やれやれとこちらに首を振って見せてくれる薫さんに笑いかけて、その腕にすり寄る。
「いいですよ。丞さんが私に冷たいのはいつものことなので。放っておいて楽しみましょう」
にこやかに言えば、薫さんはほろりと表情を緩めてくれた。
「知らないぞ、栄斗」
それこそ知らないとばかりに、丞さんはさくさく進んでいく。薫さんと顔を見合わせて、その背を追うかのように町歩きを再開させた。
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