第二話

「こんな感じです」


 亜美がスマホを操作している。自分のカメラロールでも見せているのだろう。

 先んじて覗き込むような無礼な真似はしなかったが、キクは見せられた画面にかぶりついていた。食い意地が張っているのはブラックだが、料理への興味が著しいのはキクだ。


「ほう。チーズか」

「はい。チーズハットグって言うんですよ」

「これは別に派手ではないではないか?」

「えっと、見た目の面白さ? チーズが伸びるインパクトとかが楽しくて。こういうのもありますよ」

「なんじゃ、これは? 毒ではないのか」


 毒なぞ何を見せられているんだ、と疑問が疼く。背丈を利用して覗き込むと、下から同じように覗き込もうとしているエミリーと鉢合わせた。


「綿あめですよ」


 小山のように盛られた綿あめは虹色に染められている。なるほど。けばけばしさは毒々しさとも呼べるだろう。俺にとっては納得だったが、エミリーには未知のものであったようだ。長い睫毛を瞬かせている。

 次々とカメラロールをスクロールしていく亜美に、エミリーとキクは夢中だった。真美から伝えられる補足を興味深そうに聞いている。二人とも見た目よりも年嵩なのだが、こうして集まっているとただの華やかな女子たちになるのだから不思議だ。俺が普段、二人をあまりにも粗雑に扱っているわけではない……と思いたい。

 ピュイは興味がないのか。それとも独自に知り尽くしていることなのか。しゃがみ込んでブラックの相手をしていた。いつの間に買ったのか。肉串を与えている。ピュイはブラックを可愛がることが多く、餌付けもよくしていた。

 仕事中だぞと、いう苦言が喉元に競り上がったが、四人の盛り上がりを黙って見ていろというのも不遇だろう。迷惑をかけているわけでもなしに、と口を慎んだ。

 輪から抜け出した俺は、露天の壁際に立って腕を組む。三人寄れば姦しい。ならば、四人になればどうなるのか。しばらくは時間を潰すしかあるまいと、壁に体重を預けた。

 長引くと予測しての行動だったが、数分と経たずにエミリーがこちらへやってくる。キクたちは未だに談話中だ。どうしたのかと首を傾げると、エミリーは苦笑しながら隣に並んだ。


「肉食はあまり興味が湧きません」

「ああ」


 菜食主義のエルフに日本の映え料理はどこかでピントがズレたらしい。どんなフードを見たのだろうか。我が国の雑食っぷりは地球でも随一と呼んでもいいので、予想はできそうになかった。


「見ていたもので、私が食べられるものはあるでしょうか」

「あー……綿あめは平気だろ」

「あの虹色の雲ですか?」

「砂糖な」

「あれが??」

「ザラメを専用の機械で溶かすんだよ」

「色がつくのですか?」

「食紅でつけるんじゃないか? カラーザラメが売られてるはずだけど」

「食紅?」

「食材に色をつけるものだ」

「それはペンキとかとは違うんですか?」

「食用だからな」


 エミリーは新入社員だ。入社するまで、地球との関わりがなかった。だから、他の班員よりも余計に違いに戸惑っているらしい。迷いながらも、少しずつ知識を飲み込んでいるようだった。


「美味しいんですか?」

「甘い」

「……味は?」

「甘い。砂糖の塊だからな」


 エミリーの頭上にクエスチョンマークが舞っているのが視認できそうだった。


「こっちでは食べられないですか?」

「難しいだろうな。あっちに行ったときに食べればいいだろ」

「他にも美味しいものありますか?」

「いくらでもあるよ。食べ物は色々考えないといけないだろうけど、タピオカなら飲めるんじゃねぇの?」

「何ですか、それ?」

「イモ」

「イモを飲むんですか??」


 情報が錯綜したらしいエミリーに苦笑する。こりゃ、実物がないと説明にならない。俺の実力不足かもしれないが、食べ物を説明するのは難しかった。


「まぁ、そのうちな」

「案内してくださいね!」


 打ち上げ花火のように笑顔が弾ける。

 男好きで手を焼いているし、生意気な口を利くことも多い。ただ、こうして無邪気な顔を見ると憎めないものだ。

 チョロいのかもしれねぇな、と頭を掻きながら、適当な相槌を打った。エミリーは、不明瞭さに文句をつけてくる。それをスルーして、話を終えたらしい双子たちの案内に戻った。




 そこからは、振り回されたというのが正しい旅になった。

 これは双子の好奇心のせいでもあっただろうが、キクが映えに釘付けだったことも関係するだろう。三人揃って映え料理を求めたために、四方八方を探し回ることになった。

 挙げ句、成果は芳しくなく、うんと食事をする羽目になったのだ。キクはさておき、人間の双子の細い身体のどこに収納されていくのか。怪訝を通り越して奇っ怪極まった。

 俺は途中でギブアップしている。夕食はほとんど食べずに、キャンピングカーのベッドに横たわっていた。

 キャンピングカーには後部にある二段ベッドとテーブルをソファベッドに変形させるもの。それから運転席にかかる天井にベッドがある。天井部分が俺のベッドだった。

 一番自分の空間が確保されていると言えばそうで、隔離されていると言われればそれはそれだ。

 まぁ、男女混合の車内だ。気休め程度だとしても、それくらいの配慮はして当然だろうという倫理観はある。不満はひとつもない。こちら側からも、いらぬ心配が排除されてありがたいくらいだ。

 ちなみに、ブラックは雄だが、無関係にピュイやキクのベッドに蹲っているし、かと思えば床に丸くなっている。自由なマスコット野郎だった。

 それにしても、苦しい。久しぶりにこんなにも食べた。

 旅行の日程はあと二日。明日も同じような食べ歩きになるのかと思うと、どっと疲れが押し寄せてくる。ハードスケジュールはよくあることだった。あっちとこっちの行き来は気ぜわしいし、旅行というのはそういうものだ。

 しかし、過半は体力的な問題だった。こんなふうに食べ歩きに連れ回されることは滅多にないイレギュラーだ。こういった旅への介入は、ある程度弁えるように教育されている。だが、今回のように旅の目的がピンポイントに突きつけていると、同行する他ない。

 例年は年に二、三回あるかないかのことであったが、今年度はなかなかのスタートダッシュを決めている。経費でおこぼれに与れるのだから、悪くはない。悪くはないが、程度がある。今日はキャパオーバーだ。明日の体力が怪しい。

 さっさと寝て、少しでも回復を図ろう。大学時代は夜型だったが、今ではそんな無茶もしなくなってきた。体力の減退ではなく、社会人としての自覚と思いたい。嘆きを飲み込みながら、うとうとと意識を手放そうとしていた。

 そのまま寝落ちする間際だ。


「栄斗」


 と、ご機嫌な声に意識を引っ叩かれたのは。


「……なんだよ」

「明日は料理をすることになったからの」


 寝ぼけていた頭に、少しずつ内容が染み込んでくる。予定変更の報告。どんなにフランクに聞こえても、それは業務連絡だ。徐々に頭が覚醒してくる。狭い空間で上半身を起こすと、はしごからキクがこちらを覗いていた。


「どこで?」

「ここでじゃ」

「……何を作るんだ」

「パフェにしようかと思うておる」

「映えに挑戦するつもりか?」

「ああ! 考えがあるんじゃ」


 喜悦を隠しきれていないキクの青色の髪が、ホログラム加工されたかのように輝いている。感情が分かりやすいやつだ。


「クリームとかトッピングとかどうするつもりだ」

「クリームは買ったやつが残っておる。トッピングはこっちのもので代用するつもりじゃ」

「残ってるって……」


 それはいつ手に入れたものだ。日本で買い物ができたのは、少なくとも一ヶ月以上は前のはずだろう。眉を顰めると、キクは得意げに笑った。


「時間凍結魔法を使うておるから問題ない」

「……規格外なこって」


 冷蔵保存よりも高度なことをしてみせるくせに冷蔵庫は流通していないのだから、異世界は謎だ。


「問題はなかろう?」

「双子は納得してるんだろ?」

「当然じゃろ」

「なら、いいよ。任せる」


 不適当な返事をしたつもりはない。予定変更だと的確に請け負ったつもりでいた。ただし、こういうことはよくあるし、断れるものでもないので機械的になっていたかもしれない。キクが主導するのだと思い込んでもいた。

 それが自分中心になるとは大誤算だ。どうしてこうなったのか。女子たちに囲まれて、甘い匂いに包まれている。

 過去に一度、キクにせがまれてプリンを作ってやったことがあった。地球のデザートが食べたいというので、生クリームを足して大したものが作れない腕を誤魔化したのだ。それを覚えていたのだろう。当てにされて、監督役を任された。

 半分は、見ていられなくなって手を出したとも言うのかもしれないが。

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