第二章

第一話

 車内には甘い香りが充満していた。きゃあきゃあと女性の朗らかな笑い声が跳ね回る。自分の班員が女性ばかりだという現実に、今頃になった気がついてしまったようだった。

 双子の女性二人。その二人が加わることで、密度の上がった女性率。それによってもたらされた感覚だろうか。なんにしても、すわり心地が悪い。

 しかしながら、


「キク。生クリームを魔法で作ろうとするな。クリームが飛ぶ」

「難しいじゃろうが」

「分かった、寄越せ。フルーツでも切ってろよ、もう」


 この場を仕切っているのは俺である。中座することも許されず、この甘ったるい空間に籍を置いていた。




 佐倉家の亜美と真美の双子が、大学の入学祝いに異世界旅行をねだったらしい。それは大学に入ってしばらくしてからの実施になっているが、何にせよ成人後すぐの二人きりの旅行であった。

 キクたちは年齢にこだわらない。こちらには外見と実年齢が合致しないものも多いし、成人が早かった。働けるようになるのも早ければ、それが認められれば一人前だ。

 しかし、地球人の感覚としては、成人したばかりの学生に過保護になるのは普遍的だろう。ましてや旅行などということになれば、理不尽なことに巻き込まれるのは避けなければ、と殊更に思うものだ。段違いに気を使う。

 やってきた黒髪ロングの亜美と、茶髪ボブの真美は量産型大学生と呼んで相違ない。華美とは言わないが、垢抜けてはいる。そして、髪型以外で二人の見分けはつかなかった。

 二人の旅行の要望は、町ブラだ。異世界の町を堪能したいということで、俺たちは王都へと案内した。

 地球に比べれば、店先は遙かに淡泊だ。しかしながら、異世界にしてみれば望外に賑やかな露店街を歩く。石畳の歩道が、無秩序な音を鳴らした。

 町ブラは、瞬く間に食べ歩きになっている。


「栄斗さん、これなんですか?」

「フルーツの串揚げですね」

「フルーツ?」

「こっちのフルーツ……ってより、この串揚げに使われているフルーツは甘くないんですよ。味はいまいちだけど歯ごたえがいいっていんで、揚げてるんです」

「美味しいですか?」

「ええ」


 解説は俺が担うことが多い。どちらの知識も塩梅よく持っているものが案内するのは、常道だろう。

 食に関すれば、ますますその傾向は強くなる。日本食に慣れている日本人にとって、異世界食は頓珍漢なものだった。それは異世界側からの日本食も同じで、その違いを解説して、口に合う合わないを判断できるのはこの班では俺しかいない。

 亜美と真美の質問の雨に降られながら、俺は案内に邁進していた。仕事であるし、難があるわけではない。ただひとつ問題があるとすれば、さきほどからエミリーの視線が痛いことだろうか。

 振り返ると、真正面から無愛想な視線で貫かれた。


「……なんだよ」

「私が男性に近付くのは止めるくせに、自分は砕けてるじゃないですか」

「仕事だろうが」

「栄斗さんなんて呼ばれちゃって、鼻の下伸ばしてるんじゃないですか?」

「そう見えるなら眼科に行ったほうがいいぞ」

「私は目が悪くなどありません。エルフは視力いいんですから。馬鹿にしてるんですか」

「エルフを馬鹿にした覚えは一切ない」

「また私一人を、っていう論法でしょう! 許されませんよ」

「そうかよ」


 許されようと許されまいと関係はない。そもそも、本気であればこんな馴れ合いで済んでいないだろう。心中は分かったことではないが、心底嫌気が差すのを我慢するほど遠慮されるとは思えない。

 大体、心中のこととなれば、キクやピュイ、ブラックだって何を考えているのか分からない。異世界独特の感性に任せれば俺は異質であろうから、ズレはあるだろう。執着し過ぎたところでいいことはなかろうと割り切っていた。向こうも割り切っているはずだ。


「あ、美味しい」

「見た目の地味さに比べて全然イケるね」


 写真に収めてからフルーツ串揚げを頬張る双子は、笑い合いながら感想を分け合っている。本当によく似てんな、と月並みな感想で様子を見ていた。

 そうして、意図なく眺めているだけの俺に、引き続きエミリーから刺すような視線が送られている。監視のようなそれに、失笑が零れそうだ。そちらへ意識を流すと、エミリーは分かりやすく顔を逸らした。

 鬱陶しい真似はやめろ。


「うわー、キレー」

「いいね。美味しそう」


 エミリーとのくだらないやり取りとの寸隙に流れ込んできた双子の声に、目を戻した。双子が注目しているのは、青く澄んだドリンクだ。


「お酒なんで、ダメですよ」

「ええー」

「お酒か~」


 真美ががっくりと肩を落とし、亜美が無念そうに唇を尖らす。こればっかりはどうしようもない。

 隣からひょっこり顔を出したキクが、首を傾ぐ。今日は青髪だ。


「何がダメなんじゃ。二人とももう大人じゃろうて」

「向こうじゃ二十歳にならないと大人じゃないんだよ」

「二人は違うのか」

「まだ十八なんですよ」

「惜しいところでした」

「二歳くらい誤差にもならんじゃろうに」

「魔法使いの感性で言ってくれるなよ」

「エルフとしても、二歳差なんてないものですよ」

「ブラックもそうでしょ」

「ピュイは違うからってブラックを引き合いに出してまで肩を持つな。アウトはアウトだ」

「堅物なんですから」

「だから、そうじゃない。会社に迷惑がかかるんだから、仕方がないだろ」


 異世界人は、会社への所属意識が薄い。社会は回っているが、種族によってまるで関わらずに生きている者も多かった。魔法使いのキクも、その道から外れてはいない。

 しかし、この中で一番AWへの職務歴が長いのがキクだ。会社への迷惑論を総スルーするほど、歩み寄らないこともなかった。他の班員においても同じだ。双子も同じだったようで、すんなりと諦めてくれて安心する。

 隠し立てせずに言えば、二歳のカウントを無視した記憶は俺の中にもあった。羽目を外していたのだ。

 彼女たちにその自制心があったことに敬服する。それとも、とっくに外したことがあったり、痛い目を見たという線もあったりするのかもしれないが。何にせよ、今ここで関心を持たれて責任問題が発生しないことに安堵するだけだった。


「じゃあ、他に映えるものってありますか?」

「映え?」

「なんじゃ、それは」


 俺の復唱は確認だ。そんなものこちらの世界にあっただろうか、という思索を含んでいる。一方で、キクの疑念はまっさらなものだった。

 こちらの世界を写真に収めていくものは山のようにいる。そのものたちの求めるものも映えであったかもしれないが、はっきりと要望にされたのは初めてだったかもしれない。

 互いの世界の文化に疎いのは、お互い様だ。周回遅れ、なんてこともザラにある。


「えっと、写真映え?」

「目を惹くみたいな?」


 あまりにも生活に密着し過ぎていて、解説に戸惑ったのだろう。双子は顔を見合わせて、お互いの発言を窺うかのように答えた。

 ご多分に漏れず、いまひとつ合点がいかなかったらしいキクが俺を見上げてくる。四年の付き合いだ。その間に、日本の知識をキクに与えたのは俺だった。ひな鳥のように、俺を介することを普通に思っているらしい。

 俺は決して万能ではないのだけれど。幸か不幸か。こちらも説明に慣れて、ある程度はこなせるようになってしまった。対キク用であるそれは、他に応用できないのが傷ではあるが、実用的ではある。


「SNSで盛り上がる綺麗で可愛くて変わり種だったりする写真を撮るって感じだな。この場合、そういう食べ物はないかってことだ」

「美味しくなくてよいのか」

「当然、含まれる」

「SNSに投稿するのが目的なのか?」

「主にはそうなる」

「何の意味があるんじゃ……?」


 元より、キクにとってSNSは知識だけの存在だ。俺のスマホで目にしたことはあるだろうが、使っているわけではない。それに、魔法使いはこちらでも特に原始的な者たちであるらしかった。魔法に強い分、文明に弱い。

 実際、キクは何度かキャンピングカーを壊しかけているし、俺のスマホをおしゃかにしかけたほどに機械音痴だ。それを使った文化など、宇宙の真理並みに思考の及ばぬものだろう。


「公開日記みたいなもんだよ。どうせなら、感動したものを上げたいし、映えが流行ってるんだ」

「そうか」


 実感はまるでこもっちゃいなかった。しかし、それはそれとして飲み込むところが、賢者とも呼ばれる魔法使いたるところなのだろう。この一面のおかげで、説明はいくらか楽になっていた。


「しかし、こっちにそんな料理はなかろう」

「まったく?」

「その映えとやらが正確には分からんが、オレの知る限りでは派手なもんなぞそう手に入らん。貴族でもないと資金不足じゃ」

「お手軽なものでいいんですけど……」

「それで映えるのか?」


 やはり理解は遠いようで、キクは怪訝を浮かべている。こちらの料理に精通しているキクにしてみれば、見た目にこだわり尽くしたものが身近でないことも相俟っているのだろう。

 異世界の料理に彩りの観点はなく、食料としての意味が先立つ。装飾したがるのは貴族のみ。庶民からすれば、無駄な装飾の料理と蔑まれている節もあるくらいだ。それほど膾炙していない。

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