第一章
第一話
異世界ものは大人気だ。
剣と魔法のファンタジー。エルフや獣人、ドラゴンなどの他種族の存在。冒険者・賢者・魔法使いなどの多種多様な業種。領地を統べるものもいれば、店を経営するものもおり、魔王となるものもいるだろう。
異世界。
その魅力は、多くの人間の心を捉えて離さない。異世界に思いを馳せるのが現実逃避だなんて言葉も、今となっては過去の流言だ。今どきそんなことを言うやつは、時代遅れの生きた化石。それほどまでに異世界は身近になっている。
現実的に言えば、ちょっとした旅行に出向いてしまえるくらいには。
「次の巨木を左に入ってそのまま西に直進です!」
黒い毛並みがトレードマークの番犬、ブラックの威嚇が響く車内に、エミリーの案内がもたらされる。俺は指示に耳を傾けながら、アクセルを踏みつけた。
車の後部では、凄まじい音量の銃声が奏でられている。トランクを開いて追尾者に引き金を引いているのは、赤髪をなびかせるピュイだ。頼り甲斐のある火力戦士は、狙いをつけないままの絨毯爆撃に専念しているらしい。
追尾者たるのは、モンスターだ。
グレイベアストという名の灰色の熊は、どしどしと四足歩行で地面を蹴って追いかけてきている。下顎からイノシシのような牙が生えた異世界の熊は、獲物を見つけるとどこまでも追いかける性質を持つらしい。
それに見つかったのは数分前。森の中を走っていればさほど珍しくはない遭遇とはいえ、毎度ピンチであることに変わりはなかった。現状、緊張感は割り増しだ。
キャンピングカーには、異世界旅行者の大学生男子が二人同乗している。
バックミラーで様子を窺うと、彼らはスマホを掲げてピュイを含めた後部の様子を録画していた。肝が据わっていると考えるべきか。緊張感がないと嘆くべきか。それにしたって、獣道を走る振動の中、カメラを固定させているその手腕には敬意を表してしまいそうだった。
泣き喚いてパニックになられるよりはいいか、と動画共有サイトの投稿主という二人から視線を外す。呑気に男たちの様子を観察している暇はない。
前方に見えてきた巨木を目印に、エミリーの指示に従ってハンドルを切った。
「ちょっと、
「そっちは西じゃなかろう、この方向音痴めが!」
でかいキャンピングカーを森の中に走らせるため、場合によっては魔法で道を切り開いているキクが罵声を飛ばす。咄嗟にハンドルを切ろうとするも、こんな森の中で有効に機能する方位磁石は持っていなかった。
「丞さん、そっちはまずいです!」
急迫したエミリーの声が跳ねて、タイヤが宙に浮く。七者七様の悲鳴が車内に反響して、キャンピングカーは崖へと転落した。
異世界の存在。他種族の存在が公になったのは、今から四十年前のことだ。そのころの異世界は、アニメや漫画、ゲームやラノベの中のフィクションだったらしい。
それがあるとき、あちら側への門が開いた。それも世界のあちらこちらで一斉に。その巨大な門は場所を問わず、道路のど真ん中や公共施設の中。ありとあらゆる場所に開いたらしい。今は門の周囲を区画整理することで、窓口として機能させている。
機能させるために、多方面に及ぶ折衝が行われたようだ。それは異世界にも及び、結果として交流や貿易が行われるようになった。中でも旅行はポピュラーなアクティビティだ。
世界各地に点在する門を潜ってしまうだけでいい。交通費がほとんどかからないうえに、異世界の物価は安かった。
経済的にそれなりには安定している地球人にとって、今なお戦争と魔族による侵攻、弱肉強食の魔物たちとの生活が日常の異世界の価格設定は良心的だった。下手に国内旅行で北海道から沖縄に移動するよりも安く済む。
異世界ものは大人気だ。
しかし、初めからそうだったわけではない。何しろあちらは、魔法使いや魔族、モンスターに冒険者。そうしたファンタジー戦記のような状態がゴロゴロ転がっている。
接続された門の先によっては、焦土やドラゴンの巣穴、洞窟の奥底に繋がったりもしていた。安全面の問題が常にある。その側面を補助するために、異世界プランナーという業種が生まれた。
簡潔に言えば、ツアーコンダクターの異世界を股にかける版だ。
あちらとこちらの住人を雇うことでバランスを取り、異世界への安全な旅を補助する会社である。地球側から異世界へはもちろん、異世界側から地球への案内も行う。
ただし、補助はあくまでも補助で、補完ではなかった。それでも、身ひとつで飛び出すよりはずっと安全とされている。
俺が異世界プランナー業界に入って四年。依頼数は増加の一途を辿っていた。初年度と比べて、利用客は圧倒的に増えている。
それもそのはずで、今や異世界の旅にプランナーをつけるのは常識となっていた。個人での旅行客は極端に少なく、業界全体が上り調子だ。
また、プランには転移……ではなく、移転の相談もある。要は引っ越しだ。その相談窓口である事務部と、ツアーコンダクターにあたる実業部が、プランナー会社の主な組み合わせだった。
俺がいるのは、実業部第二班。我が『AWプランナー』の実業部は四班から構成されているが、その中でも飛び抜けた実業部隊だった。
うちの班には、異世界人が四人いる。よって、異世界案内における安全面の保障が他に比べて高い。その中に一人放り込まれた地球人の俺は、日夜鍛えられていた。
ちなみに、AWプランナーはAnotherWorldsの略だ。安直な名前は覚えがいいらしく、随分と親しまれている。また、このAnotherには、そのまま複数の異世界の意味が込められていた。
それもこれも、どうやら俺たちが一括して異世界と呼んでいる世界はいくつもあるものらしいところからきている。そこには、神界や冥界も含まれるとのことだ。正直、考え始めると頭がこんがらがりそうになる。並行世界がいくつもあるものだということで納得していた。
実際、この辺りはまだまだ研究が進んでいない分野だ。門が開いたことも含め、超常現象として処理されたままになっている。
とにもかくにも、異世界は目の前に広がっているのだ。誰の目にも認識できるものを排斥することはできない。幽霊や宇宙人、ネッシーやツチノコなど、今もって未確認である生命体たちとはわけが違う。
信じるのに、現実以上の証拠はいらない。
そうして、異世界を旅行するのが当たり前になった世界で、俺こと
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