第44話 エーヨの笑顔

 エーヨの笑顔を想像する。

口角をくいっと上げ、大きな瞳をころころと転がすように笑う。

ハーツとはまるで次元が違う、ホンモノの笑顔の、メガネを外したエーヨ。

誰もがエーヨの瞳という深い泉に吸い込まれそうになる。


 あれ? 僕はどうして黒縁メガネを外したエーヨを想像したんだろう?

エーヨの瞳はかくも深いと思うのだろう。


 僕はかつて、1度だけエーヨの瞳を直に見たのを思い出す。

あれはたしか、チュロスゲームの再現道化の直前。

トレードマークともいえるエーヨの黒縁メガネが鼻にかかったとき、

一瞬だけ生まれた隙間から、僕はそれを見ている。


 そうだ! 黒縁メガネだ!




 エーヨは、黒縁メガネを外すと笑顔になる!




 そんな仮説が生まれる。確かめなくてはいけない。

ラッキーにも、エーヨのメイドがちょうど通りかかる。

エーヨに用を頼まれたのか急いでいるようだけど、関係ない!


「メイさん、でしたっけ!」

 呼び止めると、メイは僕に近付き、スカートの裾を上品に持ち上げ一礼する。


「さんをお付けいただく存在ではございませぬが、一応は元貴族の娘です」

 でも今はエーヨのメイドってこと。主人の命に背いたりはしない。


「随分と急いでいたみたいですが、エーヨに何か頼まれたんですか?」

「はい。件の店の改修業者を探せとの仰せです」

 件の店というのは、僕がエーヨにはじめて会ったうどん屋。今はエーヨの店。

昨日から業者が入ったと聞いたけど、上手くいっていないようだ。


「エーヨのことだから、金に糸目を付けずに業者を探すんでしょう」

「はい。誰にも邪魔されずに読書のできるサロンが作れる業者を探します」

 かなりの無理難題だ。メイには、僕の相手をする時間がないかもしれない。

残念だが、あまり長く引き留めては迷惑だ。


「それは大変だね。じゃあ、頑張ってください」

 そう言って別れるつもりだった。

けど、メイの言葉を聞いて、気が変わった!


「そんなことできるの、あの伝説の『猫谷組』だけですよ。

ムリゲーですよ! どこにいるのかさえ、誰も知らないんですから!

もし誰かが『猫谷組』の在処を教えてくださるのなら、

私はエーヨ様の元を離れ、その方のメイドに転職しますよ!

ま、そんな人はいないでしょうが……」


 メイはかなりテンパって、自暴自棄になっている。

エーヨの元を離れるなんて、願ってもないはずなのに。


 そんなメイの力に、僕ならなってあげられる。

僕は『猫谷組』の在処を知っている。


「猫谷組の在処なら、知っているよ!」

「ほっ、本当ですか? 教えてくださいまし、お願いいたします」

 思った通り、メイはエーヨのために必死だ。いいメイドだ。


「もちのろん。その代わり……」

「……スリーサイズを教えろというのですね。上から96・62・86……」

 結構あるな、じゃない!


「……ちっ、違うから。エーヨのことだって!」

「あぁっ。それでしたら98・56・88……」

 うーん、リズがほめるだけあってなかなかのボディーだ、ってちがーう!


「……それも違うから。メガネ。黒縁メガネのことだよっ!」

「はて。黒縁メガネ、ですか?」

 メイが猫谷組のことで急ぐ必要はない。僕はメイとゆっくりはなしをした。


「アイラが淹れてくれたお茶をフーフーしてたのは、どうして?」

「それはもちろん、メガネを曇らせないためです」


「どうしてメガネを曇らせてはいけないの?」

「そうするように、エーヨ様から言い聞かされております」


「エーヨが笑っているところ、見たことある?」

「ございません。あれば今頃はお家を再興しておりますでしょう!」


「じゃあ、エーヨがメガネを外したところを見たことはある?」

「ございません。寝るときも、お風呂のときも、かけておいでですから」

 やっぱりだ。あとは、リズに確かめるだけ!




 直後に都合よく、リズが通りかかる。直ぐ様はなしかける。


「リズ。君がエーヨの笑顔を見たとき、エーヨはメガネをかけてたかい?」

 唐突な僕の問いに、戸惑いながらも答えるリズ。


「えっ、メガネ? 外してたよ。曇っちゃうから」

「そんなバカな! エーヨ様がメガネを外すなんて考えられないわっ!」


「そんなことないもん。リズ、見たもん。エーヨちん、メガネ外してたもん!」

「いいえ。そんなこと、絶対にないわ……」

 今度はメイが大いに戸惑っている。


「いいや、事実だよ。エーヨはメガネを外すと笑顔になる!」

「うんうん。いい笑顔だったもん。サイコーだったもん!」


「では、私がエーヨ様のメガネが曇らないようにしていたのは何のため?

実家の没落に心を傷めてくださるエーヨ様に笑顔になっていただきたいのに、

熱茶をフーフーすることで、かえってエーヨ様の笑顔を封じていただなんて……」

 両手で顔を覆い泣き崩れるメイ。だが、気持ちを察している暇はない。


「だったら今夜、みんなでエーヨを最高の笑顔にしようじゃないか!」

「ご主人様、その意気です! サイコーにカッコイイです!」

「トール殿下、ありがとうございます」


「ありがとうはこっちのセリフさ。2人のお陰だよ、ありがとう!」

 言い終わった直後、2人に抱き付かれる。

2人の身体は寄り合っていて、僕の胸にすっぽりとおさまる。

ちょっとだけ恥ずかしいけど、ちょっとだけムラムラッとする。

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